すてきなガチャ
ゲイの世界に本格的に足を踏み入れて数年、様々な経験を通して俺は一つの結論にたどり着いた。
この世界は、超超超超外見至上主義社会だ。
見た目が良ければもうそれで最強。言うことなし。何をやっても何を言っても許される無敵の存在になる。ノンケの世界もある程度はそうかもしれないが、ゲイの世界はもっと露骨だ。見た目の良いゲイたちはアイドルのようにもてはやされ、ブスは話しかけられもしない。集合写真を撮ろうものなら平気でトリミングの外に追いやられてしまう。せいぜいTwitterでネタツイートしていいねを稼ぐのが精一杯だけど、必死に築き上げたそれだって、イケメンはランチの写真一枚でもアップすれば簡単に追い抜けてしまう。虚しい。虚しいよ。
俺は鏡を見てため息をつく。
腫れぼったくて濁った目。ニキビだらけで汚い肌。潰れた団子鼻。歯並び最悪。身長も体型も中途半端。贔屓目に見ても、自分はブスのカテゴリにいることがよくわかった。ゲイの世界では、ノンケ社会でブスとされてるようなヤツでもめちゃくちゃモテたりする。しかし、俺はそんな需要のあるようなちょうどいいブスじゃない。本当に人に不快感を与える、救いようのないブスだ。
こんなんだから俺は一度たりともモテたことはない。いや、それどころかこんな顔じゃ彼氏の一つもできない。たまーに出会い系アプリで本当に奇跡的にリアルすることになっても、実際に会うと相手とはすぐ連絡が途絶えてしまう。体を鍛えれば少しはモテるとかなんとか言うが、俺ほどのブスが多少鍛えたところで焼け石に水だろう。くそが。
「しょうがねぇじゃん、無い物ねだりでグチグチ言ってても手に入るわけじゃなし。それより少しでも自分磨きした方が生産的じゃない?」
数少ない友人のカズの正論にもカチンと来てしまう。お前はいいよな、何もしなくてもそれなりにモテるルックスしてるし。クソブスの俺の気持ちなんてわかんねぇよな。
人生配られたカードで戦うしかないって言うけどさ、配られたカードがブタにしかならない俺はどうすればいいわけ? 整形? そんな金あれば苦労しない。顔面を補える別の才能があるわけでもない。あぁ。俺は、なんのために生きてるんだろう。わからなくなる。
大きくため息をついて、今日も趣味のソシャゲの周回をだらだらとこなしていく。結局、こうやって1人の世界に引きこもるのが1番楽だ。
「……ん?」
いつもは邪魔だからすぐに消すポップアップ広告が目に留まった。
『すてきなガチャ』
白い背景に黒い文字でそれだけ書いてある。なんの広告だ。ガチャというからには、ゲームだろうか。ちょっと情報が少なすぎないか。あれか、こういう奇をてらったものでクリックを促そうって作戦か。くだらない。まぁどうせ暇だし、ちょっと覗いてみるか。
俺はまんまと作り手の掌の上で転がされ、広告をタップした。すると開かれたページはこれまた真っ白。ページの真ん中に「ガチャを引く」のボタンがあるだけだ。なんだこれ。どういうゲームだよ。まさか新手のフィッシング詐欺じゃないだろうな。ボタン押した途端に架空請求が山ほどなんてこと、あるかもしれない。
…………。
気になる。いったいこのガチャはなんなのか。ボタンを押せば答えがわかるだろう。どうせしょうもないに決まってる。決まってる。決まってるんだけどさ。
押してみた。画面が真っ暗になった。真っ暗な中で、白い文字が小さく浮かび上がる。
「つるつるなはだ スーパーレア」
画面はそのままなんの変化もない。は? これで終わり? バカにしてるのか。頭に来てスマホを放り投げる。唯一の味方だと思っていたゲームまで俺を貶しやがる。くそ、くそ、くそが。俺はベッドに潜り込んで、憤りを飲み込むように眠りについた。
