見出し画像

いつかの花束をあなたへ 《バトン企画》

誕生日の夜、宅急便で大きな花束を受け取ったことがある。

高校生の時だ。
身に覚えがなさすぎる。
私に恋をしている誰かなのかと期待半分、何かの事件に巻き込まれる序章じゃないかという不安半分。

それは、同じクラスの友人からだった。

女子校出身なので、送り主は当然女性だった。
恋人に送るようなその花束を抱えて、私は困惑した。

教室では仲良く話すが、部活で忙しかった彼女とは、放課後や、休みの日までじっくり遊んだことはなく、わざわざ宅急便で両手に抱えるほどの花束を贈り合うほどの間柄ではないように思えたのだ。

私は、花束にメッセージが添えられていないかを探して、小さな字で書かれてあるカードを見つけた。
『誕生日おめでとう。この前の手紙が嬉しかったので』
そんなようなことが書いてあった。

この前の手紙…
それは、女子高生が、授業中の暇つぶしに、小さくちぎった紙をコソコソと送り合うものだった。手紙と呼んでいいのかもわからない。
私、何か書いたっけ?と考えたところでハタと思い当たった。

授業が始まる直前に、彼女がボソリと言ったのだ。
「あー死にたい。私が死んでもどうせ誰も悲しまないし」

それは、深刻さを全く含んでおらず、思春期の誰もが一度は口にするような気軽な口調だった。友人の1人が「なーに言ってるの」と笑ったあたりでチャイムが鳴った。

ちょうどその頃、私の愛読書は灰谷健次郎で、生き難さを抱えた少年少女たちや、彼らを取り囲む過酷な環境や大人たちの言動にいちいち憤っていた私は、やっぱり思春期の直中にいたので、彼女が軽い口調で死にたいと言ったことにも腹を立てた。
それで彼女に、小さな紙切れで手紙を書いた。

「あなたが死んで、本気で誰も悲しまないと思っているなら、それは周りの人間をバカにしていると思う。だって、私がもし死んだら、あなたは絶対に悲しむでしょう?誰も悲しませない17歳の死が本当にあると思っているなら、軽蔑するぞ!」
確か、そのようなことを書いた。
要するに、熱い口調で命について語る自分に酔いしれたかったのだ。
本気で、彼女の命を心配していたわけではなかった。

思い当たる手紙と言えば、それしかなかった。

翌日、学校で花束が届いたこと、嬉しかったことを伝え、手紙というのはそのことだろうかと彼女に聞いたら、彼女が曖昧な口調で「ああうん」と言っただけだったので、他のみんなに知られたくないのかな?と思って、それ以上聞けなかった。
その後、彼女がそれについて、何か詳しく語ってくれることもなく日々はすぎ、クラス替えが行われてそのまま疎遠になってしまった。

そして、花たちが存在を静かに消していくように、やがて私の記憶も薄れていった。


高校を卒業して数年後だった。街で偶然彼女に会ったのは。
彼女は高校生の時より、随分と呼吸がしやすそうな、軽やかな女性になっていた。

「わぁ久しぶり、変わらないね!」とひとしきりはしゃいだ後に、そういえばさ、と私はあの日の花束について口にした。
「あれ、私の夢じゃないよね?」
そしたら、彼女が、カラカラと笑っていった。

「夢じゃないよ、だって私、生きてるじゃん!」

本当は花束をもらった時より驚いた。
あの時の彼女は、到底本気で死にたいと思っているように見えなかったし、私が手紙を書いたことで生きる意味を見出したとも当然思えなかった。

でも私たちは、それ以上それについて話すことはなかった。
彼女と同じように、私もカラカラ笑って言う。
「生きてるねぇ!」

じゃあね!またね!
私たちは、そのまま手を振り合って別れた。

彼女がどれほどの気持ちで「死にたい」と言ったのかは分からないままだったし、分かることはこれから先もずっとない。
ただ、あの花束分ぐらいの気持ちを、彼女が受け取ったんだ、という事実だけが、理解できたことだった。

あの日、本気であなたを心配して手紙を書いたわけじゃなかったんだよ。
彼女に手を振りながら、少し申し訳なく思う。

だけど、誰かに何かを伝えたい気持ちがほんの少しでもあったなら、ノートの隅をちぎって書いた文字であっても、花束のような贈り物になるのかもしれない。


私は今も、そう思って文章を書いているんだと思う。
なんて。そこまで大袈裟に考えてるわけじゃないんだけどね。


ーーーーーーーーーー

チェーンナーさんのバトンリレー企画『心に残るエピソードをあなたへ』
そのバトンが、ピリカさんより回ってきました。


『ずっと闇の中にいたんです』
そうおっしゃるピリカさんのエピソードは心に迫るものがありました。
「一寸先は光」
それは、確かな光を探し当てた人にしか感じ取れないものだと思います。
ピリカさんが今、明るい声でたくさんの人に語りかける力を持っているのは、闇の中の光を見たからなんだと知ることが出来ました。



さて、この後のバトンですが…
大好きな人を思うとですね「む?今お忙しいんじゃなかろうか?」とか。
そうだあの方は?「む?シルバーウィークに入るけどお忙しいんでは?」とか。
初めてのバトン、考えるうちに、軽くテンパってしまってですね…!

ごめんなさい、チェーンナーさんにお返しさせていただきます!
企画が回ってきて、たくさんの方の記事を読ませていただき、私もこの記事が書けたこと、本当に感謝でいっぱいです。ありがとうございました。
すぐテンパる私をお許しくださいませ!


どうか、チェーンナーさんから、記事を書きたいと思ってらっしゃる方にまた回していただけたらと思います😊







この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?