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ルージュの伝言 《夏ピリカグランプリ》

「ルージュの伝言って知ってる?」
さっきまで全然違う話で笑っていたウタが、唐突に言った。

「松任谷由実の?」
「それ。彼の家で実際やってきた」

ウタは、ふふと笑いながら冷めたコーヒーを啜ると
「これでお別れ、スッキリ!」
そう言って両手のひらを合わせて、幸せ!みたいな顔をした。

「え、何、ケンカ?ケーヤンと?」
「ケーヤン、ふふ」
「中学からずっとそう呼んでるから!それより、ルージュの伝言って?」
「バスルームに、まぁ洗面所の鏡だけど、口紅で伝言をね、さよならって書いてきたの」
「何それダッサ!昭和!?」

私は思わず大きな声を出す。
ウタは、しぃっと人差し指をその美しい唇に当てると
「大きな声出さないでよ、私だって昭和なことしてきたと思ってるんだから」
と口角をあげた。

ウタとケーヤンは、確かもう4年ぐらい付き合っているはずだ。
2人とも結婚するような話はしないけど、だからと言って別れるような不満も聞いていない。
4年も付き合って、ルージュの伝言でさようなら?
しかも、なんでこんなに楽しそうなの?
ウタは、ケーヤンの何に愛想が尽きたというの?

質問はたくさんあったけど何から聞こうか逡巡していると、ウタは最後のコーヒーを飲み干してから、
「ごめんね、わざわざ来てもらって。一応伝えておこうと思って。ほら、ケーヤン、アサミンの仲でしょ。ふふ。アサミンってのも結構ダサいよ」
そう言って私を指差すと、伝票に手を伸ばす。
「え、もう帰るの?」
「うん、今日はちょっと」
「じゃあひとつだけ!なんで最後がルージュの伝言なの?」
 私がそう投げかけると、ウタは、その質問を待ってたと言わんばかりにほんのちょっと眉を上げた。

「鏡の伝言を読むでしょう?それを読んで愕然とした後、青ざめた自分の顔に気づくの。そしてこの先ずっと、鏡で自分を見るたびに私を思い出す。そういうのってなんかいいじゃない」

ウタは本当に嬉しそうに笑うと、今度こそ伝票を持って立ち上がった。
「来てくれてありがとう、払っとく」
いいよ自分で払うよと口を開いたときには、もうウタは歩き出していた。



『さよなら ふたりとも』
私は、彼の家の洗面所で、ウタが書いたルージュの伝言に目を走らせていた。それから、まるでそう仕向けられたように、鏡の中の自分と目が合った。
絶対に自分の顔は見るまいと思っていたのに。

彼はまだこれを読んでいない。
ウタの愛情を疑っていない彼がこれを読んだら、きっと動揺して「違うんだ!」と喚くだろう。

2人の別れに一瞬喜び、それから現実を考えて絶望する。
ウタから最愛の人も、親友も、両方を一度に奪っておいて、それでも彼に縋りたいと考える醜い顔が映る。
彼はこの鏡を見て、どんな顔をするのだろう。
ああ…彼の、ウタだけを切望する顔が映る。
私は鏡を見るたびに、愛されない自分に打ちのめされるのだ。

ウタは、ひどく簡単な方法で私を鏡の底に沈めていく。
軽やかに、ルージュの伝言を口ずさみながら。

(1199字)

ーーーーーーー

ピリカグランプリに向けて、書き慣れないものを書きました!
鏡!文字数!ひーーー!

本当はメルヘンなものとか、青春キラキラなもの考えてました。
だけど、どういうわけか1500字過ぎても鏡にたどり着かない、グハー。
下書きにはグハーの欠片。
それでもやっぱり面白い!
企画がなかったら、こんなにグハーと言いながらも書きたいなんて思わないかもしれない。
グハー、グハー!猛暑が来る前に、私のハートが猛熱。

とても楽しませて頂きました、いい機会をありがとうございましたっ!

まだ書いてない方も、ぜひ一緒に楽しみましょう✨


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