翌朝、顔を洗いに洗面台に立った俺は、鏡にうつった自分を思わず二度見した。あんなにひどかった肌荒れニキビがひとつもなくなって、肌がつるつるになっていた。一生消えることはないと思っていたニキビ跡もすっかりなくなっている。な、なんだこれは……。なんでたった一晩でこんな。思い当たる節は、一つしかなかった。昨日やった、あのガチャだ。
慌てて部屋に戻って、スマホを手に取る。まさか、そんなことがありえるのか。でも、実際に自分の身に起きている。あのガチャは、本当の、現実に影響を与えるガチャなのだとしたら。信じられるか、そんなこと。もう一度、試してみよう。
俺はガチャのページを再び開き、意を決してガチャを引くボタンを勢いよく押した。
画面が真っ暗になり、白い文字が浮かび上がる。
「いいかんじのはな レア」
はな。今度は鼻か。確かに鼻はずっとコンプレックスだった。団子鼻でブサイクなのに存在感があって、そのくせ横から見ると平面かというくらい低い。いびつだ。もしこの鼻がきれいになったなら、俺の顔も少しはマシになるかもしれない。
翌朝、俺は洗面台でひとり叫び声をあげた。
鼻が、鼻が高くなっている。すらりと鼻筋も通っていて、横から見てもいいかんじのシルエットだ。こんなの整形でも難しいんじゃないか。それを痛みも何もなく一晩で手に入れられるなんて。俺は感動してスマホを抱きしめた。神だ。あのガチャは神が恵まれない俺にくださった最高のガチャだ! これさえあれば俺だって……。
さっそくガチャのページにアクセス。鼻は良くなったが、その他のパーツはブスのままだ。むしろ鼻だけまともになって異様に浮いてしまっている。正直変だ。もっとガチャを引いて、最高の見た目を手に入れるんだ。
「なんかお前、最近調子良くなった?」
久しぶりにあったカズが驚いたように口を開いた。ガチャを始めて、俺の顔は大きく変わった。つるつるな肌、いい感じの鼻、キリッとした眉、輝く瞳、美しい歯並び。もはやブスだった頃の俺はどこにもいない。しかもこんなに顔が変わったのに、どういうわけかカズは俺を俺だと認識していて不審がる様子はない。あのガチャは他人の意識までコントロールしてくれるのか。神。神すぎる。
顔を変えて自信をつけた俺は、出会い系アプリで色んな男とリアルするようになった。あれだけ鳴らなかったスマホが、今では通知がどんどん来るようになって忙しそうだ。今まで俺に見向きもしなかったような奴らが、掌返しで色目を使ってくる様子はゾクゾクするくらい心地が良かった。
そろそろいい感じの男見つけて彼氏でも作ろうかなと思っていた頃、ゲイバーでめちゃくちゃタイプの人と出会った。この人なら最初の彼氏にふさわしいな。さっそく酒を片手に声をかける。
「どーも、お一人ですか?」
「はい、まぁ」
「よかったら一緒に飲みません?」
「あー、ごめん。今日は1人で飲みたくて」
断られた。は。そんなことあるか。
「えー! そんなこと言わずにさぁ。じゃあ連絡先教えてくださいよ。今度また……」
「ごめん、タイプじゃないから」
食い下がる俺を、男は見ようともせず言い放った。
くそ。くそくそくそくそ。こんな辱しめ、久しぶりだ。こんなの、クソブスだった頃の俺と変わらないじゃないか。なんでだ。やっぱり、まだ足りないのか? そうだ。こんな顔よりかっこいい奴なんていくらでもいる。スーパーレアの男を手に入れるためには、俺自身もスーパーレアにならなくちゃ。大丈夫。俺にはガチャがある。あのガチャさえあれば、大丈夫だ。
家に帰った俺はさっそくガチャのページを開いて、「ガチャを引く」のボタンを押した。さっきまでの恥辱と怒りにまみれた感情が、すーっと引いていく。もっといい顔に。もっと。もっと。
『警告 無料ポイントがありません。有償でガチャを引きますか?』
あれ。
画面に現れたのは、いつもとは違う文字。無料ポイント? これからは課金しろってことか? なるほど、今までのは俺をガチャに引き込むためのエサだったってわけか。
……………。
