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100個の理由-「あなたの孤独は美しい」より

 とうとう、初めてのエッセイ本が出版される運びとなりました。

タイトルは「あなたの孤独は美しい」人生をかけるほど果てしなく、また半分寝ていてもきっと書けてしまうほどに当たり前の美しいことをたった一人のあなたにお知らせしたく、つらつらと自分の話を書き連ねた前半・自伝/後半・自己啓発のような構成の本です。

出版元さんのご厚意もあり、帯にセンセーショナルな単語がたくさん配置されていますが、新興宗教家庭で育ったことも性について自然では無い対処しかすることができなかったことも、まあ最終的には私は私を救うために生き、それを越えてやっとスタートラインに立ったようなものなので、あまり悲観的にならずにツルっと、こんな子もいるんだなあ程度に受け止めて読んでいただけると幸いです。どこのクラスにもちょっと浮いてる子っていたと思うので、そんな人の頭の中を覗き見るようなものです、多分。

発売日は2019年12月12日ですが、それまでの間たまに本文から一節ずつ丸っとnoteに掲載していきたいと思います。物心ついた時から学生時代、AV業界に入ってからと様々な時間軸を進んでいく本ですが、今日は、私がこの業界に入ることにした理由--インタビューなどでは完全に答えることが叶わなかったほうのたくさんの理由のお話を掲載させてください。

・100個の理由

 くるりは、名曲「ハイウェイ」の中で、『僕が旅に出る理由はだいたい百個くらいあって…』と歌い出します。私はこの歌がとても好きです。なぜなら私がAV女優としてデビューすることも、ある種旅に出るようなものだと捉えていて、またその為にこさえた理由も同じく百個くらいあると感じているからでした。

 デビュー作で描かれた表向きの理由は「Hがしてみたいから」という単純明快でうぶで可愛らしく見えるものでしたが、ものは言いようで、本当の思いに近い言い方をするならば「みんなが当たり前みたいに経験していっているSEXというものを頑なに拒み続けている自分自身がもうとっくに重たく煩わしく、どうにかして変革してしまいたいから」といったところでしょう。どんな特色でも、男性目線で可愛らしく危うく認識されるように変換するという特殊技能を持つAV業界ですが、こればかりはまるで自分がか弱くて可愛い女の子としてAV業界を新たに生き始めることが可能になったかのようで、どこか救われた気持ちになったのを覚えています。

 自分自身のことが重たく煩わしく、どうにかして変えたいと思う気持ちは、裏を返せば「みんなと同じになりたい」という願いでもありました。
 処女をつらぬいているということは自分の意思でもありましたが、歳を重ねるにつれ、その事実がだんだんと煩わしく思えてきてしまったのです。

 大学に入って少し経った頃に、同じ授業を取っていた数十人で飲み会が行われました。私は両親から教えられてきたお酒の場に対する恐怖心から、それまで飲み会といった類の集まりに参加したことはほとんどありませんでしたが、仲のいい子も数人参加するし、大人になるには少しずつこういう場にも慣れなければと思い参加することにしたのです。
 オレンジジュース一杯でなんとなくにこにこと相槌を打ちながら何時間かやり過ごしていたのですが、皆お酒もまわり、だんだんと会話の内容が恋愛や、性経験にまつわることに偏ってきました。私は話せることもないので、なるべく話題にのぼらずに済むように黙っていましたが、先生の一人が「戸田ちゃんは彼氏とかいないの?」と聞いてきました。深堀りされると困るので、「秘密です」などと誤魔化そうとしましたが、嘘がばれるのも怖いので正直に「居たことないです」と答えてしまったのが間違いでした。そこから集団の興味は一気に私に移り、「一回もいたことないの?」「じゃあエッチもしたことないの?」「彼氏作りたくないの?」「好きな人はいたことないの?」などと質問ぜめにあい、しかもそのどれもがイエス/ノーで答えることができる質問だった為、隠そうとしても黙ろうとしても、あれよあれよという間にすべてを話してしまうことになったのです。

