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沈黙を破る戦いは、いつだって突然はじまる

人類を、人見知りとそうじゃない人にザックリ分けたならば、私は、そうじゃない人に入る、と思う。

ただ、全く人見知りしないかと言えば、沈黙が怖くて、わーわー喋ってしまうタイプの人見知りで、一見、全く人見知りしない人にみえているだけなのだ。
私の内なる魂は、わりと、どえらいことになっている。

そのことを踏まえて、聞いていただきたいのです。
『もしも世界が2人だけになったら』


ハンザディンギーという、1人〜2人乗りのヨットがある。
『年齢、障害の有無を問わず、誰もが帆を操って乗れる小型のヨット』
娘が、小学校から、このヨットの無料体験のチラシをもらって来た。
まだ、世の中が、人と人が寄り添って体験会をすることを許していた時期だ。


面白そうだね!
私たち家族は、すぐそれに申し込んだ。
会場に着くと、思いの外、体験会は空いていて、受付の人が「ご両親も、どうぞ体験してみてくださいね」とおっしゃってくれたので、喜んで受付をした。


そして、ヨットに乗り込む時が来た。
2人乗りのヨットなので、インストラクターと体験者、それぞれ1人ずつに振り分けられる。
そうだ、うっかり家族3人で乗れるものと思っていたが、全員バラバラだ。


そして、ヨットには、大学生のピチピチウォーターボーイが乗っていた。

いや、まて。待ってくれ。
ピチピチが過ぎる。


違うんだ、別にトキメクとかトキメかないとか、そういう問題ではないのだ、ただ、今、私の生活圏において、1番接点がない相手だ。
せめて、女子なら、あるいは、せめて父ほどの年齢ならば、あるいは主人ほどなら、私に息子がいて、同じぐらいの年齢ならば…!
主婦をしている私にとって、あまりに遠い生物。それが大学生男子。

しかし、そこは、私も40を過ぎた大人だ、「よろしくお願いします」と平常心を装ってヨットに乗り込む。

最初は私も、ヨットにそれなりに興味があった。
なにせ、障害の有無、年齢問わず楽しめるのだ。
青年も、丁寧に、「このロープを引っ張って、帆を張ります」とか、「風向きに合わせてこちらを引きます」とか教えてくれた。

しかしだ。

その日は、冨岡義勇が戦っているのかな?と思うほどおそるべき凪だった。
おそらくヨットの周りの鬼は息絶えている。
それなのに、冨岡さんは拾壱の型を出し続けているのだ。
全集中しすぎだ、もうやめてくれ。
(※2019年当時、私はまだ鬼滅の刃を知らない)


とにかく、凪っぷりが尋常じゃなかった。
この青年が実は冨岡義勇かも知れないと、今なら思う。

10分経っても、スタート地点から3メートルほどしか進まない。
青年は、力なく言う。
「ええと、風が原動力なので、他にやることが無いんですよねぇ」


船の上で、青年と2人きり、とくにやることもない、そんなことがこの身に起きようとは。


せめて、私が、海賊王を目指していたならば、或いは、「ココロを返しに行く!」という目的を持っていたならば、世界に彼と2人きりでも、目的のために力を合わせたでしょう。
しかし、私たちに目的はなかった。
あるとしたら、それはただ、風を待つのみ。

私は絶えられなかった。その沈黙に。

それで「お兄さんは2000年生まれ?ひゃー若い!!じゃあ、おニャンコ倶楽部とかもちろん知りませんよね、ひゃー若い!!」と、やたらテンションを上げて聞いた。

本当にどうでもいい話しだ。

さらに私は、どうでもいい話しを続け、最終的にヤンキー漫画の話しに移行。
「今日からオレは!」は分かるという青年に対して、ビーバップハイスクールの喧嘩の仕方が、どれほどエグいかを話した。
「折った鉛筆を口に突っ込んで殴るのよー!痛いでしょーーー!!」

凪いだ海の上で何の話しをしている。

ちなみに、私は、小学生の時に『はいからさんが通る』を観に行ったら、同時上映でビーバップもやっていて、そのエグさに度胆を抜かれただけで、このマンガに関して全然詳しく無い。それなのにまさか、見知らぬ青年に、このテンションでお伝えする日が来るなんて…


とにかく、沈黙を破るために手当たり次第、話題を提供した。
青年は優しかった。
「あ、聞いたことあります!」と合いの手を入れつつ、時々、弱く吹く風に対応していた。

長い戦いだった…
40分以上は完全に2人きりの世界だった。
私は、私が知る昭和平成史を、全力で話した。

全く青年が欲して無い情報にも関わらず、だ。

ようやく陸の上に上がったときには、疲労困憊だった。青年がどう思ったかは知らない。
やたらとうるさいおばちゃんだった、そう思われて構わない。とにかく私は沈黙に勝ったのだ。

同じ頃、船から降りて来た、娘と主人に何の話しをしたか聞いてみた。
娘は、小学校の宿題や、夏休みに遊びに行く場所で盛り上がったらしい。
主人はどうだ、青年とどんな話を?

「え、来年のオリンピックの話とか。ヨットの競技のこととか」

ゆ、有意義なひとときを過ごしたね…

同じ頃、嫁が昭和のアイドルやヤンキーについて話していたなど、よもやよもやだろう。

あの青年は、ハズレを引いたかもしれない。
私と世界に2人になって、全く興味のないヤンキーのケンカについて語られ、学ランの中のTシャツと靴下の色は合わせる、など、人生においてどうでもいい情報ばかり受け取らされた。
しかも、私は、別にその道のプロでも無く、ただただ薄っぺらい。
故郷の話しとか、簡単に作れるお料理の話とか、今思えばあるはずだろうよ。
大変に申し訳ないことをした。


がしかし、聞いて欲しい。

「まぁ若い!」だの「え!あの有名なあの人を知らない?」だの、歳の離れた方からたたみかけるように言われてしまったら。

若人よ。
それは、あなたとなんとか同じ時間を共有出来ないか、模索を続けている最中なのだ。
どうか、温かい目で聞いて欲しい。

「いい時代に生まれてますよねー!」ともし、付け加える余裕があれば、きっと相手はさらに喜ぶし、あなたの生きている時間に想いを馳せるかも知れない。

人見知ってる場合では無いのだ。
沈黙が心地よい関係なんて、そうそう生まれるもんじゃ無い。
人と人が対峙する時、それは沈黙を破ることから始まる。
沈黙を破る戦いは、突然始まるのだ。

備えよ。

ええ、私も、あれから備えって大事だなと思ってます。





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