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毎勤検討会の議事録を読んでみた

 毎月勤労統計調査問題で、政権からの圧力説をにおわす記事が増えている。16日の日経朝刊でも下記の記事が掲載され、「2018年に実施した調査対象の入れ替えで、厚生労働省が主導する形で賃金が大きく出やすい手法が採用されていた」と書かれている。これって本当なのだろうか?

 記事に出ている2015年の「毎月勤労統計の調査方法の改善策を検討する有識者会議」の議事録を読んでみると、どうも話が違うように思える。

 記事の主張はこうだ。以下の引用のロジックにより、従来の2~3年に1回の調査対象入れ替えだと賃金が高めになり、入れ替え時に賃金が下がる。ここを政権が問題視し、検討会では引き続き2~3年に1回の入れ替えを継続すべきと結論付けていたのに、厚生労働省が主導する形で(裏に政権の意向?)、2018年からの部分入れ替え方式に移行したという。

調査対象となる事業所は時間が経つと、倒産した企業などが抜け落ちる。残った企業は一定の競争力があり、平均賃金も高くなりやすい。この状態から調査対象を総入れ替えすると「玉石混交」に戻り、入れ替え後の賃金は下振れしやすい。15年には総入れ替えで、決まって支給する給与は2932円(1.1%減)の差が出ていた。

 上記のロジックは自明なのだろうか。実は、検討会では第1回からこの検証が詳細になされている。検討会メンバーの一人である獨協大学の樋田教授の研究成果が検討されたり、サンプル入れ替えの影響を産業別に検討するなどした結果、中間報告案を検討した第5回の議事録では下記のように結論付けている。上方バイアスは必ずしも明らかではないと読める。

 2点目として、休止・脱落サンプルの賃金水準は、継続サンプルの賃金水準よりやや低いのですが、再開・新規サンプルの賃金水準も継続サンプルの賃金水準よりやや低くて、休止・脱落サンプルの賃金への影響というのが、再開・新規サンプルの賃金への影響と相殺している可能性があるのではないかということも考えられました。
 以上を踏まえると、あくまで限られた範囲での検証ではあるのですが、サンプルの長期固定化による賃金水準の上方バイアスについては、一定の存在は認められるものの、サンプルの長期固定化に伴うバイアスが賃金分析の判断に影響を与えているとまでは考えにくいのではないかと現時点では整理させていただいています。

 一方、記事で厚生労働省が主導したとする、部分入れ替えの導入についても検討会の第1回から議論されている。検討会メンバーの中では、サンプル入れ替えによる断層が小さくなることが期待されるから導入すべきという意見がある一方で、部分入れ替えでも断層は生じ、その調整が必要ならば調査現場の負担を考えると現行のままが良いのではないかという意見があった。

 また、冒頭の新聞記事では、第5回の会合(8月7日)で座長の中央大学の阿部教授が「方向性としては総入れ替え方式で行うことが適当としたい」と発言したとある。しかし、それが検討会の総意であったかというと違うようだ。例えば、樋田教授は以下のように発言している。

正確なデータをタイムリーに知るためには、ローテーションサンプリングという方法がありますが、コストの面などを考えて実行できない。しかし、部分的にでも入れ替えをすれば、ギャップが完全に解消しなくても、それだけ早い時期により正確な情報をとり得るわけです。ですから、ギャップがあるからあるいはギャップが残ってしまうからこうだというのではなくて、より正確なデータをとるためには、このような方法もあるのだというような見方も必要と思います。

 第2回の検討会資料「サンプル入れ替え方法とギャップの修正方法について」の2ページ目で厚生労働省は「サンプルを一定期間固定することは、今後も継続したい」と明記している。当面は現行の方法を変えないという検討会の結論は、厚生労働省の意向にも沿っていたのではないかと推察される。このあたりは最終回の会合(9月16日)で提示された中間報告での4ページ目で部分入れ替えのコストについて強調したうえで、10ページ目でも調査現場の負担を強調したうえで、「サンプル入れ替え方法については、引き続き検討する」としていることからもうかがえる。

 記事では、9月3日の安倍総理への説明の後の最終回の会合(9月16日)で姉崎猛統計情報部長(当時)が「部分入れ替えを検討したい」と発言したという文脈で圧力をにおわせているが、ここで初めて出た話ではなく、検討会の第1回から検討されていたのだ。

 以上から、議事録を読む限り、厚生労働省主導で部分入れ替え方式を主導したという記事の主張には無理があるのではないかと私は考える

 そもそも、部分入れ替え方式は他の統計で当たり前のように行われているし、総入れ替えによる断層を「三角方式」という厚生労働省独自の方法で過去にさかのぼって修正することについても、民間エコノミストの間ではからかねて批判があった。結果として、厚生労働省が抵抗(?)していた部分入れ替え方式が導入できたのは良かったのではないだろうか。

 さらに、2018年のサンプル入れ替えで賃金上昇率が高くなったのは、ベンチマーク変更の要因がほとんどである。調査結果から日本全体を推計する際のデータの入れ替えだ。2015年の検討会では、ベンチマーク入れ替え要因による断層は修正すべきと結論付けている。新しいベンチマークで推計した2018年の賃金と、古いベンチマークで推計した2017年の賃金を比較するのは意味がないのは、誰が見ても明らかだ。

 にもかかわらず、いまだにその部分を調整した賃金系列が公表されないことこそ問題だと考える。サンプル数が不十分ながら同じベンチマークで計算した参考値(共通事業所)のみ公表して、与野党の不毛な議論を生み出している。以前も主張したが、せめて2018年1月以降の分だけでも同じベンチマークで推計した賃金上昇率を早急に公表すべきではないか。


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