圧倒的ヨイトマケな夜

紅白歌合戦。
それは、いよいよ今年が終わってしまうという、終わりの始まりを知らせる音楽祭。

私は、あれを、コタツにぬくぬく浸かりながら、家族で観るのが大好きだ。
「あ、この人また着替えたね」
「この曲流行ったなー!あ、歌詞間違えた今」

テレビの向こう側の緊張感と、こちら側の完全なる脱力感が、今年も平和に終わるなぁと思わせてくれるのだ。

しかし、ある年の年末、私は、テレビの向こう側と引けを取らぬ緊張感に包まれていた。



「もう本当に嫌になる!毎日毎日嫌味言われてさ!」
やっと年末に帰省できた義理の姉が、義母に、嫁ぎ先の話しをしている。

義姉は、両親同居、自営業の、遠く離れた場所に嫁に行き、のんびり暮らす私とは対照的に、なかなかに苦労をしていた。

ざっくり聞くだけでも苦労が多いので、私は口を挟まず、とにかく「お義姉ちゃんは頑張っている」という旨を伝え、久しぶりの母娘の会話を邪魔せぬように、紅白歌合戦に耳を傾けていた。

義母は初めこそ、うんうんと聞いていたが、元来とても頑張り屋。

「あんた、泣き言ばかり言っていると、辛くなるだけだよ、もっとこうしてみたらいいんじゃない?」

途中から、ポジティブ路線に切り替えようとしているのが分かった。

そう、もうすぐ年が明ける。
娘に、辛い気持ちのまま、年越しをさせたくないのだ。「お母さんに話して良かった」
そんな期待もきっとある。

しかし、義姉の苦労は、そう簡単にポジティブベースに持っていけない。

「キレイゴトばっかり言わんといて!そんな風に思えるなら、最初から苦労せんわ!!」

緊迫した空気が漂い始める。

おい、父と弟、お前らもフォローしろよ!
と振り返ると、男性陣はとっくに酔い潰れて「そばを食う時起こしてくれよ」と言っている。役に立たないなオイ!

「キレイゴトなんかじゃないよ、こう言った方が相手の印象もいいでしょう?」
「お母さんは、次男に嫁いだから、同居の苦労知らんやろ!」
「そういうことじゃないくてね」

「ねぇ?」「なぁ!?」

2人が同時に私を見た。

おおう…!!
長男に嫁いだがのんびり暮らす私に振らないでくれ。
義母につくべきか、義姉につくべきか、はたまた両方に真っ向勝負するべきか(それはない)

私は逡巡した。
選択を間違えば、この上なく暗い除夜の鐘を聴くハメになる。
ゴーーーンゴーーーン。あの鐘を鳴らすのは悪戯な親子の再会。
…想像しただけでツライ。

「あ、いや、お義姉ちゃんは、解決策が知りたいわけじゃないんだと思うn…「そうやねん!!」

義姉が被せてきた。最後まで聞いてくれ、お義母さんのフォローおわるまで…!

「じゃあどうする?このまま辛い辛いと言うあんたを、放っておけばいいの?」

私は慌てる。「いや、味方がいて、聞いてくれる人がいるってすごく大事なk…

『父ちゃんのためならエ〜ンヤコ〜ラ』

美輪明宏が被せてきた。


それは、あまりにも圧倒的存在感で。

私たちは、テレビを振り返って言葉を失った。
普段の金髪を封印し、真っ黒な出立ちで、背景も真っ黒なまま、歌声だけを武器に、時代背景を映し出す、その姿はまさに圧巻だった。

す、凄いものをみましたね…?

歌が終わり、静まり返った室内で、私がそう呟くと、義母が言った。「こうやって苦労を重ねてね、頑張るしかないのよ…」

ああ…お義母さん、なんか今、地雷を踏んだ気がする…!!

私は、美輪明宏からそっと目を離し、ゆっくりと義姉の顔を見る。
どうか、美輪明宏に救われていますように…!


しかし、義姉の目は、やはり燃えていた。

「いや私、美輪明宏ちゃうし!!」


今まで色々なバージョンを聞いてきた。
「ここ、アメリカじゃないし」
「モデル目指してるわけじゃないし」
「私、あなたとは違うし」

比べないでよ!比べる対照が違うのよ!
そんな苛立ちを含んできた「〇〇じゃないし」発言。

しかし「美輪明宏じゃないし」というパワーワードは、過去一度も聞いたことがない。
美輪明宏じゃない…よもや、年の暮れにそんな大物と比べられてキレる事件が発生しようとは。

私は、震えた。
面白すぎるだろう…美輪明宏ちゃうし。

いや、美輪明宏の「ヨイトマケの唄」は素晴らしかった。しかし、あの歌に自分の人生を反映するには、あまりにも私たちは未熟なのだ。

美輪明宏ちゃうし!
私は美輪明宏とちゃうし!

それは、物悲しさを一切含まずに、私の頭をこだました。

いや、そりゃちゃうわな!!

喉元まで出かかっている言葉を、懸命に堪えて、私は言った。
「美輪明宏もすごいけど、お義姉ちゃんも負けてないよぉ!エーンヤコーラよ!」
ダメだ、吹き出しそうだ。

すると「そうそう、エーンヤコーラよ!」
義母も乗ってきた。
なんだか分からないけど、ボートを漕ぐジェスチャーも付いた。

「エーンヤコーラなんぞ、やってられんわ…」
言いつつ義姉も目の端が笑い始めている。
そうして言った。

「美輪明宏ちゃうって何やねん!!」

私たちは、そこからゲラゲラと笑い続けた。
結局、美輪明宏に救われたのだ。
圧倒的パワーが、テレビのこっち側のお茶の間にしっかり届いた瞬間だった。

エンヤコラは世代を超える。

私は美輪明宏の圧倒的な何かに想いを馳せた。
すげえ…

私は、紅白歌合戦を横目に見ながら立ち上がる。
「そろそろ蕎麦の準備しようか」「そやね」

男性陣は知らない。
この年の瀬に、激しい緩急があったこと。
お茶の間は、スリリングに暮れてゆき、新たな年を迎えようとしていた。


お義姉ちゃんは、エーンヤコーラと、また新しい年をこぎ出していく。
義母は、心配そうに、それでも力強いエールを娘に送る。エーンヤコーラ。
私は、近い将来、こうやって、母娘で喧嘩する姿を思い浮かべながら、我が子を抱いてエーンヤコーラと歌うのだった。




紅白の司会が決まり、ああ、もうそんなシーズン?と思うのが、年々早まってきて、それって去年の司会者じゃないの?あれ、去年って誰だった?などとぼんやり思っているうちに、年が明けそうな予感が、今からヒシヒシする。

まだ12月にもなってないじゃない、なんて油断は大敵で。

この思い出が蘇った時、「12月に書こう」なんて思っていたら危ないぞと感じた私は、ここで急に年末感を出すのでありました。
…では、よいお年を!!

嘘です。まだ今年も何か書くと思います。



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