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ゾウは自分の意思で虹をかける

「自分の意思で虹をかけるのって、人間とゾウだけなんだよ」

ある日、不意に話しかけられた内容は、妙にファンタジックだった。

彼は、言いながら黙々とゾウの絵を描いている。

「え、そうなの?クジラは?クジラも虹出すんじゃない?」
私は、思いついて、意地悪く否定する。

「クジラはさ、たまたま潮を吹いた時に虹がかかるんだ。でも、ゾウは、虹を出そうと思って水を撒くんだよ。それって、同じ虹でも、大分違う」

ゾウって虹がみえてるの?
そう言うのはやめた。
彼の描く絵のゾウが、虹を作り出していたからだ。


中学生の3年の時に、隣の席になった彼は、やたらと絵がうまかった。
授業中も、そうじゃない時も、黙々と絵を描いていて、それが大体いつも、大型の動物だった。
キリン、ゾウ、クマ、ヒョウ、ライオン、それからゾウ…

あまり人と話す様子もない彼に、つい声をかけてしまったのは、堂々としたライオンが空を見つめている絵が素敵すぎて、息を呑んでしまったからだ。

鉛筆でノートの隅に描かれたそれは、そのノートに君臨する王者で、ページ中央に書かれている日本史の細々した歴史を嘲笑っているみたいだった。

「スゴイね…こういうの描いたノートって取っておくの?」

初めて話しかける時、特に異性相手に話しかける時、少し身構えてしまうハズの私は、何故かその時は、こぼれ出すように話しかけていた。

「うーん、たくさん描きすぎてるからいちいち取っておいてない。すごく気に入った時だけ取っておくことはあるけど」
彼は、なんでもないようにそういうと、ライオンを指差して言った。
「このライオン、気に入った?」
「うん、すごく」

私が答えると、彼は、指先でライオンの周りをチリチリとちぎって「あげる、くしゃくしゃで悪いけど」と、驚く私を気にする風でもなく手渡してきた。

心臓がポンッと跳ねて、その日から、そのライオンが宝物になった。

ーーーーーー

彼女はいつも、さりげなく僕のノートを覗き込んでいた。
最初はなんとなくキリンの絵を描いていた。
本当に、ただなんとなく、引っ越しセンターの歌を思い出して描いてみただけだけど、彼女の目が、一瞬惹きつけられたのを僕は見逃さなかった。

彼女とは、2年生の時も同じクラスだった。
夏休みの読書感想文の提出の時だ。
「え、それって絵本じゃなかったっけ?」
友達にそう言われている彼女が選択した本は、児童文学で高く評価されている『かわいそうなゾウ』で、戦時中に動物園で殺処分される動物たちの話の絵本だった。

「ゾウはね、本当はすごく怒ってたんだよ、殺されてたまるか、絶対に死んでやるかって。そっちが殺すくせに、可哀想なんて言われてたまるかって」
「ちょ、どうしたの、熱いね、ウケる」
「夏休みに、従姉妹の女の子が来て、この絵本読んであげたらめちゃくちゃ泣いちゃって。なんか、泣いてるその子見ながら考えてたら、ゾウの気持ちになってた」

僕も小学生の頃にあの絵本を読んだ時、なんだか微かな違和感を感じてた。
ゾウの気持ち…!
突然絵本の内容がスルリと体に入ったその日、僕の心臓はポンッと跳ねた。

3年生でも同じクラスになった。
彼女は、とくに僕のことを気にしたことも無かったんだろう、また同じクラスになった時も、隣の席になった時も、リアクションは無かった。

だけど、動物の絵を描いていたら、チラチラとノートを覗き込んでいるのが分かるようになった。

初めて声をかけてきたのはライオンの時だ。
「このライオン気に入った?」と聞いたら、うっとりした声で「うん、すごく」と答えたので、慌てて切り取った。

それからも、たくさんの動物を描いて、彼女に見せた。
「大動物が好きなんだね」と言われて、あんまり考えてなかったけど、そうかも知れないと答えた。 

違うんだ。本当は、君が気持ちを寄せたゾウの絵が描きたい。


だけど、どうしてだろう、ゾウの絵ばかりを描いたら気持ちがバレてしまうんじゃないかと思って、5回に1回ぐらいの頻度で書いた。ゾウを描いたぐらいでバレるはずなんて無いのにさ。


