確かな歩み 藤田健斗【3/9 対スワローズ戦●】
「9番、キャッチャー、藤田」
試合前のスタメン発表のアナウンスで藤田健斗の名前が聞こえてきたとき、静かに興奮している自分がいることに気づいた。
梅野隆太郎・坂本誠志郎のゴールデングラブ受賞経験コンビがいるタイガースでは、キャッチャーの選手が出場機会を得ることですら難しい。藤田も例に漏れず昨年までの過去4年間でまだ1軍戦の出場がない。オープン戦とはいえ、1軍に帯同しているのも初めてだ。そんな藤田が甲子園での試合でスタメンマスクに抜擢された。
僕が過去に藤田のことを見たのは、どれも2軍の試合。福岡の自宅から通ったタマスタ筑後、遠征で駆けつけた鳴尾浜球場、フェニックスリーグが行われていたサンマリンスタジアム宮崎。客入りもまばらな球場で世代の近い選手たちと汗を流していた。
でも今日は違う。土曜日の甲子園球場。見渡す限り、ほとんどの席が埋まっている。たくさんの観客の視線を集めながら、藤田は今日この場でプレーする。
そうか、遂にここまで来たんだな。
1軍の舞台でも、藤田は落ち着いていた。先発の富田蓮が先制のホームランを打たれたときは少しの間呆然としていたけれど、すぐに表情を引き締めてキャッチャーマスクを被り直した。2軍の試合と違って周りには先輩しかいなくても、堂々とブロックサインを出していた。
3回の攻撃、藤田に今日最初の打席が回ってきた。2球で2ストライクと追い込まれたが、4球目の直球を弾き返した。打球がセンター前へ抜けていき、甲子園には歓声が響いた。
1塁側ベンチでは髙寺望夢や井上広大が大きなリアクションで喜びをあらわにしている。2人とも藤田と2軍で長い時間を過ごした仲だ。森下翔太や中野拓夢も笑っている。小野寺暖はサングラスをしているのに笑顔が隠しきれていなかった。みんな嬉しそうだった。スタメンマスクに抜擢された藤田が結果を出したこと、僕も嬉しかった。
4回の守り。冨田が1アウト1,2塁のピンチを背負った。打球がライト前に落ちる。ライト・前川右京の三塁走者を欺くプレーで本塁突入のタイミングが遅れた。ボールはライトの前川からセカンドの中野に送られる。中野の送球は素早くかつ正確に、キャッチャー藤田が待つところへ行った。
後はキャッチャーをかわそうとする走者にタッチすればアウトが成立する。みんながつないだボールをミットで押さえながら、藤田が必死の形相でランナーをタッチした。
審判が本塁アウトを宣告し、再び甲子園が大きく湧いた。
1軍の主力リリーフ陣が出てくるタイミングで、藤田は坂本と交代した。オープン戦は若手の実力を見る場である一方、主力組が調整をする機会でもある。試合終了までマスクを被る藤田が見たい気持ちもあったが仕方ない。去年までの立ち位置を考えたら、スタメンに起用されたことだけでも大きな進歩だ。
たとえその歩みはゆっくりでも、確かに1歩ずつ前に進んでいる。守備は入団したときと比べて遥かに堅くなった。ワンバウンドのボール処理だって安定している。打撃はまだ数字には現れていないけれど、力強く伸びていく打球が増えた。今日飛び出したプレーは成長した藤田の一部分にすぎない。出番が巡ってくればもっとやってくれるはず。今日より前から藤田のプレーを見ていたから、自信を持って言える。
1軍には梅野と坂本がいる。2軍にも活躍を夢見て鍛錬するライバルが何人もいる。競争は激しい。
それでも藤田がいつかの試合で大活躍してくれる未来はそう遠くない、僕はそんな風に感じた。
応援しているよ、待っているからね。
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