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忘れてやらない 悔しさに満ちたその顔【3/21 対メキシコ代表戦○】

栗山英樹監督のもと集まった30人の野球選手たち。それぞれ一流の個性を持っているけど、みんな負けず嫌いだってことは共通している気がする。相手に勝ちたい、自分に勝ちたいという気持ちが、このWBCの場で自分の力をより引き出してくれるような、そんな風に感じている。

贔屓目が入っていることは認めるが、タイガースの湯浅京己は侍ジャパンの中でも一際負けず嫌いが強い選手だと思う。
当時ドラゴンズにいたA.マルティネスに勝ち越しのホームランを打たれた日はマウンドでしゃがみ込み、試合後のミーティングで人目をはばかることなく涙を流した。
別の試合ではピッチャー返しの打球を取れなくて、左手にはめたグラブを小さく叩きつけたこともある。フィールディングに自信がある湯浅だから、処理できなかったことに悔いが残ったのだろう。
シーズン中の試合を見ていても、負けず嫌いな一面があるのだろうなってことは、なんとなく気づいていた。
でも、打たれて湯浅があんなに悔しい表情をしたのを、僕は今まで見たことがない。

8回、侍ジャパンが1点を勝ち越されてなおも1アウト1,3塁のピンチ。外野エリアの最深部にあるブルペンから、背番号22がゆっくり走ってくるのが見えた。

来たか。
試合が決まりかねない場面の登板に、今朝食べたものが全部出そうなくらい緊張する。

相手はメキシコの4番・R.テレス。昨シーズンはブルージェイズで35本塁打を放っている。メキシコ代表が誇るスラッガーだ。湯浅が低めのストレートで追い込む。4球目に投じたフォークに、テレスのバットが空を切った。湯浅が吼えた。テレスも吼えた。ベンチに下がりながら、テレスはバットをへし折った。本気と本気がぶつかり合った。これ以上ないくらいの場面で、タイガースの湯浅がマウンドに立っている。

2アウトまで来た。テレスとの打席の間に1塁走者が進塁して、状況は2アウト2,3塁に変わった。5番I.パレデスは打撃好調だが、ここをしのげばまた反撃の機運が高まってくるはず。
湯浅が投げたフォーク。良いところに落ちた、ように見えた。テレスの打球が三遊間を抜ける。湯浅が打たれた。球場が大盛り上がりするなか、三塁走者が生還する。レフト吉田正尚の正確無比な送球で、2人目のホームインは阻止できた。
極限下の状況でイニング途中から登板し、しかも相手は代表の4番と5番。打たれたヒットは1本のみ。この状況で湯浅を責める人なんて誰もいない。リリーフとして十分ベンチの期待に応えた。

でも湯浅は納得していなそうだった。
ベンチに戻りながら小さく吼えていた。帽子を脱いで、大きく振り下ろしていた。
地面に叩きつけこそしなかったけど、ものすごい勢いで振り下ろしていた。失点した悔しさ、無念さをそこにぶつけるかのように。今まで見たことのないほどの気迫。テレビで見ているこっちが圧倒されそうだった。

湯浅があのピンチを最小失点にしのいでくれたから、最終回の劇的な逆転サヨナラ勝ちがあった。それは疑いようのない事実だ。誰がどうみてもナイスピッチングだった。
でもこのピンチを最小失点じゃなくて、0点で抑えてベンチに帰る。きっと湯浅はそのことだけを考えて腕を振っていた。それができなくて、だから本気で悔しがった。

あそこで本気で悔しがれるのは、あの場面で名前が呼ばれたピッチャーだけだ。持てる力を全て出して、バッターに向かっていった湯浅だけだ。

湯浅のことだからこの日の登板で味わったことを忘れずに、その悔しさをバネにしてもっと強くなろうと思うはず。
だから僕も忘れない。忘れてやらない。

タイガースでその才能を開花させた湯浅京己が、侍ジャパンのピンチでリリーフしたこと。メキシコ打線相手に最小失点でしのぎ、相手の勢いを止めたこと。打たれて悔しさを全面に出して吼えたこと。絶対忘れてやらない。忘れてやるものか。今日のナイスピッチング、僕たちタイガースファンがずっと語り継いでやる。

世界の頂点まであと1つ。
てっぺんに立てたそのときは、笑えていますように。

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