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千年後の夜に

ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川
 からくれなゐに  水くくるとは
       在原業平朝臣ありわらのなりひらあそん


娘、現在小学6年生。
暇さえあればスライムを練っている。
YouTubeで研究を重ね、100均で洗濯糊を買いあさり、ハンドソープや紙石鹸を練り込み、絵の具を入れ、ラメを入れ、ビーズを入れ、ネッチネッチネッチネッチ……。

スライム研究所



一昨年の誕生日プレゼントがどうしてもと言われたNintendo Switchだった。
マリオカートとやわらかあたま塾をセットで購入した一昨年からいっさいソフトが増えていない。
いっとき興味を示したものの、天下の任天堂より、スライムなのである。
あまりのスライムネリネリに、手のひらに肌荒れを起こす。調べたら、スライム作りに不可欠のホウ砂があまり人体に良くないらしい。
彼女にそれを伝えると、この世の終わりのように泣いた。床に突っ伏して泣いた。
ビニール手袋を用意するも
「こんな手になるなんて…私がこんなにスライムを愛しているのに…!」
スチュワーデス物語の片平なぎさみたいになってる。(古すぎますか?)
嫉妬(?)に狂って人生を棒に振る、みたいな大人になってほしくないッ!


そんなある日だ。
何やら静かに単語帳を作っている娘を発見。
何を作っているか聞いたら、なんと、百人一首の上の句下の句を書いていた。
え、なんで!?

どういう色分けかは不明


聞けば、名探偵コナンの映画『から紅の恋歌』で出てきた百人一首に興味を持ち、書き出しているとのことだった。ビバ、アニメから入る関心事。
私の教育アンテナが、鬼太郎ばりにビンビンに立った。
スライムに次ぐ、ネクストネチネチは、これかもしれない!!
その日のうちにマンガ、末次由紀著『ちはやふる』全50巻大人買いをする。
心ゆくまで百人一首を堪能するが良い……!!

のはずが、私がメチャクチャに号泣。
こんな青春送りたかったし、出てくる先生たちの情熱も素晴らしい。さすが、アニメ化も映画化もされた作品だった(観てない)。もう、泣きすぎて目がパンパン。
「え、そんな泣くところある?」と娘が言う。
いや、泣くところが8割なんだが。(私比)
娘は、泣き濡れる私を放置して、黙々と各キャラクターの得意札を調べていた。

感情の母、探求の娘、2万歩歩くのを日課とする父。
どうでしょうね、このテイストでミステリー部門創作大賞とか狙いたいですね。

ともあれ、狙い通り娘に百人一首がビンビン来ている。
私は畳み掛けるように、ちはやふる末次由紀監修の百人一首を買い求めた。
瞬く間に50首まで覚える娘。驚きの展開である。
無論、私も協力したし、マンガの力も借りたわけなのだが、興味を持ったものへの執着がすごい、ネチネチぶりがスライムを凌駕し始めている。

しかし、スライムと違って、百人一首はなかなか一人ではできない。
連日にわたって読手をお願いされるわけだが、読み方も難しいうえ、私は私で、家事もしたいし創作大賞も読みたいわけである。
いっそ、スライムの方がよかった、と思ってしまったりもするのだけれど。


娘が千年も前に読まれた歌を、繰り返し繰り返し口にする、その浪漫。
まだ12歳にもなっていない娘が、「手枕たまくらに〜」とか言う、私の情緒。
(※手枕 腕を枕にすること。男女の共寝を指す場合が多い)
権中納言の多さに「なんなのこの苗字!?」と疑問を持つ娘への喝采。

良い……!百人一首に興味を持ってる娘を持つって、楽しい。
ちなみに、私は古典には興味がなかったので知らないことだらけだった。
百人一首図鑑を買って、共に学ぶことにする。
奇しくも、大河ドラマ『光る君へ』に夢中になっている最中である。タイミングまで良い。

知るほどに、調べるほどに、面白くなる。
例えば、私たち現代人が、今からどんなに学んでも、どんなに歌を作っても、この百人一首に加わることは出来ない。
ある意味、完璧に完成している浪漫。
ここから先、幾千年の時が流れても、彼らは絶対に流されない、うつろうことがない。
月の光に恋を読み、風に、波に恋を読み、夜がくれば恋人を思い、雪が降れば恋人を思う。
もちろん四季の歌や旅路の歌はあれど、とにかく恋、恋、恋。
夜中にうっかり盛り上がった感情を歌にしたこともあったであろう。
恥ずかしいから誰にも見せないでって言ったじゃない!って人もいるかもしれない。
なんなら勝手に手を加えられて、情熱が削がれたりしたかもしれない。
それらが千年後も朗々と読まれることになろうとは、まさか夢にも思うまい。
そこがいい。
印刷技術もSNSもない、墨と和紙でのみに託された儚い歌が、千年の時を経て、私の娘に届いている。
LINEじゃこうはいかない、どんなに感情を乗せても絶対に敵わない。
彼らには文春砲も太刀打ちできない。
それが、現代のデジタルネイティブ世代の手のひらにある。

意味がわかっていなくとも、彼女がそれを口にする。
こんな浪漫、他にあるだろうか。

ちなみに、娘が一番気に入っているのが、冒頭ちはやぶるの歌で、これはやはり、『ちはやふる』の主人公、千早の得意札。
そして、私が一番気に入っているのはこれ。

君がため 春の野に出てて 若菜つむ
 わが衣手に 雪は降りつつ
                光孝天皇

難しい言葉がなく、ほとんどまっすぐ情景が浮かぶのが良い。
春の野。でも雪が降っているのだから、暦の上の春の2月頃。まだ緑でいっぱいじゃなく、土と雪とが混じる地に、それがかえって引き立つ緑。
冷たい手に息を吹きかけながら、君のための若菜の緑を見つけて微笑む姿を想像する。
多分、雪はサラサラとして、地面に落ちた側から溶けていくような細かなもので、季節の変わり目の最後の便りに、凍える手もどことなく温かみを感じてる気がする(想像)。


ああ、地球に住んで、もう少しで50年。
光孝天皇、55歳で即位。即位前に詠んだ歌とされているで、そこはかとない同級生感である。ネッチリとした恋歌じゃないのも好ましい。
千年経っても、同級生と思えば「わかるー」と言い合いたくなるその情景と、過不足ない表現に「いいね!」を押したくなる感情。

君のために春の七草なんて、40過ぎてこっち側の発想でしょう?と、勝手に解釈、ええ、これもあくまで想像です、異論は受け付けません。だってこういう想像しないと覚えられませんがな。
大事なのは親近感。
(娘に熱く説明したけど、わかってもらえなかった)

相変わらず、手の調子が良くなると、スライムネリネリは復活するのだけれど、目下、彼女の目標は百首暗記。
頼もしいと思う。
私は二十首ぐらいで限界を迎えた。それもほとんど語呂合わせだ。
それでもちょっと自慢したい。

千年後の夏の夜。
我が家は百人一首を楽しんでいる。




着物にも興味出ちゃう娘


得意札にしたいのに、お手つきを繰り返す。
誰、こんなに似た下の句詠むのは!?
左下には分かりやすく決まり字。
頼らないように、マステで隠す。
百人一首図鑑。
細かい関係者もあって面白い。
娘が強過ぎて試合にならないので、私は5枚で勝負。
ちなみにルールは我が家独自のものであります。
ちはやふる続編、最初の歌がこれでテンション爆上がり。
ところで雪って比喩なの?
それは受け取る側に委ねられるところも良き。

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