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『そうなのか』2話目


あの人が現れたのは書道の展覧会。わたしは習い事の中でも筆をとるのが好きだった。

騒がしい学校と違って静寂のなかで背筋を伸ばす時間に魅了されていたのだと思う。そしていくつか賞をいただいたことがある。

「名前を美しく」先生から習ったことはこれだけだった。他のみんなは筆の持ち方から運びまで細かく教わっていたのに。わたしだけこれしか言われなかった。








わたしの名前。自分でも綺麗だなと思う。その頃は先生に言われるがままひたすらに名前を書き続けた。



7歳のときに初めて審査員賞をいただいた。わたしは最優秀賞の作品に見惚れていた。すると名前を呼ばれた気がした。

「みぶ……な…か」

見知らぬ人だった。フルネームを間違えずに読んでいたのに少し驚いた。家ではなるかと呼ばれていたし苗字もだいたい聞き返される。

「みぶきなのか。うん、いいね。しかし美しくかけてるなぁ。」

独り言にしては大きめに呟いていた。わたしは恥ずかしくて本人だと気づかれないようにそっと移動した。

わたしはなるかじゃない。そう呼ばれても返事はするけど。訂正も面倒だし。みんなの呼びやすいほうを受け入れる。

あの人だけがそう呼んだ。この展覧会ではまだ出会っていない。わたしが隠れてしまったから。大声で名前を叫ばれたのは数年経ってからになる。




つづく


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