映画レビュー:マネー・ボール(2011)奇跡の勝利!ではなく勝利の必然を探し求め、そして勝って、自らの野球ドラマを完成させた男の物語
ストーリー
2001年のメジャーリーグ、オークランド・アスレチックスは、地区優勝をかけてニューヨーク・ヤンキースとの最終戦に臨んでいた。選手年俸の合計でみると、かたや3000万ドル、対する相手は1億2000万ドル。しかし最後に守備に乱れが出て、惜しくもアスレチックスはヤンキースに敗れてしまう。その結果、デーモン、ジオンビ、イズリングハウゼンという3人のスター選手がFAでチームを去ることになった。
GMを務めるビリー・ビーン(ブラッド・ピット)は穴を埋めるべく動き出すが、補強資金は賄えず、やむなくクリーブランド・インディアンズにトレード交渉に出向いた。そこで彼は、何事かをGMの耳元で告げる様子を見て、選手分析を担当するピーター・ブランド(ジョナ・ヒル)に目を留める。交渉が不発に終わったあと、オフィスで彼と面会したビリーは、ピーターの言葉に目を見張った。球団は金で選手を買おうとするが、それは間違っている。金で〝勝利〟を買うべきだ、というのだ。選手のかわりにピーターをインディアンズから引き抜いたビリーは、金をかけずとも優勝できるチームを作るべく、再建に乗り出す。
レビュー
作品の原作は2003年にアメリカで出版された本で、「資金力の乏しいオークランド・アスレチックスがなぜこんなに強いのか?」という問いの答えを見つけるために書かれた。1970年代から活動を始めた野球マニア、ビル・ジェイムズが、野球の試合中、フィールドで行われることのすべてを記録し、数値化し、統計学的な手法で「勝利の方程式」を求めるべく客観的に分析する「セイバーメトリクス」を提唱した。現在、メジャーリーグで公式の指標とされているデータは、このセイバーメトリクスによっている。だが、最初から、この理論がプロの現場で歓迎されたわけではなかった。打率、打点、本塁打数など従来重視されてきた数値を必ずしも重要とは考えないセイバーメトリクスは、むしろ敬遠されていたのである。
そんな中、圧倒的な資金力を誇るヤンキースと戦って優勝できるチームを作るため、まだメジャーリーグの関係者がほとんど注目していなかったセイバーメトリクスを取り入れ、これまで注目されてこなかったり、もう最盛期は過ぎたと思われる選手(ゆえに年俸は安い)を集めて「理論的に勝てるチーム」作りを実践したのが、アスレチックスのGM、ビリー・ビーンだった。
原作は、セイバーメトリクスを取り入れて球団が変わっていき、奇跡の快進撃が始まるまでの物語を、スポーツビジネスの視点から俯瞰したノンフィクションだったが、映画は、選手として野球で挫折したビリー・ビーンが、それでも野球に関わりフロントとしてチーム再建を担うことで、その経験を乗り越えてゆくという、一人の男の再生の物語として再構成されている。それが、とても良かった。
1979年、高校生だったビリー・ビーンは走攻守すべてですぐれた野球選手を表す「5ツール」を持っているとして注目され、ニューヨーク・メッツのスカウトがドラフト1位で指名したい、と彼の家を訪れる。ビリーはスタンフォード大学の奨学生として進学したい希望を持っていたが、スカウトの「君ならやれる」という言葉、そして多額の契約金に心動かされ、野球選手の道を選んだ。
ビリーは野球以外にフットボールで奨学金をもらえるほど、スポーツに対しては万能だった。だが、プロになってすぐに行き詰まる。ある意味、これまであまりに天賦の才に恵まれ、努力をせずともやってこれたために、プロのレベルに対応できないとわかったとき、どうすべきかが分からなかったのだ。
それにもう一つ、彼には問題があった。怒りをコントロールできなかったのである。打てないとバッドをへし折るなど、道具に八つ当たりするビリーは、GMになっても、選手の態度や試合結果に腹をたてると壁に向かって椅子を投げつけるなど、少しも変わっていなかった。チームが負けていると苛立って八つ当たりしてしまうため、試合は見ない、というのが彼の対処法になっていた。
