見出し画像

建設工事受注統計問題で考えて欲しいこと

 昨年(2021年)12月以来、国会などを騒がせていた建設工事受注統計の問題に、5月13日、一つの節目が来ました。二重計上によって過大推計になっていた同統計の遡及改定について、専門家委員会の報告書が公表されたためです。

 これを受けて新聞各紙は記事をまとめております。私自身も、読売新聞の記者さんの電話取材を受け、14日の朝刊社会面にコメントが引用されておりました。

・「不正による影響があまりに大きく、統計の信頼性が完全に損なわれた」
・(GDPへの影響について)「安易に軽微と判断するのではなく、国交省の統計の修正を終えた後、内閣府がGDPを修正することも必要だろう」

 いずれも、私ごときがコメントしなくても、多くの方々がお感じになっていることではないでしょうか?

 私自身は、もっと考えて欲しいことがあり、記者さんにもお話したのですが、記事の文脈上、使えなかったようです。せっかくですので、noteに書かせていただこうと思います。

過大推計の割合は下請ほど大きかった
 
上記の報告書において2020年度における過大推計は5.1兆円でした。総額76.8兆円の受注額の6.6%であり、記者さんはこの大きさに注目されてました。もちろん大きいと思いますが、私は元請と下請の過大推計率の違いに注目しました。元請の過大推計は2.8兆円でしたが、受注額52.6兆円の5.3%です。これに対し、下請けの過大推計は2.3兆円で、受注額24.2兆円の9.5%です。こうした統計調査に答える余裕が少ないと思われる下請け企業の方が回答が遅れ、国土交通省がその処理を誤ったことによる二重計上の影響が大きかったわけです。ある意味、予想通りの結果と言えます。

建設総合統計の推計では元請の受注高のみ使われている
 今回の問題では、GDPの推計に用いられている建設総合統計への影響も注目されていました。しかし、建設総合統計に使われているのは元請の受注高のみです。元請の受注高には下請の受注高が含まれていると考えられるためでしょう。となると、統計調査に答える余裕がない下請け企業に、毎月、調査をする必要はどこにあるのでしょうか?国土交通省は、何等かの政策に生かしていたのでしょうか?そうでなければ、調査する側、される側に無用な負担をかけていることになります。四半期、半年、もしくは1年に1回の調査で政策に生かせるのであれば、そのようにする判断はできなかったのでしょうか?
 建設工事受注統計調査は「建設業許可業者(約47万業者)の中から、約1万2千業者を対象にして毎月行っている統計調査」ですが、例えば一定の事業規模の業者に母集団を絞ったうえで、そこから標本調査をするという方法も考えられるのではないでしょうか?

そもそも、なぜ土木事業には着工統計がないのか
 
建設総合統計は、建築工事については「建築着工統計調査」が、土木工事については「建設工事受注統計調査」が推計に用いられています。私が東京財団政策研究所において参加しているプロジェクトの下記論考によれば、建設工事受注動態統計は建設総合統計の出来高の半分程度に影響しています。

 ここで素朴な疑問が浮かびます。建築工事には着工統計があるのに、土木工事にはなぜ着工統計がないのでしょう?
 建設総合統計では、工事の進捗に応じて工事金額が分割して投資される(進捗展開と呼ばれます)とみなして出来高が推計されます。建築工事では着工金額が、土木工事では受注金額が分割して投資するようにみなされているわけです。
 一方、受注しても着工できなかたり、キャンセルされる工事もありうると考えれば、受注金額を用いることは不確実性が高いのではないでしょうか?例えば、GDPの民間企業設備投資の推計において、機械受注は用いられていないですよね?建設工事受注について小規模な企業のものも含めて調査することにエネルギーをかけるよりも、一定規模の土木工事について着工統計を整備する方がコストパフォーマンスが高いのではないでしょうか?

分散型の統計行政はもう限界では?
 
3年前の厚生労働省の「毎月勤労統計調査」の際に取材を受けた際にも申し上げましたが、各省庁が分散して統計調査を行う日本のシステムは限界が来ているのではないでしょうか?こうした分散型のシステムは統計調査の結果を行政に結び付けることができるというメリットがあると言われていますが、分散型ゆえに統計の専門家が育たず、悪しき前例踏襲をしてしまってきたのではないでしょうか?貿易統計や職業安定統計のように業務フローの中でデータが整備される業務統計はともかく、その他の統計調査については、例えば総務省統計局に一元化しても良いのではないでしょうか?
 そもそも、統計調査の現場は地方自治体です。国の様々な省庁から調査の依頼が同じ地方自治体の部署に飛んでいるのです。地方自治体でも統計人員の育成に苦労している中、統計を十分に理解しない国の担当者から指示が行くのは危険極まりないと思いませんか?

 以上、今回の取材でお話してボツになったことについて、備忘録を兼ねて書かせていただきました(笑)。なお、この問題については、私も参加している東京財団政策研究所のプロジェクトで継続的にウオッチし、複数の論考を発表しております。下記のリンクの「Review」でご覧いただけますので、あわせてお読みいただければ幸いです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?