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『エイブのキッチンストーリー』と『完全版・国旗のえほん』 シネマと戸田デザイン研究室 Vol.7

映画大好き!な、戸田デザイン研究室 広報・大澤がテーマを設け、素敵な映画作品と戸田デザイン研究室の作品をご紹介する【シネマと戸田デザイン研究室】。

かなりお久しぶりの更新となりますが…第7回目のテーマは世界。【私を取り巻く世界をどう見るか】をテーマにご紹介します。

エイブのキッチンストーリー
監督:フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ

主人公エイブはブルックリン生まれ、ブルックリン育ちの12歳。
料理が大好きで自作の料理を家族に振る舞ったり、SNSにアップしたり…。12歳にして自分の好きなことを見つけた 明るく幸せな少年に見えますが、実は深い悩みがありました。

エイブの心を悩ますのは【家族】。彼の母はイスラエル系、そして父はパレスチナ系。そうです、イスラエルとパレスチナ…。長い対立の歴史に翻弄される2つの国の人々が家族になったのです。

母方の親族、父方の親族。みんなエイブを愛しています。
しかし彼らが一堂に会すると必ず起こる諍い。食事や宗教、文化の違いに始まり、紛争の歴史まで争いの火種は尽きることはありません。その様子にエイブはいつも心を痛めてきました。

楽しいはずのエイブの誕生会でも両者一歩も譲らない言い争いが勃発。
たまらなくなったエイブは家を飛び出し、ふらりと立ち寄ったフードフェスでブラジルから来た料理人・チコに出会います。
様々な国の美味しい味を掛け合わせるチコのフュージョン料理に魅了されたエイブは、チコのキッチンに押しかけて料理修行を始めるのです。

初めは皿洗いとゴミ出しの日々。働く基本、料理の基本を厳しくも優しく教えてくれるチコや仲間たちに見守られながら、エイブは自分の作ったフュージョン料理で家族を一つにしようと奮闘します。

穏やかだけれど芯の強さも持った現代っ子・エイブの愛らしさや、周囲の人々の温かさも感じられ、エンターテイメントとしてしっかり楽しめる本作。
しかしその明るい雰囲気と対照的に、エイブを悩ます家族の問題、イスラエルとパレスチナの間に生まれてしまった問題は実に大きなものであることも感じさせます。

この作品の原案・草案・監督を務めたのは、ブラジル生まれの若き映像作家。ユダヤ人とカトリック系ブラジル移民の孫、というアイデンティティを持つ彼は、麻薬戦争や人権問題、環境問題を扱った作品を発信し注目を集めています。

この作品にも複雑なアイデンティティを持ち現代を生きながら、より良い社会を作る方法を模索してきた作家の視点が軽やかに散りばめられていると感じました。

国と国の問題として根付いた大きな不和こそ、実は一個人同士の対話を重ねることがとても重要なこと。
違いに心を縛られず、相手も自分と同じ人間であると言う事実を置き去りにしないこと。

怒りから出発した社会の声が「それはキレイ事」と片付けてしまうことにこそ問題解決の糸口が潜んでいる。世界を取り巻く情報には敏感でいながら、そうした人間と向き合う基本を私たち大人は軽視してはいないでしょうか?

そしてその複雑に絡まった糸を解こうともがくことは 決して甘く優しい夢物語ではなく、「自分と自分を取り巻く世界をどう見るか」「自分を取り巻く世界をどのように良くしていくのか」を示す強い意志・決意でもあります。

「違いがあるからこそ、新しいフュージョン=融合が生まれる。」
大好きな料理を通じて愛する家族に自分の決意を伝えたエイブの姿に、力強い未来を感じました。


『完全版・国旗のえほん』 企画・編集・制作:戸田やすし


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「自分と自分を取り巻く世界をどう見るか」
「自分を取り巻く世界をどのように良くしていくのか」
これらは戸田デザイン研究室の哲学を支える大切な要素でもあります。

私たち戸田デザイン研究室の世界に対する考えや想いを強く伝える作品のひとつが『完全版・国旗のえほん』。
1987年に出版されたロングセラー『国旗のえほん』の完全版として生まれ、その名の通り世界すべての国旗を紹介しています。

『完全版・国旗のえほん』の主役は国旗デザイン。どの国も平等に1ページずつ、五十音順に展開します。

最大の特徴は、1ページに占める国旗の大きさ。悠にページの7割が国旗で占められています。だから微妙な色合いや細かな文字や柄など細かいデザインまでよく分かる!

さらに国旗だけでなく【国旗のデザインの意味】【日本語正式名】【英語正式名】【首都名】【人口】【面積】【おもな言語】【日本との時差】【正式なタテヨコ比率の国旗】【その国の位置を示す世界地図】【その国の楽しいミニ紹介】と言った、その国を有り様を伝える情報も掲載されています。

版を重ねるごとに上記すべての情報を更新していくので、他の出版関係の方からも「大変でしょう!」と言われることもしばしば。(確かに、大変です笑)

しかし私たちは"最新の世界情報を載せたデータブックを作っている"と言う気持ちでこの作品を届けている訳ではありません。

私たちが『完全版・国旗のえほん』を通して届けたい、伝えたいものは何か。それはこの作品を企画・編集・制作した戸田やすしの「あとがき」に集約されています。

あ と が き。

たくさんの国を楽しく紹介しようとしていると、どうしても戦争や紛争・内戦の現実に突き当たる。
国旗の歴史は、戦争の歴史のようなものだ。

立派な大人たちが自分たちの主張や陣地をめぐって争いを繰り返し、勝った者が自分たちの旗を立てる。
考えてみれば滑稽でさえあるし、何百年も戦争・紛争を繰り返してきた人間は、とても悲しい。

これから、ぼくたちにできることは何か。
世界中の人と、つながること。

自分の大切な友だちのいる国に、武器を持ち攻め込もうとは思わない。
たくさんの国に興味を持って、その国の人と友だちになる。
その国の暮らしに想いを馳せる。
きみの大切な人を守ることは、平和を守ること。決して攻撃することじゃない。

最後に、父・とだこうしろう が『せかい地図絵本』で  ’せかいのどうぶつ’ のページに記したことばを引用したい。

「ちきゅうに いっしょにすんでいる なかまです。 どうぶつに くにのさかいは ありません。  くには にんげんが きめたものだからね。」

地球の平和を、心から願って。

2012年7月 戸田やすし

何を基点に物事を見るかで、そこから感じるものや知識の広がる方向は変わってきます。

国旗デザインはその国の文化と歴史の結晶です。そしてその結晶の中には栄華も喜びも、忘れ難い悲しみの跡もあるのです。
そうした眼差しで国旗デザインから世界を見ると、各国の人口は単に国の大きさや豊かさを示す指標ではない。そこに生きる命の数そのものであり、その数だけ人生があると言う事実が感じられます。

これこそが『完全版・国旗のえほん』を通して戸田デザイン研究室が伝えたいことです。
だからこれからもどの国の国旗も平等に1ページずつ大きく、大陸ごとや国の大きさに関係なく 五十音順に紹介し続けます。


今も昔も世界の国々を取り巻く情勢は複雑です。人間に尽きない欲がある限り、私たちの思いは理想に過ぎないのかもしれません。

しかし本気で「デザインの先に見えてくる晴れやかな景色」「目に見えるものだけでは測れない何かを感じる人間の心」を信じること、その心を動かそうと奮闘する力が 人々の心に新しい地平を切り拓くこともあります。

それこそが私たちがモノ作りを通して担うべき役割だと思うのです。

『完全版・国旗のえほん』についてはコチラから。