研修医は志村と加藤
私は、ステージに立つ。
フラを踊れるイベントがあった。
このご時世だ、イベントはどんどん、中止や延期を余儀なくされる。
だけど、屋外のステージを用意してくれる主催者様が現れた。さては神様ですね?
そして、久々のイベントに、我がインストラクターは、生花を用意してくれた。さては天使ですね?
生花を髪につけていただくと、途端に魔法がかかった気分になる。
みずみずしい草花を身につけることで、背筋は伸び、表情は凛とし、神聖な気持ちになっていく。
年齢など、もはやどうでもいい。
ステージに立つ私たちは、年齢を問わず、妖精になった面持ちで、ふわり温かい笑顔をまといだす。
さて、この生花をつけていく作業なんだけど、インストたちの手先がすごい。
20名近い生徒たちの頭に手をかざすや、あっという間に妖精たちを仕上げていく。
毎回、見るたびに感動する手捌き。
すると、インストが
「るーちゃん(仮名)もやってみな、何事も経験だから」と、20歳の若きエースに、この作業を手伝わせることにした。
るーちゃんは「え、マジですか?出来るかなぁ」と恐る恐る生花を手にする。
「頑張れるーちゃん!」フラ歴でいったら、るーちゃんが先輩なのだが、年齢的には、俄然先輩となる私は、それはもう他人事で、るーちゃんの手元の動画を撮りながら、「もっと右なんじゃない?」などと、やんややんや勝手なことを言っていた。
すると、もう1人のインスト先輩が、「とき子もやってみる?私の頭」と言い出した。
「ぬお!?」
待ってくだせい、まさかパイセンのステージに、私が恥をかかせる訳にはいかねぇです!
と、慌てたが、パイセンは「いーよいーよ」と頭を差し出す。
せっかくのご好意だ。何事も経験だと、インストも言っていた。よし、ならば、ありがたくやらせていただきます!
私は、神妙な顔でパイセンの横を陣取り、生花を手にする。
「では、開始します。アメピン」「はい」
同期のいっちゃん(仮)が、正しい方向で素早くアメピンを差し出す。
「シダ」「ハイ」「花」「ハイ」
…全然上手く飾れない。花が、根元の茎から折れて散る。
「新しい花」「ハイ」
オペさながらに進んでいるが、足元には花の残骸が激しく散っている。ゴリゴリの医療ミスが進行中だ。
パイセンが「こういう風に刺していくと良いよ」
と、アドバイスをくれる。
医療ミスの中、身を挺してのアドバイスだ。
ここで諦める訳にはいかない。
「ここだ…!!」私は、アメピンで何本目かの花を固定する。上手く刺さった!!
ところがだ。どうやらそれは、とても痛い角度だったらしい。パイセンの頭が揺れた。
「い、痛い?」「うん痛い」
しかし、花は、良い感じの方向を向いている。
どうする…?ピンを刺し直すか…!?
いやしかし、もう一度同じようにさせる気がしない!!
私は、残りわずか1センチほどだけ浮いているピンを、もう一度そしらぬ顔で押してみた。
「…痛い」パンセンが本能で頭をよける。
もはや、これまでか…!
同期のいっちゃん「血圧が低下してます…!!」いや、そんなことは言っていない。
すると、向こうで頑張っていたるーちゃんが、どうやらオペを完了したらしい。
私は声をあげた。
「るーちゃん!!こっち来て!出血が止まらない!」※いや言っていない。
るーちゃんが私の中途半端なオペ状況をみて頷いた。
「あとこの辺にもうちょっと、ですよね」
「うんそうなの、あと、ここ、このピン…痛いみたい(超小声)」
るーちゃんも、そのピンをみてどうやら思ったらしい。
この角度、もう一度やり直すのは不可。
るーちゃんは黙って押した。
「お、いくね!」とは言わないで黙っていた。
パイセンは「いやそこ痛いやつ」と言っている。
パイセンごめん、ここは私たちの力量を鑑みて、流血してほしい。
私たちは、パイセンの訴えに頷きながら、素知らぬ顔でオペを進める。
「こっちの花を固定するついでにここを…」
るーちゃんは、その浮いているピンを固定するために手を尽くしている。
そして、他のピンを固定するついでに、その浮いたピンをちょいちょい押している。
なるほどその手があったか!
さすが時期エースだ、賢い、もはやパイセンは、新しいピンが痛いのか、さっきから執拗に押されているピンが痛いのか分からない筈だ。
るーちゃんが、さりげなく押す。
パイセンが痛みに顔を歪める。
私は「そうね、そこにシダがあるとステキ!」などと、パイセンの気を逸らす。
それはまるで、
いかりや長介にちょっかいを出している志村けんを応援する加藤茶の図。
いけ、志村!そこだ志村!
完全に、己の仕事を忘れて、加藤茶と化した私は、志村が果敢に攻めていく様を、なんとも頼もしい気持ちで見ていた。
そうしてようやく、パイセンの髪飾りが仕上がった。
「どうですか!?」インストに確認しにいったら、その間に5人は仕上げているインストが、志村と加藤、もとい研修医(違う)にOKを出してくれた。「頑張ったねー!良いんじゃない?」
その言葉を聞いて、若干疑わしいと踏んでいたパイセンも喜んでくれた。
そしてパイセンは、私たちの初仕事のために、長時間同じ格好で座り、グサグサと執拗にピンを突き立てられたのにもかかわらず、「これは2人で仕上げてくれましたー!」と髪飾りと共に写真も撮らせてくれた。
…パイセン、いかりや長介ポジションにしてごめんね。
いや本当に真剣にやってたんですって!
ただ、ちょっと書いてたら面白くなっちゃって。
こんな経験させてくれて、本当にありがとうございます!
そうして、私たちは、雨上がりの光が差したステージへ向かった。
志村だ加藤だいかりやだと言っていたが、本番は違う。頭を切り替えて。
みずみずしい花々とともに、私たちは、力一杯踊る。
こんなご時世がなんだというのだ。
花と、光と、音楽と、それから笑顔がここにある。
ありがとう、この美しき世界を。