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AI時代の教育は「体験」に全振りしてもよい?

□ はじめに

ChatGPTに代表されるようにAIの進展が目覚ましく、私たちの生活や働き方、学び方に革命をもたらしています。この技術の進歩により、私たち教師は「どのような能力やスキルを未来に必要とするのか」を探求する契機にもなっています。この問いは不確実性を孕んでいるため、何が求められるか明確には捉えられませんが、高校教師という立場からの視点や考えを述べていきたいと思います。ぜひ、多くの教育関係者と議論したいテーマでもあるので、気軽にコメントしていただければと思います。

□AI時代に求められる力とは?

AIが普及する時代に必要な力として、特に3つの力を意識して実践しています。

1つ目が、「問いを考える力」です。
これまでの時代では、与えられた問いに正確な答えを導き出すことが重視され、計算力や論理的思考力などが重要とされてきました。それは人が生きていく上で問題が多かったからだと思います。その解決策として発明があり、テクノロジーが進化してきました。しかし、テクノロジーによって問題が解決されてきた結果、令和の時代では日常生活における問題がほとんどなくなってきています。では、「完全に問題がなくなったのか」というとそうではなく、依然として複雑な問題や、お金にならない問題は残り続けています。

このような問題解決が飽和している時代では、ただ言われたことをやる仕事はどんどんAIに置き換わっていきます。すなわち、子どもたち一人ひとりが、何に興味・関心があり、どんな社会問題を解決したいのか、自ら問いを考えなくてはいけない時代です。言い換えれば、好奇心から仕事が生まれる時代になってきています。逆に、自分のやりたいことがない子にとっては、かなり厳しい世の中になっていくと予想されます。そのため、自ら「問いを考える力」が、最も大切な力であると考えています。

2つ目が、「AIを活用する力」です。
AIというパートナーを手に入れた人間は、これまでチームでないと解決できなかった複雑な問題を、AIを活用することで個人が解決できる時代へと変わっていきます。個人がやりたいこと・解決したい問題のため、AIという強力な手段を活用できることが、令和の時代では必要な力になります。

3つ目が、「表現する力」です。
AIに代替されない「価値」を創る力を身につけるためには、周りと「同じ力」ではなく「異なる力」を身につけることが大切です。そして、唯一無二の「価値」を言語化し発信できる子が高く評価されます。言語化能力、文章作成能力、プレゼン力、デザイン力、コミュニケーション能力、といった表現力を鍛え、自分の「価値」を表現する力はますます重要な力になってきます。

では、教師が子どもにこの3つの力を身につけさせるためは、どのように授業を設計し、どのように学ばせたら良いのでしょうか。

□ 学習とはなにか?

具体的な実践を述べる前に、「学習とは何か?」という大きなテーマを考えていきたいと思います。個人の学習を成立させる学習論としては、大きく3つの考え方がこれまで提示されてきました。いずれも「発達」の捉え方の違いが理論を規定していると考えられ、そこで定義される「知識感」によって変遷をしてきました。1つ1つ紹介していきたいと思います。

① 行動主義

この学習理論は、知識を「普遍的に真であるもの」と定義しています。簡単に言うと、知識は変わることはなく絶対的なものである、ということです。そのため、「知識の量」を増やすことが「発達」であると捉えています。

よって、教師の役割は「知識の提供者」とされ、教師が理解した知識を子どもへ「伝達」するという学習が中心になります。戦後から行われてきた「一斉授業」がこの形であり、全体の知識量を増やすために最も効率的な方法でした。

代表的な理論化としてB.F. スキナーが挙げられます。詳しくはこちらをご覧ください。

② 構成主義

上記の「行動主義」では、「知識の量が増えた」という結果によって、学習が成立したかを評価しており、学習が成功するまでは学習はしていないことになってしまいます。そこで、「構成主義」という理論が登場しました。この学習理論は、知識を「一人ひとりが自ら構成するもの」と定義しています。そのため、物事の理解の仕方における「質的変化」を「発達」と捉えています。

この理論では、子どもは一人で学習に挑むことになり、教師の役割は組み込まれていません。確かに子どもが能動的に学習対象を理解しようとすることは望ましいことですし、学習の本質であることは間違いありません。しかし、そのようなことを自然にできるようになるかというと、疑問が残ります。多くの子どもにとっては、大人の助けを借りながら新しい物事の見方や考え方が変わっていくものです。

③ 社会構成主義

構成主義の知識感を大事にしながらも、知識を「社会的な営みによって構成するもの」と定義したのが「社会構成主義」です。構成主義と同様、物事の理解の仕方の「質的変化」を「発達」と捉えています。この理論では、子どもはひとりで学ぶだけでなく、学校の先生や教材など様々な媒介を通じて学習対象を学び、その延長で「発達」が生じると考えています。この学習理論が現在の学校教育の主流となりつつあり、これからの教育には欠かせない考え方です。

