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千夜一夜【逆】

王様は彼女の聡明さと優しさに感銘を受け改心したのでした。
                      ーおしまい

「…いま何と?」
藍色で描かれた植物や幾何学文様のアラベスクが巨大なドームを彩る。
屋内で有るにも拘わらず花は咲き乱れ、果樹は実り、鳥獣達は自由に放たれている。その空間で一際高くなった場に据えられた玉座に獅子を侍らせ彼女は座っていた。
「二度は言わぬ。汝は妾の夜伽をする為、此処に招かれたのじゃ」

俺はごく平凡なサラリーマンだ。
その多忙の合間に小説を書き、ネット投稿している何処にでも居る男だ。
一応転生とは言わないが人並みに異世界への憧れは有る。

そして、気付けばこの世界に来ていた。

過労が祟り気が狂った末の妄想とも思った。
だが仮にそうだとしてもこの状況が現実ならば楽しもうと考える事にした。

「汝は異界異郷の文士で有ろう?妾が手ずから選び招いたのじゃ。妾が眠る前に噺を語らせる為にな」
それはある意味僥倖だ。
俺の創作した物語が異世界とはいえ日の目を見る機会を得るとは!
「但し幾つか制約は課すがな」
彼女は微笑む。

「一つ、妾の聞き及ばぬ物語で有る事。
 一つ、物語は冒頭のみで良い。
 一つ、妾が続きを知りたいと思う物語で有る事」

幸運な事に似た様な要綱の投稿経験があった。

「一つ、其れを千と一夜欠かさず続ける事」

一千日に及ぶ物語!?
だが俺が今まで読み、見聞きした物語を含めれば或いは…俺は念の為確認する。
「もし話が途切れる日が有ったり、お気に召さぬ物語だった場合はどうなるのでしょう?」

その時、彼女の傍らで戯れる獅子に弾かれた何かが俺の足元に転がって来た。彼女は益々嬉しそうに微笑んだ。
「ほれ、其れが前の文士じゃ」

先に失敗した者達が居る。
それは俺が知る物語を彼女が知っている可能性。
ならば物語は日々作るしか無いのではないか?
俺の知る其れとは違う世界、だがもし彼女が狂王との千一夜を生き抜いた王妃…女王であったならば?

これは日々生き残る為に創作する俺の物語。

【続く】

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