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引っ越しのスカルノは使い物にならない

しつこいようだが、7年ぶりの引越しだった。

その前は、3年連続で引っ越しをした。
赤子を産んで4ヶ月目から、3年連続。どんな罰ゲームだ、しかも、引っ越しするごとにマンションの築年数が上がっていくという不思議。
家を住みやすいように整えてはリセットされ、ママ友探しに奔走しては引き離される。

はっきり言おう、あの頃の私の無双ぶりは凄まじいものがあった。

乳を半分出しながら(ウソ)片っ端から同じ月齢の赤子をあやすお母さんをナンパし、子育てサロンでは「引っ越してきたばかりで大変この上ない」と街の全てを知り尽くしているだろうと思えるおばさんの同情を誘い、お得なスーパーの情報を引き出す。
娘を連れて公園を梯子し、市民プールで泳ぎ、そしてまたナンパ活動を繰り返す。

引越しが決まれば、娘を背負ったまま段ボールと格闘し、あるいはテレビとともに隔離させて家具を引きずり回し、弁当続きは飽きる!と叫んで、地べたに置いた炊飯器でご飯を炊いたりもした。

そんなわけで、7年ぶりの引越しが決まったときの私といったらもうデヴィ・スカルノ。
「このワタクシを誰だと思っているのあーた?」

みなぎる自信。
段取り?みなまで言うな、完璧よ。
なんてったって娘も9歳。
学校行ってる間に、左手だけで終わらせてやるわ、オーーーーッホッホッホ!!


・・・もうね。
誰だよ、デヴィ夫人召喚したの。
おおよそ扇子をパタパタしてるうちに春休みになってたっつの。

これはまずい、間に合わない。
私は、デヴィ夫人を封印し、あの頃の勘を取り戻すべく格闘した。
そう、ある時はYAWARA、ある時は悟空、そしてまたある時は太極拳を駆使。
天下一武道会があったら、ヤムチャぐらいとは戦える。

そして迎えた引っ越し前夜。
「明日の引越しは12時〜15時にトラック来るって」
夫にそう言われて、ある程度終わりが見えていた私は、あとは明日にして早めに寝ることにした。
「なるべく早く引越し屋さん来てくれるといいね・・・」そう話しながら。


あれは人生2回目の引越しだった。
午前中に引越し屋さんが来るはずだったのだが、待てど暮らせどやってこない。
問い合わせると、なんと予約が漏れていたという。
ようやく引越し屋さんがきた時には、すでに夕方で、荷出しがおわる頃、あたりはもう暗くなっていた。
電気も外されてしまった薄暗い部屋の真ん中で、引越しの営業さんが土下座をした。
人生で初めて土下座をされた経験だった。

その時、茨城から北海道に引っ越すことになっていて、
「飛行機の予約を取っていたら、どうするつもりだったんですか?」
夫がそう切り出したら、突然土下座をされたのだ。
幸い実家が近く、予定は大して狂わなかったのだから土下座はやめてほしいー!とお願いしたのだが、土下座は結構な時間続いてしまい、カーテンもない部屋で、外から見たらなんて鬼畜な夫婦!と思われないか?しかも、家具がなくなった部屋はやたらと声が響き渡る。

私はとにかく居心地が悪くて「土下座をやめてください」と土下座してお願いしたいぐらいだったし、どうせなら香川照之のパロディをするぐらいの拒否感を出してくれた方が、こちらとしても「生まれたての小鹿」感で対応するのに、と思った。(いやそのころまだ半沢はやっていない)

あの記憶は、今でもなんだか胸にモヤモヤとした苦いものが残る。


そんなことを思い出して、引越し屋さんの来る時間を心配しつつ当日を迎えた。
今回は、広島で荷出しを終えたら、すぐさま車で大阪のホテルに移動し、翌日あさイチで届く荷物を迎えるというタイトスケジュールだ。
なるべく早く、大阪に着いて、ゆっくり体を休めたい。

「12時には来てくれるといいねぇ」
そんなことを言いながら、最短でもまだ余裕があるとのんびり準備をしていた時だ。夫に着信があった。

「もう今からもう来るってーーー!!」

・・・なんだと!?
1時間以上早いじゃないかおい!!

遅いのも困るが、待て、早すぎるのもびっくりするわ!

「これは?」「空いてる箱に突っ込め!」
「あ!もう段ボールがない!」「もうゴミ袋でいい、運んでもらえれば!」
「ゴミ袋どこやった?ガムテープは?」「さっきあそこで見たー!」

タイムラプスみたいな動きで家中のものをかき集めているとチャイムが鳴った。
「早すぎるっ!!早すぎますよ!!」
そんな言葉が出かかる。

現れたのは、鈴木亮平(マスク&キャップ&筋肉でそう見えている)で、後光が指していた。
あまりの眩しさに怯む。

・・・M E Rで見かけないと思っていたら、まさか引越し業者に!?
喜多見チーフ再び、である。
私の胸の高鳴りをよそに、喜多見チーフ(違う)が言う。
「まず、ここのものから、全部出して行きますね」

喜多見チーフ、段ボール3個持ち。
・・・え、待ってそれ、本だよ?食器もあるよ?私、1箱でも重かったよ?マジですか、喜多見さん・・・(だから違う)

「冷蔵庫出しますね」

え、まさか一人で!?いくら喜多見さんでもそれは・・・
「おーい、そっち持ってくれー!」
「はーい!」

現れたもう一人が、高橋一生だった(マスク&細マッチョでそう見えている)。

なんだこの引越し業者の顔面&筋肉偏差値の高さは・・・!!!
半袖禁止!
あと、高橋くんはおしゃれ髪型も禁止!
お客さんが動揺するじゃないか!!

「めちゃくちゃイケメン・・・」
なぜか夫も惚れ惚れしていた。
美しい筋肉に小さい顔がつくと、どうやら男女問わず魅了されてしまうらしい。
1時間以上早く着いたことはチャラになったのはもちろん、ほぼその2人だけで荷出しをしたのに、想定よりめちゃくちゃ早く終わった。
なぜなら、段ボールは全て3個持ちだから(ポッ)

その日、同じマンションの友人宅でお昼ご飯を食べさせてもらい、鈴木亮平と高橋一生が我が家に来てると大興奮をしながら、幼稚園時代から付き合っている友人たちと最後の時間を過ごした。
娘も、最後まで友達と遊べて、それはそれは楽しそうだった。

広島を去る最後の瞬間まで満喫して、私たち家族は大阪へと向かったのである。

(つづくかもしれないし、つづかないかもしれない)


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