私は大学時代にこの学習理論を学びましたが、その当時とても感銘を受けたのを覚えています。この理論を私に教えて頂いた先生は、ヴィゴツキーの理論を以下のように解釈してモデル化しています。

他者からの学びの支援(2015,植野)

「学習者は、学習対象への知識獲得のみならず、熟練者(先生など)の理解の仕方や、対象の見方、学習動機、対象の面白さ、価値観、倫理、情熱など、情意面においても観察・模倣することで学習ができる」と教わりました。

詳しくは、こちらの論文をご覧ください。
他者からの学びの支援(2015, 植野)

□ 「体験」の重要性

私が授業を設計するときは、上記の「社会構成主義」の学習を背景的理論としています。私の先生が作成した学習モデルについて、「初心者(子ども)が学習対象を理解する」という部分の解像度を上げていきたいと思います。

冒頭での「AI時代に必要な力」を身につけるとき、大事なのは「体験」であると考えています。子どもの「質的な変化」を促す学習というのは、「調べてみる」「試してみる」「作ってみる」というような「体験」が非常に効果的でだからです。この「体験」を通して、何かを「感じる」→「考える」というプロセスを通じて、質的変化が起こります。

例えば、「高尾山に行く」という体験を通して、「紅葉がきれいだな」で終わるのではなく、「何で葉っぱは赤くなるのだろうと感じる(問いを作る)調べる → 考える、というプロセスを通じて、葉っぱが赤くなる理由を学習し、質的変化(概念変化)が起こっていきます。

このような社会構成主義に基づいた体験重視型学習を成立させるには、「学習者が能動的・自律的であること」、「課題が現実に即したもの」である必要があり、教師がいくつか仕掛けを準備する必要があると考えています。

ポイントを3つに絞って、紹介していきます。

① 問いを作る

子どもが紅葉を見て、いきなり「何で葉っぱは赤くなるのだろう」と自発的に問いを作るのは難しいです(最終的には自分で作れるようにしていく)。そこで、僕たち教師がやることは、授業で身につけさせたいことから逆算して「問いを作る」ということだと思います。

例えば、「フェアトレード」という仕組みを理解させたいと思ったら、
「ブラジルのコーヒ農家は、いくらでコーヒー豆を売っているか知っている?」→「なぜ、こんな安い金額で売っているんだろう」→「農家が正規の値段でコーヒー豆を売るためにはどんな仕組みが必要かな?」と、問いを作ることで、子どもたちの「調べたい」という欲求を引き出していきます。

また、子どもたちの疑問や小さな問いを「大きな問い」に変換してあげることも大切です。

② モチベーションを上げる術を持っている

子どものモチベーションの足は、どんどん早くなっているように感じます。大好きな「Youtube」ですら1つの動画を見続けることが難しく、「ショート動画」や「切り抜き」などが流行っています。子どものモチベーションが長続きしない時代に、いかに「やってみたい」「調べたい」「作りたい」と思わせられるか、「モチベーションを上げる術」が大事になります。この方法については、別の記事で紹介していきます。

③ 足場をかける

先ほど紹介した「社会構成主義」は、その後、「経験による学習」を重視した認知的徒弟制に引き継がれていきます。Collinsら(1991)は、学習間の相互作用を4つの段階としてモデル化しており、これは現在の学校教育でも引き継がれているものです。

認知的徒弟制

子どもに体験をさせる前に、最初に先生のやり方を「真似る」。そして手取り足取り教えて手順を理解させる。その後、「じゃあ、もうできるよね。先生、手伝わないから自分でやってごらん」と突き放す。このステップを踏むことで子どもたちが自律的に学習できるようにしていきます。自転車の乗り方を学ぶ子どもを補助しながら徐々に独立させるようなイメージです。

この足場かけは、学習者の能力や、課題の難易度により調整することが求められます。「最近接発達領域(ZPD)」という理論があるのですが、「ひとりではできないけど、教師の援助があればできる」領域(下図のZPD)の学習が質的変化を促す学習となるため、教師は学習者の現在の理解や熟達の状況をアセスメントし、どの程度の支援をするべきか見積もることが重要になります。支援しすぎても、支援しなさすぎても良くないため、課題を達成するための最小限の支援を見極める必要があるということです。

□ おわりに

社会構成主義をベースとした体験重視型学習については、手探りの段階ではありますが、少しずつ成果が上がっているように感じています。次回は授業のポイントについて深掘りしていきたいと思います。


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