「自分の意思で虹をかけるのって、人間とゾウだけなんだよ」


夏休み直前だった。
今年の読書感想文は何を書くかという話になって、みんながゲンナリした顔になった。

「私、去年絵本の感想文書いて、担任にあんまり良い顔されなかったんだよね。本読むのが面倒だったんだろって言われて。真剣に書いたっつの!」

「ああ『かわいそうなゾウ』ね」
うっかり僕が口を滑らせたら、
「え、なんで知ってるの?」と彼女は目を丸くした。
「あ、でも同じクラスだったもんね、そうか、そんなにみんなから呆れられてたのかぁ」と彼女が悲しげな声で言ったので、僕は慌てた。

違うんだ、僕は、そんな君に恋をした。

なんて言ってごまかせばいいか分からなくて、手元にあったノートを広げてゾウの絵を描いた。
描きながら、そう言えば、いつか何かで読んだ『虹を出すゾウ』の話を思い出した。
僕は、絵を描きながら、虹を出すゾウの話しをした。

「クジラも出すんじゃない?」そう言われて、なんだかすごく恥ずかしくなって、顔が上げられなくなってしまった僕は、そのゾウの鼻先に虹を描いた。

「ゾウは自分の意思で虹をかけるのか…。私ね、去年の感想文、全然ふざけてなくてさ、自分の意思で生きるために戦ってるゾウに「可哀想」って、それって人間がすごくゾウを見下してない?」

彼女は、虹を描く僕の手元を見ながら、まるで独り言のように言うと、それからふふっと笑った。

「虹を作るってスゴイよ。だって生きて行くには必要ないけど、すごく必要な時があるでしょう?ゾウはやっぱり気高いな」
「じゃあ、このゾウ気に入った?」
「うん、すごく」

今度は、出来るだけ丁寧にノートからそのページを切り取って彼女に渡すと、彼女はうっとりした顔で「これ、ラミネートかける」そう言って、大事そうに自分のノートに挟み込んでくれた。

ーーーーーー

「え、虹を出すゾウの話って、そんな適当な受け売りの話だったの?」

僕たちは今、空港にいる。

彼女は、ラミネートに挟まれた、そのラミネートもなんだか頼りないほど角がヨレヨレしているゾウの絵を見ながら言う。

「私、あの時すごく感動したのにー!この絵があったから、ここまで来れたと言ってもいい」
「うん、だから後悔してる」

僕は笑いながら彼女に荷物を手渡す。

「名言ってそんなものかもね。受け取る側が響けば、力の源になる。私、ムダと分かってても虹を作る人になる」

彼女は、吹っ切れたように笑って、顔の前で小さく拳を握った。

「待たないでね」
「うん、待たない」
「ちょっとはためらってよ」
「僕が待つって言ったら、ムダな虹は作れないよ」
「…ありがとう」

彼女はきっと、飛行機の中でひっそり泣くだろう。虹を出すゾウの絵を見ながら。

あの時僕が、ゾウの話をしてもしなくても、きっと彼女は自分の意思で、僕の前から旅立って行ったと思う。
本当は、ライオンの絵だけだって、力の源にしてしまえる人だ。


だけど、虹を出すゾウは、生涯、彼女を支えて行く、そんな予感がする。
なにせ、僕がよくわからない名言を作ってしまったし。

「がんばれ」

僕たちは、別々に歩き出す。
ゾウみたいに力強く、自分の意思で。
いつか、虹を出せることを願って。



〇〇〇〇〇〇〇〇

ゾウが好きです。
自分でも、理由がよく分からなくて。
プロフィール画像やアイコンも、これ以外にするのが考えられないぐらい気に入っております。
なんで?って聞かれた時に、このぐらいの強い思い出があったらいいのになぁと思いながら書きました。
あと、地面を踏みしめて行く力強い人にも憧れているんだろうな。

そんなわけで、全くのフィクションです。

あ、中学生の時、すごく好きだった男の子が、驚くほどリアルな絵を描く人で、その手元を見てる時、心臓が飛び出しそうだったのは本当の話し笑



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