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FONIA flower 〜sakura & berry〜 recipe no.062

醸造所から新作がリリースされた。八重桜とラズベリーをともに発酵させたお酒だ。

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実は三軒茶屋醸造所では2年前にも桜を使用したお酒に取り組んでいる。その時は桜+玉露を使用した、春の茶会をイメージしたお酒だった。今回は伝統的な日本の要素から一捻り加えて、モダンな桜観をイメージして仕上げようと考えていた。

八重桜

そもそも八重桜というものは品種の名称ではなく、花びらが牡丹のように重なってふっくらとする桜の総称であるらしい。八重桜は一般的に知られるソメイヨシノに比べて、遅い時期に花を咲かす。

実はソメイヨシノは江戸時代後期より全国的に広まった品種で、江戸時代前中期は様々な品種の桜が時期も様々に咲いていたという。その中でも八重桜の歴史は古い。平安時代には「いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな」と歌われたり、宮仕えの女房の装束で、五衣に桜色を用いることを八重桜と表現していたようだ。

また”八”の時は末広がりとして縁起の良いものと認識されるように、やはり八重桜は祝の席でも用いられていた。桜湯や桜茶として知られるものにも、塩漬けにした八重桜が使われる。

また八重桜はその鮮やかな色も、大きな特徴の1つとして挙げられる。それも塩漬けなどにも用いられる一要因であろう。今回はその色あいも表現するようなお酒に仕上げる目的もあり、ラズベリーの力も借りることで、見た目でも楽しめるお酒に仕上がっている。

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長い歴史をもち祝の席でも用いられる八重桜だからこそ、酒に使う意味も帯びてきそうである。モダンな酒を目指しつつも、芯としての桜らしさを強く持てるように、桜湯を酒に置き換えたような、つい気分も良くなってしまうようなお酒を目指していった。

さて、先程から繰り返している"モダン"な部分を担う要素どう構築していくかを、以下では書いていこうと思う。

造るにあたって:味わい

白麹によるクエン酸+ラズベリーの酸による爽やかな酸味と、米由来の甘さをかけ合わせることで、ジューシーな甘酸っぱさを感じられるようなバランスを目指した。どちらかといえば、冷やした状態で美味しくなるようなイメージだ。

安直ではあるが、甘酸っぱい味わいの酒に対してモダンなイメージは抱きやすい。甘味・酸味ともに従来の日本酒の姿からは遠いところにあるからだろう。加えて今回は桜の新たな一面を紡ぎ出すために、ラズベリーとサクラリケールを用いることで、洋菓子のようなイメージをもたせたかった。そこから考えても、甘酸っぱさが前面に出るようなニュアンスで固めていった。

洋菓子のようなイメージで、甘酸っぱく香りも楽しめるような完成形を想像すると、ボディは軽めのほうが相性が良い。甘さがある程度残っていて、香りも感じられる状態では、特に後味まで重くなってしまうと、野暮ったくなる。グルコース+クエン酸の甘酸っぱさは、味わいの時間軸中でも最初の方に感じられる。だからこそボディは軽くすることで、最初の甘酸のインパクト→香りの余韻に誘導し、飲めば飲むほど香りがより強く感じられるようなお酒に仕上げていった。

お酒のボディに関係するのは、個人的にはアミノ酸・ペプチド量だと考えている。ボディだけでなく苦味などにも関係してくるが、今回は苦味も特に演出する必要はなかったので、できるだけアミノ酸・ペプチド量は抑えようと考えた。そのため仕込配合をチューニングし、発酵の温度経過も低めに制限することで、必要以上に米を溶かさない造りにしていった。

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造るにあたって:香り

今回は香りをデザインすることがが大きなテーマとしてあった。発酵由来では吟醸香(酢酸イソアミル)を生成させ、そこに桜とベリーの香りと合わさることで、様々な香りの要素を混ぜ合わせながら、余韻が長く楽しめるように設計した。またサクラリケールによって酒精強化することで、香りの強度を増すことを考えていた。