 それは、飲み会という常に話題を必要とする場所で、たまたま私がメインディッシュに晒し上げられてしまったという、ただの不運にほかならない瞬間でした。しかし、私が男性とお付き合いや性交渉をすることを選んでこなかったという事実が、こんなにもみんなに笑われ、珍しがられ、ばかにされ、さらには翌日も翌々日も学校内でくすくすと笑われなければいけないようなことだったのだということを、この時初めて本当に実感したのだと思います。

 そして、強く思いました。セックスを経験していれば、セックスについて自らの体験を持って話すことができれば、みんなと同じになれるだろうか、と。それは今冷静に考えると正しいとは言い切れない判断ではありますが、私は藁をも掴む思いで、自分を変える方法を探していたのだと思います。


 また、これは高校生の頃ですが、AVデビューを考えるきっかけになった
忘れられない出来事があります。
 当時、同じ教室の片隅で、いつもひとりで本を読んでいる男の子がいました。私も私で、読みもしない分厚い本を何冊も図書室から借りてきては、机の上に積んで「私はたくさん本を読むので一人にしておいてください」という暗黙のメッセージを発信しながら自分の世界に引きこもっていましたが、その男の子は私と違ってちゃんと読書という行為が好きで読んでいるようでした。
 その子はクラスではあまり人と話をしない子でしたが、当時クラス内でも流行っていたTwitterの中では意外とよく呟く子で、ごく親しい友達にだけ見えるようにしていた私のアカウントもフォローしてくれていました。
 その子のTwitter内では、好きな女の子のことが赤裸々に語られていました。 
 生徒会の副会長をしていて、その役割から人前で話す機会が多く、本を読んでいるその子に読書が趣味って素敵だねと話しかけてくれる、優しい女の子。私自身の自己評価とは似ても似つかぬそれは、何を隠そう私のことでした。彼の中では、どこか神格化されているようにも見えました。

 その男の子がTwitterのダイレクトメール機能を使って自分の気持ちを打ち明けてくれた時、私はやっぱり気持ちには答えられないという回答をするほかなかったのですが、それはあなたが悪いのではなく、私自身の認知に歪みがあるのだということをたくさんの言葉を重ねて伝えたつもりでした。一度は納得してくれた様子でしたが、その後彼のTwitter上では、諦めきれないような思いと、自己嫌悪、それから「僕とセックスしてくれないなら、死んじゃいそうだ」という文字列が書き込まれていきました。

 どんなに言葉を重ねても、彼が私のことを好きになってしまった限りは、セックスを差し出さないとわかってもらえないのか、と思ってしまった私は、どうしても彼に自分自身のことを嫌いになって欲しくなくて、「誰にも愛されない自分」なんていう幻想に飲み込まれて欲しくなくて、頭をフル回転させて泣きながら悩み続けました。そんなこと言うのなら、望み通り私の身体なんてくれてやる、と決意しようと、何度も、何度も、気持ちに反して「やっぱり付き合おう」の言葉を打っては消しを繰り返しましたが、ぎりぎりのところでやっぱり、彼の存在から逃げ出してしまったのです。所詮、誰かのためになりたいと願いながらも、自分の思いを無視することはできない程度の人間だったのでした。

 それから、どこかでずっと異性に対し、「友情や敬愛の気持ちを抱いても、いずれはセックスをするかしないかというジャッジメントをどちらかが下さなければいけないのだろうか」という不安が付きまとうようになりました。そして、その不安を打破するべく私はまた素っ頓狂な解決策を思案しました。セックスを差し出さない女は、仲良くすることも許されないというのなら、先にセックスを「私のことを少しでも良いと思った人は誰でもアクセスして見ることができるもの」にしてしまえばいいのです。そうすれば、もう誰かが私とセックスできなくて死にたいと思うようなことも、なくなるのではないかと考えたのでした。

