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鳥の国のはなし(note版)

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鳥の国は、かつて人間だったものたちがヒトの国を捨てたどり着いた場所。 ここに棲む「もとヒト」たちの日々の営みを描いた連作。 2014年6月から2019年10月までの作品をあらたに…
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2024年1月の記事一覧

カラスの特別

カラスは特別。 まだヒトであった頃からそう思っていた。ゴミ捨て場で、破れたゴミ袋を前に野良猫と話しているのを目撃した時から、怪しんではいたのだ。カラスの知能が高いことは人間も承知しているけれど、それ以上の力をカラスは隠しているのだと。 鳥の国へ来て知ったのは、カラスはやはりヒトの言葉がわかるということだ。わかるどころか、器用な者はヒトの言葉を操ることだってできた。 私のような、もとヒトであった鳥にはヒトの言葉を喋ることは許されない。それは鳥の国を去ることを意味する。なのにこ

沼地を迂回して森を抜けると、ようやく番小屋が見えてくる。 俺の姿を見つけた駅番が手を振っている。 俺は背中の荷物を降ろして大きく息をついた。重さから解放されて足がふらつく。 番小屋から出てきた駅番がさっさと荷を解いて、黙ったまま中身を籠に分けはじめる。食料を入れた籠を両手に抱えて番小屋へ運んでいった。俺も残りの籠を持って彼女のあとに続く。駅番も若くないんだから、力仕事は他の者に頼んでもいいのにと思う。 「これで全部だ」 鳥のことばで俺が言うと、駅番は少し間を開けて「ありがとう

干し柿

柿の実が色づき、鳥の国にも冬の気配が訪れた。 「こら。つまみ食いはだめだよ」 ヒヨドリの若いのが、見つかってバツが悪そうにあちらを向いた。 「実は傷つけないように枝から落として」 若鳥は惜しそうな目で、それでも素直に、くちばしで柿のへたをつついた。枯れ葉を敷き詰めた地面に柿の実を落とし、拾って干し柿をつくる。渡りでない鳥たちの、冬の間の保存食なのだ。 干し柿づくりはもとヒトの担当だが、僕の干し柿は中でもとくに評判がいい。それで柿の木を何本も預かっているのだが、毎年赤くなった実

荒野にて

北の荒野に住むのは、多くは旅の鳥だ。 ヒトの国と鳥の国とを行き来する鳥たちは、ヒトの国から戻るとまず、この荒れ地で羽を休める。王のおわす浮き島からは遠く離れた、静かな土地。低木と雑草ばかりの荒れ地は、平和に虫をついばみ休息する場所なのだ。 荒野に、老いぼれた「もとヒト」が居ついている。そう伝え聞いて確認に赴いた。鳥らしからぬ行動をとる「もとヒト」は用心すべき対象だった。いざ会ってみると、噂ほど老いぼれてはいない。もっと皺くちゃで腰の曲がったヒトを見たこともあるから、それに比

蝉好き

浮き島から「夏支度をするように」とのお触れが出た。鳥の国にも夏がやって来る。 季節の鍵箱を久しぶりに開けた。青いひもの鍵束が夏の塔の鍵だ。 塔へ行く途中、顔見知りのムクドリに見つかった。 「夏の塔へ行くんだろ! な!」 そうだよと私は答えた。鳥は嘘をつかない。 「今年の蝉はうまくいってるかね」 ムクドリはそわそわと体を揺らした。 「まだ確かめちゃいない。まあ、大丈夫だろうよ」 「そうかい、そうかい。楽しみだなあ。な!」 ムクドリがついて来たそうにしているので、私は急ぐふりを

遠足

昼の月は、雪に照らされて仄白い。毎夜月を映していた湖は、氷に蓋されて黙りこんでいる。 初めての冬をむかえる若い鳥たちは、白く塗りかえられた世界に圧倒されていた。つんと冷えた空気も、透明な静けさも、この地ならではだ。 どさり、と雪の塊が落ちた。続いてまたひとつ、ふたつ。トビたちが枝から枝へと雪を落としてまわっているのだった。ほかの鳥たちも木の枝に積もった雪を食べてみたり、地面の雪に頭を突っ込んだり。水鳥たちは湖面でスケートを楽しんでいる。初めての鳥も老いた鳥も、ここへ来るとはし

風切羽

鳥の王がいなくなったとき? ああ見てたよ。 にっくき影の鳥が氷漬けになった姿を拝みに、はるばる北の湖まで行って来たんだ。誰を誘っても嫌だって言うから、ひとりで行ったが、見物に来てたのは俺らカラスくらいだった。ほかは見張りをやらされてたもとヒトばかりだ。 湖の氷がやっと溶けて、影の鳥を陸に上げるのに、もとヒトたちが水に入ってた。そんなのは水鳥の仕事なのに、押し付けられたんだろうな。タカやワシもいるにはいたけど、見るからに怖じ気づいてた。 影の鳥の様子? あいつが本当に影の鳥だ

郷愁

しつこく跡をつけてきたカラスを追い払ってからも、我らはのろい歩みで北へ向かった。縛りあげずとも、見張らずとも、黒い大鳥は静かに我の後ろをついてくる。その通り名のごとく。 春を間近にした荒野は、おののいたように呼吸を止めていた。風は止み、音も立てず身をすくめて我らが去るのを待っている。鳥の王と影の鳥、二羽の怪鳥の行き過ぎるのを。 ヒトの国でのことはあまりに古すぎて覚えておらぬ。だが、影の鳥と呼ばれたこの鳥のなれの果てが、我とヒトの国とのしがらみであることはわかっていた。 「影

残響

鳥の道で、誰かが呼んでいる。 鳥の王が姿を消してから、そんな噂が鳥たちの間でささやかれていた。影の鳥を葬った王が、自らも傷つき倒れて苦しんでいる声だと。 あたしに言わせりゃただの風の音だ。昔から変わらない、この季節に吹く大風のせいだ。ているのは鳥たちばかりで、もとヒトであるあたしたちには彼らの恐怖がわからない。最後まで鳥になりきれない理由はそこにあるのだろうか。風を怖がる心か、王の声を聞き取る耳か、心と耳をつなげる何かか。 鳥の王がひっそりと交代したことが知らされた。前王の