スカウトの言葉もむなしく、野球選手として活躍することができなかったビリーはスカウトに転向。やがてアスレチックスのGMになる。そして貧乏球団を優勝させるため、セイバーメトリクスに精通したピーターを引き抜く。ピーターの理論が信用に値すると踏んだのは、ビリーが自分自身の選手としての価値について、ピーターがどう見ているかを聞いたときだろう。ビリーは実際にはドラフト1位だったが、ピーターはビリーのデータを分析し、ドラフト9巡目の選手、と評価した。もしビリーが高校生のとき、スカウトの評価がその通りであったなら、プロの道には進まずスタンフォード大学に進学していただろう。自分の道を誤らせたスカウトの目よりも、セイバーメトリクスは信じるに足る、と思ったに違いない。
そしてピーターの助言をもとに、主軸だったジオンビの代わりを探すのではなく、その穴を別のポンコツ(とスカウトらからは思われている)3人で埋めることに決める。選手選びの基準は「出塁率」だった。ピーターの理論によれば、野球は塁に出なければ得点できない。だから得点するためには、ヒットではなく四球であっても塁に出る確率の高い選手を獲得すべき、というのだ。
そうして選ばれた一人、スコット・ハッテバーグはレッドソックスで捕手を務めていたが、肘のケガのためにボールを投げられなくなっていた。契約先の決まらない彼の「出塁率」の高さに注目したビリーは、一塁手にコンバートするとした上で彼と契約する。だが、アスレチックスの監督はそんなビリーとピーターのチーム編成が面白くなく、選手起用についてビリーの意向を反映させようとはしなかった。
ビリーは基本的に球場にいても試合は見ない主義なので、彼の視点で描かれる本作では、野球映画でありながら、試合の場面はそう多くはない。出塁率で選ばれたポンコツ選手によりチームが変わっていく様子も、深くは描かれていない。ある意味、事情を知らない者から見れば「奇跡の勝利」に見えることが、ビリーとピーターにとっては必然だということが証明されてゆく、ということなのだ。その必然のもたらしたものはすさまじく、その年の8月には連勝を重ねはじめ、その数はついに20に達した。
その20勝目が、一つのクライマックスである。19連勝で迎えたその試合では序盤に11点を取りながら、後半、じわじわと追いつかれてしまう。まるで、ここまでで「運」のすべてを使い果たしてしまったかのような試合展開になった。11対11の同点で迎えた9回裏の攻撃、監督はついに、ビリーとの確執から起用方針が定まらないままここまできた、元捕手の一塁手、ハッテバーグに代打を告げる。勝つためには、何としても塁に出る必要があったからだ。そしてそのとき監督は、ハッテバーグは「出塁率が高い」というデータを思い出したにちがいない。
だから、ハッテバーグがサヨナラ本塁打を打っていなかったとしても、ビリーは監督に、ついにデータを理解させ、勝負のゆくえは運ではなく統計によることを認めさせた「勝利」があったはずだ。
もう一つのクライマックスは、最後にやってくる。ボストン・レッドソックスのオーナーから、「セイバーメトリクスを導入してチームを再建したい」と、引き抜きの話を持ちかけられたのだ。
離婚した妻との間にいる一人娘が、とてもよい。ビリーはどうすべきか、迷いの中にあるときの心情を、映画では彼女の「歌」にのせて表現している。人前で歌うのは苦手だけど、という彼女の澄んだ歌声の中に、彼の気持ちが歌われている。
20連勝のあと、地区優勝のかかった試合でツインズに敗れたアスレチックスは、その年も優勝を果たすことはできなかった。しかし最後、たしかにビリーは自分の野球人生を挫折させた「マネー」の力に、打ち勝ったのだ。
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