 これらが、私がAVデビューするに至った理由百個のうちの、特に大きなふたつです。

 そのほかにも、いざ好きな人ができたら恋愛のやり方が全くわからず、わけのわからない行動ばかりとって玉砕したことや、その悲しみから人生に対してやる気をなくし、何か生きる理由を見つけなければと思い学生ローンで借金をして車の免許を取りに行ったので身分証明証ができた(免許かパスポートがなければAV事務所に所属することも撮影を行うこともできない)こと、その借金をなるべく早く返すためにまとまったお金を工面しなければいけなかったこと、アイドルや女優になるのは自分に自信がないから恥ずかしいけれどAVは自信よりも思い切りが必要だから私でもできるかもしれないと思えたこと、普通にバイトや学校生活をするほうが勝手に無料で「かわいい/かわいくない」「やりたい/やりたくない」の秤にかけられて消費されてしまうけれどAVならばその消費がお金になるので一方的に搾取されるよりも納得できると思えたこと、映像作品や映画が好きだから自分の経験も映像に記録してしまった方が面白いのではないかと思ったこと、同じ場所に同じ時間に毎日通うことを苦痛だと思っていること、一刻も早く家族を頼らずに一人で自立して生きていけるようになりたかったこと、相談するほど仲のいい友達がいなかったため自分さえよければいつでもどんなことにでも踏み出せるという気持ちで生きていたこと、いつかお金を貯めて映画を撮ってみたいこと、個人プレーでやっていける仕事に就きたいこと、私が苦手な「エロ」というコンテンツに実際のところどんな良いところと悪いところがあるのかこの目でちゃんと確かめてから擁護するのかしないのかを選びたいと望んでいること、自分のことや世界のことが何もかも嫌になった夜に自慰をして緊張感を解くことで救われたことが何度もあったこと、だからエロは誰かを救うこともあるのではないかと思ったこと、いろいろな種類の人と関わりあってみたいと望むこと、今まで一番見せることが怖いと感じていた裸やセックスを先に開いてしまえば人生のうちで恐るべきことがほとんどなくなるのではないかと思ったこと、自分の気持ちを綴ることも、AV女優というインパクトから読んでくれる人の裾野が広がるのではないかと思えたこと、そうして自分を晒して生きていれば、いつか今よりもっと分かり合える誰かと出会える可能性が増えるのではないかと思ったこと、人目にさらされることでもっと強くなれると思えたこと、新しい名前で、新しい節目を超えて、落ち着いて人生をやり直したいと思ったこと。
 あげようとすればまだまだあって、きっとちゃんと数えれば、やっぱりだいたい百個くらいあるのだと思っています。

 「ハイウェイ」という曲は、そのあとこう続きます。『ひとつめは ここじゃどうも 息も詰まりそうになった』。うまく呼吸ができる場所を、探していたのだと思います。

 そして、『やさしさも甘いキスも あとから全部ついてくる』と歌うのです。
 AV女優になる際に、ここまで山ほどの理由で身の回りを固めなければならなかったというのもきっと珍しいパターンなのだと思いますが、それもまた自分の人生らしさというものなのかもしれません。
 ここから新しい道をゆくための理由は、常に生産され重なり合って、いつしか自分にとっての『行ってみたい方角』という理想をつくります。それは、何もAVデビューという極端な行動に際する場合だけでなく、あなたがごく普通だと思っているであろうご自身の人生のうちでも、常に起こりうることなのだと思います。圧倒的なたった一つの理由よりも、生きてきた道のりの上でじわじわと積もってきた小さな理由を百個重ねて、自分の道を選んでゆくのでしょう。

 その選択の末に、いつかあとからついてくる経験や出会いや記憶という宝物を求めて、足を止めずに生きていくのが、人生というものの面白さなのかもしれません。




ありがとうございます!助かります!