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そこだけシラフっぽく言うな?

楽しみだね。
美味しいものを食べて、笑って過ごせたら、こんなに幸せなことはないよね。

そうやって今日を迎えたんだろう?
それなのにあなた。

「世の中には祝ってもらえない人もたくさんいるんだぞ!」


突然、今ある幸せが悪であるかのようなその物言い。

ちょい待てやコラァ!!


となったのは、先月の私の誕生日らへん。
近所に美味しい店があることが発覚し、お料理とお酒を堪能した直後だった。

歩いて5分の住宅街にその店はひっそりと佇んでいた。
「え、家じゃん?」
「家だな、勝手に入って不法侵入とかにならんかな」
「いやいや、この看板で間違いない」
そんな風にして入ったお店は、果たしてとても美味しい店だった。
しかもこの日は、他に予約もなかったということで、貸切状態。
店主が、一品ごとに食材の説明をしてくれる。
それに合わせて、お酒も少しずつ銘柄を変えて楽しんでいく。

いや。薄々はわかっていた。
この流れは危ないぞ…!

段々声が大きくなり、同じ話を繰り返し始めた夫に、デザートのあたりで娘がイラつきを隠さなくなってきた。
「お父さん、飲み過ぎ!!」
彼女は今、思春期の入り口にいる。
関係のないおっさんが酔っ払っているのは笑えるが、自分の父が我を失い始めているのはとてもイラつくその心理、母さんもよくわかるぞ。

そういや、私の父も酔っ払うとご機嫌になってしまうタイプだった。
声が大きくなり、ガハハと笑い、よくこぼす。
暴力振るうわけでもなければ、泣きじょうごになるわけでもなのだから、暖かく見守っていて良いのだが、これが友人が遊びに来ていたりすると、たまらなく恥ずかしくて
「お父さんはあっちいってよ!!」と泣いて抗議した。
しかしこの酔っ払いというのは、あっちいけと言えば言うほど、距離を詰めてくる。


「さ、もう帰ろ!」
次から次へと日本酒をおかわりする夫をなんとか止めて立ち上がらせると「いやぁ本当に絶品だった!!」と彼は店主に言った。
いやあんた、このパターンは間違いなく明日、絶品料理の味を忘れちゃうやつよ。
そう思ったが、ご馳走してくれたし、誕生日プレゼントも半ば強引にもらったので、ここは機嫌よく過ごしてもらおうと「そうだねぇ」とにこやかに店を後にした。


問題は店を出た後だった。
娘がプンスカしながら早歩きで家路に向かうのを、彼は駆け足で追いかけた。
ちなみに私は、いつも以上に飲んでいるので絶対に走れない。
道の向こうで「お父さんあっちいってよ!!」と叫んでいる娘の声を聞いた。
待て待て、この住宅街、深夜ではないけれど近所迷惑になるからやめてくれぃ、と思いながら出来るだけ早足で追うと、娘が走って戻ってきて「お父さん嫌だー!」と泣いた。
夫はすでにいなくなっていて、私は娘と手を繋ぎながら「酔っ払うとね、はしゃぎまくっちゃうんだよねー困ったねー」と、出来るだけ楽しい笑い話にしようと努める。

さて、マンションに着いた。
あれ?お父さん、もう家に入ったかな?と敷地内を見て回ると、我が家の車のライトが点灯している。
ん!?なんでや!と思ったら、その車がハザードを出しながら、チカチカとヘッドライトを忙しなく点滅させた。

…!!!あのアホ…!!

チリンチリンを彷彿とさせるあの行動!
まさか、クラクション鳴らすんじゃあるまいな!?

私は体を硬くした。クラクション鳴らしたら車ごと蹴り上げてやる…!
臨戦体制である。
そんな私を尻目に、娘は「バカじゃないの」と冷たく言い放ち、マンションの中に入ってしまった。
バカじゃないの、
バカじゃないの、
バカじゃないの…

お、お父さんの威厳…!!!南無三!


夫はクラクションこそ鳴らさなかったものの、謎のステップを踏みながら車から出てきた。
「なんだよ、なんだよ、無視するなよ〜せっかく隠れてたのに〜!」
ご機嫌すぎて目頭が熱くなる。人は心底呆れると天を仰ぐらしい、ああ、星が見えない。
「もう、本当に嫌われるよ…」

しかし、警告したにもかかわらず、家に戻っても彼は娘にしつこく絡んだ。
「嫌わないよなー?お父さんのこと、大好きだよなー?」
言いながらまた、謎にステップを踏む。なんなんだそのステップは、前世か、前世の影響なのか、前世トカゲなのか。
「もう!!本当に!!あっっち行っって!!!大嫌い!!!」

実家の風景が蘇る。
「放っておいたらお父さん勝手に寝ちゃうから、あんたも無視してなさいな」
よく母に言われたものだった。
そう、放っておくのが1番なのだ。熱くなるから、酔っ払いは喜んでしまう。
そして喜べば喜ぶほどにしつこい。
ここで、娘がまた大号泣を始めた。
「もう、お父さんは一生お酒飲まないで!!!」

お前ら聞け。
今日は、お母さんの誕生を祝っての酒だったんだ。
なぜ、こんなにも母に疎外感を与えた上で争っているのだ。
私の酒だけ八代亜紀、違う旨味がしみじみと…ってなるかい。

「本当にいい加減にして。誕生会楽しかったって思わせてくれ」
お願いだからというふうに、謎のステップを踏んでいる夫に言った。

そして冒頭に戻るというわけである。

やっぱり、車ごと蹴り上げておくんだった。



翌日、案の定1人大反省会をする夫は、娘に「もう一生飲みません」と誓い、娘が「絶対無理なくせに」と鼻で笑い、私が「酒代が浮く〜」と浮かれて3日後には、クリアアサヒが冷蔵庫に鎮座しておりました。

3日間、よく頑張った方でした。
とりあえず、ウィスキーと日本酒と焼酎はしばらく購入しないとのことです。
とのことです。(強調)


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