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19夜 この国はどうなるのだろう(その1)

 5月はじめの白昼,東京銀座で高級時計や貴金属を取り扱う店舗に4人組の強盗が押し入り,手当たり次第に商品を強奪して車で逃走した挙句,30分後に逮捕される事件があった.この事件から,もう2か月以上がたっているのだが,事件が社会に与えたインパクトはとても大きなものだった.識者や警察の調べによれば,闇バイト系の犯行だということで,オレオレ詐欺などと同様の組織的な犯行とのようだが,犯行そのものがあまりに短絡的なことからも社会全体の驚きは大きかった.
 また,なにより驚くべきことは,犯行が白昼のしかも人通りの多い場所であるという事と,捕まった実行犯が全員10代という事で,それだけ社会の分断と格差の拡大が続いているという事なのだろう.計画犯やその組織は,バイトと称して募集に集まった若者の個人情報やその家族の情報を盾に,犯罪を実行させるという卑劣さが,当たり前のようになってきているという事に,腹立たしさを覚えずにはいられない.
 この国は,長らくモノづくりの国としての立場を他国から認められてきた.だから,この国の製品には,性能とは別に,この国の製品としての付加価値がついて,より一層製品としての価値を高めてきたのである.
 ところが,いつのころからか,モノづくりそのものに対するものとしての労働の対価よりも,製品価値を高めるための手立てに対する労働の価値の方が相対的に高い労働環境になってしまったようだ。製品をつくる人よりも,いかにしてその製品を高く売りつけることができるかに比重がおかれるようになったわけである.
 その結果,技術をもつ人よりも製品やお金をころがす人の方が重宝される時代になってしまった.家電製品の開発技術者や半導体開発に携わる技術者の多くが,日本企業から外国企業にハンティングされたり転職したりして,技術の蓄積が滞ってしまったのが現状であろう.
 この国は,昔から資源のない国であり,原材料を他国から輸入して,皮下価値のある製品へと変化させることで利益を得るというのが基本のはずである.ところが,技術は高度化し,そこに携わることへのハードルはどんどん高くなったにもかかわらず,他国よりも安い対価でしか労働を売ることができない状況になっているために,それに携わるよりも,転がす方に身を置く若者が圧倒的に多くなって来ていることが、技術立国としてのこの国の立ち位置を一層困難にしている.
 やはり,今回の事件のような社会不安の根源にも,労働に対する私たちのスタンスをどうとればよいかという課題が横たわっているのである.AI技術が加速度的に進化している現在,この技術とロボティクスやバイオサイエンス,その他の技術や産業領域をどのように融合させれば新たな産業創出を可能にするかを,どこよりも早くつかむことが技術立国としてのこの国の立ち位置を確固としたものにするととともに,この国に働く私たちの未来をも決めることになる.
 その点では,盛んに提唱されているリスキングはとても大切な行為ではあるが,リスキリングしたスキルの方にシフトチェンジするのではなく,各々が現在もっているスキルにAI技術を取り込んで,スキルをアップデートすることこそが,次代を担う産業へとつながるはずなのである.
 今のところ,当分の間私たち一般庶民の生活が劇的によくなるとは到底考えられない中で,課題解決のための考え方,つまりこの国は技術立国なのだという視点の国民全員のコンセンサスをしっかりととることが重要なのであり,それでしか,この国やこの国に暮らす私たち一般庶民の暮らしを向上させる手立てはないということを改めて認識した事件だ.

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