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優しさの半分は作戦で出来ている。

普段から、スマートに席を譲ることができますか?

正直に言おう、私はそれがとても苦手だ。
「このぐらいの見た目の人はお年寄りとして声をかけていいものか?」
「た、多分妊婦さん、ふくよかな人というわけではないよな?」
そんなことをいちいち考えてしまうんだが、それより最も嫌なのは
「席を譲らないのかコイツ!」周りからそう思われること。
誰も思ってないかもしれない。
それは自分の心の声なのかもしれない。

困っている誰かのためではない。
私にとって席を譲るという行為は、誰かわからぬ他人、もしくは自分から白い目で見られないために行うもの。

そう、偉いなんて思われなくていい、だけど責められないで生きていたい。
桃が流れてきたら拾うし、おにぎりが転がったら勿体無いと走る。
その先に物語が待っていなくてもいい。
ただ、「食べ物を粗末にするのかコイツ!」そう思われたくないのだ。



そんなわけでです。
先日電車に乗っていたら、義母と同じぐらいのおそらく、70代半ばから後半の方が乗車されて、私の前に立った。
「お、おおおお年寄り!」
実はこのぐらいの動揺はしている。
隣には娘が座っていた。

「お年寄りには席を譲りましょう」
体が勝手に動くほど教えこんではいなかったし、電車にも乗ってこなかった。
広島ではおおよそマイカーで移動していたのだから。
そして、おそらく娘はそんなにハツラツと席を譲れるタイプでもない。

そうだ、子育てとは、親の背中を見せること!
オーケー見ておけ娘、優しさを発動させる時、人はちょっぴり勇気を使う!

「よかったら、ここどうぞ」

よし、スマートかつエレガント、お年寄りが私の前に立ってから譲るまでの流れに無駄な間などなかったはず!
よいか娘よ、相手に動揺を悟られてはならない、さも普段から「椅子に座ることなどとんと執着などしておりません」という顔で、かつ程々の笑顔で立ちあがるのだ。
お年寄りがおしゃべりが好きそうならば話してよし、恥ずかしければその場から少し離れてもよし、あとは、初めから私立ってたんですという顔でいれば、席を譲るミッションは…!

「いえ、いいのよ私は立っているから、どうぞ気になさらず座ってて」

…座らんのかーーーーい!!


娘が私とお年寄りを交互に見つめる。
「お母さん、この場合の正解は?」そう目が問いかけている。

よ、よし、作戦B!
お年寄りとちょっと仲良くなって座ってもらう作戦に変更だ。
これはちょっと高度な技術が必要になるぞ、見ておけ娘!

「い、いえ、もう立ち上がっちゃたんで、どぞどぞ」
「わかるわぁ、一度立ち上がると座りにくいのよね、でも本当にいいのよ、私普段車でね、なかなか立たないから、足腰弱っちゃうでしょう?」
「え、普段車乗るんですか?この都会を?」
「結構運転できるわよ」
「え、すごい!私引っ越してきたばかりで、怖くて運転出来ないんですよ」

よし、だいぶ会話も弾んで来たじゃないか。
ここでもう一押しだ。
「あ、ちょっと混んでるし、私のためにも座って下さいー」
これでどうだー!?

「いいのいいの。ところで、どこから引っ越してきたの?」

…くっ!作戦失敗…!
もはや会話を楽しみ始めたお婆ちゃんに勝つ(?)術を私は持っていない…!

すると娘が口を開いた。
「混んでるから座った方がいいよ」

ナイスアシストーーーー!!グッジョブ娘!!
私は娘に笑顔を向けたのち、お婆ちゃんを見た。
これぞ親娘の作戦C!!どうだー!?

「そうよそうよ、座りなさいな」
「あ、はい…」

こうして、私はお年寄りに席を譲るというミッションを失敗した。
電車に乗っているみんな聞いてくれ、私は結構頑張ったんだ。
出来れば、次の駅で乗り込んでくる新しい乗客にも伝えてほしい。
「アイツは譲らなかったんじゃない、譲れなかったんだ」

燃え尽きた私は、お婆ちゃんを見上げる格好で会話を続けた。
お婆ちゃんの運転技術はなかなかのものだった。
高速だって乗っちゃうお婆ちゃんからは、まだまだ席を譲られるほど年老いていないわという気概を感じる。
「ありがとう楽しかったわ、席もありがとうございます」
お婆ちゃんはにこやかに、座ってもいない席のお礼も言って降りていった。

「お婆ちゃん、座らなかったね。お母さん、ずっと座っておけばよかったね」

お婆ちゃんが降りた後、娘がそう言ったので私は慌てた。
「違う違う、無駄じゃなかったよ。もし何もしなかったら、きっと後から「なんで譲らなかったんだ」って自分に思い続けるのよ。それって結構しんどいよ」
「そうなの?」
「まだそういう気持ちになったことない?」
「んーあるかも?ないかも?わかんない!」
娘はそう言って笑ったけども、うっすらでも伝わっただろうか。

自分を責め立てることは、思いの他しんどい。
他人を責めるよりずっとしんどい。
優しい人になれというのは、結局のところ自分に優しい人になればいいのだと、ミッションに失敗した母さんは思う。
この日、席を譲れなかった私は、私を白い目で見る事はなかったのだから。


普段から、スマートに席を譲れますか?
そもそも、「よし!譲る、譲ってみせる!!」
そう考えてる時点で、もうスマートじゃないのかもしれない。
本当は、何も考えずに動ける人であるべきなのだろうと思う。
だけどそれって結構難しい。

娘よ。
君は母さんより、もうちょっとスマートに出来る大人になれるといいね。
でも母さんは、こんな自分が割と嫌いじゃ無いよ。自分のために作戦立てて、それに失敗するところもな。


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