まずは発酵由来の香りから解説していこう。今回狙ったのは酢酸イソアミルと呼ばれるバナナ様の香りを持つ成分の生成である。基本的に酢酸イソアミルの生成はアミノ酸代謝に大きく関係する。分岐鎖アミノ酸を生合成する過程で生まれるケト酸の一種が、脱炭酸されることにより香気成分の前駆体が生まれるのである。

そのために重要なのは2つで、①酵母のアミノ酸代謝をいかに増やすか、②香気成分をいかに醪に保持するか、と整理している。①については、酵母の増殖期アルコール4%までの期間をいかに長く取れるかがポイントだ。そのため、初期の発酵速度は緩やかにしたい。そこで留仕込の米に対して掛け流し(浸漬時に水を流したままにする方法)を行うことで、米のカリウム分を現象させ、初期の発酵の速度を遅らせる工夫を行った。

また初期の発酵期間に糖集積を行うことで、濃糖状態をキープし香気成分の生成に有利な状態にすることも考えていた。そのため温度を極端に低く抑えることで初期の発酵を抑える方法は、糖集積ができないため現実的でない。温度もある程度高くとりつつ、発酵を抑えるための手段として、掛け流しが有効であったのだ。

さて、そのあとは②いかに香気成分を逃さないか、となる。基本的にやることは醪を低温で管理する、ということだ。なるべく揮発する量を減らしながら低温で発酵させてゆく。

また酒精強化の技術はここでも活かされる。基本的に香気成分の多くは疎水性であるため、保持するにはアルコールの濃度が高いほうが有利だ。今回はサクラリケールを仕上げに使用することで、香気成分をより残すとともに、香りの補強も行っている。

使用したのはマリエンホーフ社のサクラリケールだ。我々日本人が一般的にイメージする桜の香り=クマリンの香りは少なく、どちらかというと桃のようなニュアンスが強い。今回のSAKEはラズベリー→桃→桜のような順番で香りを感じられる。この中盤に上がってくる桃を思わせる香りが、サクラリケールに由来するものだ。また同じタイミングでバナナ様の香りも感じられるだろう。

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さて、肝心の桜の話に移ろう。今回は埼玉県の越生の山にいき八重桜をハンドピックしてきた。もちろん無農薬だし、排気ガスの影響もかなり少ないような地域だ。フレッシュな状態で持ちかえって使用したため、鮮やかな香りが楽しめるのが今回のSAKEの特徴だ。

また桜餅の香りとして知られるクマリンは、桜の細胞壁の中にクマリン酸配糖体という前駆体の状態で存在している。細胞壁が破壊されることによって、前駆体が外に出て、それが酵素と反応することによって香気成分が遊離する、という仕組みになっている。そのため桜は加工する際に塩漬けしたり、葉をこするなどをして細胞壁を破壊する必要があるのだ。

今回も何かしらの手段で細胞壁を破壊する必要があった。だがむやみに物理的な刺激を与えても青臭さや、苦味が浮いてきてしまう懸念もあったし、もちろん塩漬けにするのも、味に影響が出るため使えない手であった。

そこで実験も兼ねてあることを試した。一度桜を冷凍させてしまうのだ。そうすることで細胞内の液体が膨張し、細胞壁を破壊して香りがたつようにした。結果としては成功で、余計な苦味などを出すことなく香りを引き出せたように思っている。

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ペアリングなど

エビや白身の魚などの料理と合わせると様々な組み合わせが楽しめる。また鯖とガリを一緒に食べると、とてもおもしろいペアリングになるのでオススメだ。スイーツ系とはとても相性が良いだろう。特にレモン系のものなどは、香りがより複雑になりオススメだ。ミントなどをいれてソーダアップしても美味しくなるだろう。

さいご

またペアリングや飲み方の部分はアップデートしていこうと思っているので、試してよかったものがあれば絶賛募集中だ。

今回の日本のシグネチャーでもある桜、伝統的な飲料である酒の新たな交わりによって生まれる味わい・香りを是非楽しんでいただければ幸いだ。気になる方は是非商品ページも見ていただきたい。

それでは。

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