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日本においしいスペシャルティコーヒーは、ほとんどない、という結論

最近、スペシャルティコーヒーは格差が顕著になってきていると感じている。ものすごくレベルが高い銘柄は、100g単価で2000円以上がざら(しかし世界レベルで見ると、ハイレベルではない)。普及品も1000円以上があたりまえになってきた。2000年台最初のスペシャルティコーヒー(80から82点くらいのレベル)は100g500円が妥当な線。ちょっと高いレベルのケニアとかだと700円で「高い」と思っていた。が、一般的なコーヒーが100g600円とかでも取引されるようになり、ハイエンドモデルのスペシャルティコーヒーも底上げで100g4桁が最近の常識になっている。

おいしいコーヒーの要素で重要なキーワードは「クリアさ」。コーヒー豆の中で作柄が悪いもの、カビが生えたもの、虫に食われたあとが別の発酵をしてへんな味になったものを取り除いて得られた香味がそれである。ところが世の中の自称「コーヒー好き」は、この、コーヒーのまずい部分を愛してやまない。嗜好品は人類の困難達成自慢であるので、ヒトの体にそぐわない雑味を自慢大会の材料にしたがるから困ったものである。

話を戻して。

スペシャルティコーヒーは、世界がオークションで取り合いをするし烈な競争を経て得られる貴重なもの。世界全体の流通量で、約5%しかないと言われている。
コーヒーピラミッドと言われる図があって、スペシャルティコーヒーの少なさがぱっと見てわかる。

コーヒーピラミッド

産地の話。スペシャルティコーヒーの栽培にかじを切る生産者は年々増えているものの、よいコーヒーがとれる栽培環境は、それでも限られているので、おいそれと増えていくわけではなく、この「5%」という割合はピラミッドが語られ始めた2000年台はじめからまったくといっていいほど増加していない。
まあ、中国のGDP良化で、コーヒーの需要が上から下のグレードまで均一に増えたとか、いろいろあるんだが。

そして、日本では、さらにこのピラミッドを細分化して、スペシャルティコーヒーを3つのランクに分類した。コーヒーの中で高級なスペシャルティにさらに等級分けがされるなんて、と思う人もいるだろうけれど、評点80点以上、というくくりはかなりアバウトであるのを、たくさん飲んでいると実感するよのね。

実際に販売されているそれぞれのグレードを飲んでみて、それが評点でいうとどのくらいのランクなのかも、加筆。で、問題はここではっきりするのだが、トップオブトップは、国内流通で何銘柄くらいが常にあるのか、ということなのよ。

2023年10月に取ったデータ。ノルウェー、アメリカ、日本の生豆販売サイトにリストされていたのを比較してみた。

まず、日本。取り扱い銘柄21。
トップオブトップ:1
トップ:4
スペシャルティ:16

まあ、バランスいいですね。
では、ノルウェーだとどうか。

取扱29銘柄。

トップオブトップ 4
トップ 25
スペシャルティ 0

すべて84点以上。つまり、トップ銘柄のみ。上下がいないが、継続的にモニターしていると、上に振れることが多数ある(2024年1月30日現在、87点以上の銘柄が4つ出ている)。

ん?なんか変だぞ。
アメリカはどうか。流通トップ、S社の内訳は。。

取扱96銘柄。すべて85点以上!

トップオブトップ 96
トップ 0
スペシャルティ 0

トップオブトップ96銘柄。最高点数91.25点。

スペシャルティ(80-83pt)がいないのですよ。

この事実を知った時、僕は絶句しました。

日本でわずか1銘柄しか85点以上の銘柄がないのに、アメリカでは96銘柄がそのレベルなわけで。選び放題なわけです。

この事実を日本のロースターは知らないわけですね。

調べもしない、と言った方がいいのかな。

たしかに、北米などから取り寄せる銘柄はすべて91点以上のものばかり。転送料金なども含め高値で買うわけで、それ相応のレベルでないと納得できません。が、それを日常的にこなしていたのでマヒしてたw
改めて点数差を比較すると、日本のマーケットやばいですよ、と言わざるを得ない状況です。
基礎がそろってない銘柄が流通しているわけで。これを誰も問題視しない時点でだめでしょ、ってなるわけです。

焦がす焙煎が横行する日本

日本のコーヒーは大戦後進駐軍から払い下げられた劣悪な品質のコーヒー豆を、いかにおいしくプロデュースするか、というところから設計思想が始まっており、雑味を高温で一瞬で吹き飛ばす焙煎法が編み出され全国に普及した。粗悪なコーヒーの楽しみ方は、わずかにある香味をのどごしでとらえ、甘さとうまさを楽しむもので、その焙煎の基本は深煎りで抽出は主に低温で行う。一方、西欧の高級なコーヒーの本分は香味の多様さを楽しむことでありその焙煎法は基本的に浅煎りである。抽出の思想は紅茶の抽出法にかなり近く、高温で香りをいかにたくさん引き出すか、という方向性だ。香味のし好が真逆であり、国内の従来の「コーヒー好き」はのどごしで味わうことを習ってしまったので、香味の多様性あふれる西欧のスペシャルティコーヒーのスタイルを完全に楽しむことができない。これがスペシャルティコーヒーを国内で普及させるネックになっている。

戻すために、カフェを開く

焙煎が真逆、抽出もお門違い。これを修正するにはいきなり真逆のものを提供しても拒絶されるので、徐々に修正を加えながら本来のルートに「戻す」ことをしていかなければならない。僕は墨田でのカフェ時代に、コーヒーを抽出する会を多数開催して、参加者が自発的にコーヒーの探求を始め、味覚の修正をしていく事例を多数実現した。これを改めて狭山でやってみたい。というか、これをやるために狭山で店を持ちたいと考えている。

これをもとに、コーヒーに関するイベントを多用して客やロースターたちのマインドを修正する取り組みを本格化したい。


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