1回くらいなら大丈夫だろう。それに、最近は男に奢ってもらうばっかりでお金を使わないから、貯金もそこそこある。普通なら手に入らないものがお金で手に入るんだから、安いものだ。
俺は意を決してもう一度「ガチャを引く」ボタンを押した。
きんにくしつのからだ スーパーレア
理想の体を手に入れた俺の人生は、またガラリと変わった。今までに比べ、向こうから声をかけられることもかなり増えた。SNSにちょっと脱いだ写真をアップすれば、何百ものいいねを稼げた。まだ足りない。
俺はまたガチャを引く。
みわくのこえ スーパーレア
ガチャを引くほどに、声をかけてくる男のグレードがどんどん上がっていく。人気のツイドル? いらない。GOGOボーイ? いらない。芸能人? もっと売れてから出直せ。あぁ。どいつもこいつも俺に相応しくない。もっと。もっとだ。
気が付けば、俺はゲイ界隈で知らぬものはいないほどの人気者になっていた。常に人に囲まれ、崇め奉られている。孤独だった頃の俺はどこにもいない。
そんな時、二丁目で偶然カズに会った。
「よぉ、久しぶり」
「……は?」
カズは眉を歪めて俺を見ている。あまりにも変貌した俺に戸惑っているのだろうか。そのままカズは奇妙なものを見るようにそそくさと去ってしまった。おかしい。ガチャでいくら変わっても、俺を俺だと認識できるはず。わかった。カズは嫉妬してるんだ。変わった俺に。努力しろだなんて偉そうに説教してた奴が、あっさりとヒエラルキー上位に君臨してんだから、そらムカつくわな。はは。
俺はガチャを引く。また美しくなる。
俺はガチャを引く。また、美しくなる。
最高だ。もはや俺に敵う奴なんてどこにもいない。どんなイケメンだって、俺に傅く。どんな金持ちだって俺を欲しがる。
神。俺は神に1番近い男だ。
そんなある日、気まぐれでSNSのノンケ用アカウントを覗いてみると、姉が驚きの投稿をしていた。
『今日はお父さんのお通夜でした。まだショックから立ち直れない。。辛いです』
「は⁉︎」
父さんが死んだ? そんなこと、聞いてないぞ。
慌てて姉に電話をかける。
『もしもし……』
「あ、もしもし姉ちゃん? 父さんのお通夜ってどういうこと? 俺なんも聞いてないんだけど」
『はい?』
「いやだから、父さんが死んだとか、その、そもそも何? 病気? 事故? なんで俺に知らせないわけ?」
『いやあの、あなた……誰ですか?』
姉の不審がる声が、電話の向こうから響いてくる。
「は? ふざけんなよ。冗談言ってる場合かよ、俺だよ。あんたの弟の」
『私に弟なんていません』
そう言われ、切られてしまった。は。なんなんだよ。どういうことだよ。何が起きてんだ。すぐに母親に電話をかける。
『もしもし』
「あ、母さん? 俺だけど」
『どちら様ですか』
「は? 母さんまで俺をからかってんのかよ! いい加減にしてくれよ!」
『あなたね、うちの娘に変な電話かけてきた男は。気持ち悪い……警察呼びますよ!』
「違うよ、俺だよ! 母さ……」
切られた。全身に冷たい血液を流し込まれたかのように、寒気が止まらない。なんだ。これ。姉ちゃんも母さんも、俺を認識していない……? そういえば、カズも様子がおかしかった。どういうことだ。頭が痛い。怖い。なんなんだ。
手に持っていたスマホが目に入る。
まさか。あのガチャ。
そういえば、あれからお金を請求されたりしていない。まさか。有償って。俺が支払ってたのって、家族や友達の中の、俺の記憶……?
あぁ。気持ち悪い。吐きそうだ。
気が付けば、スマホの画面にまたあの文字が浮かび上がっている。
ガチャをひく
「ははっ……」
小さく笑って、俺はまたボタンを押した。
だって仕方ないだろう。
この世界は、超超超超外見至上主義社会なんだから。
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