非浸潤性乳管がん(DCIS)に対する放射線治療

Chua BH et al. Chirugia (Bucur). 2021. PMID: 34967318


はじめに

・非浸潤性乳管がん(DCIS, ductal carcinoma in situ)は乳管内にとどまるheterogeneousな腫瘍性病変である。
・乳がんのスクリーニングプログラムでは、非浸潤性乳管がん(DCIS)は乳がんの25%を占めていた(1)。
・非浸潤性乳管がん(DCIS)は必ずしも浸潤性乳がんの前駆病変であるとは限らない。
・非浸潤性乳ん(DCIS)の診断後の乳がんが原因による死亡リスクは低い。
・米国のSEER databaseでの解析では、非浸潤性乳管がん(DCIS)患者の乳がん特異的死亡割合は、10年で1.1%、20年で3.3%であった(2
・しかしながら、乳がんに対する治療後に浸潤性の局所再発が認められた場合には、乳がん特異的死亡リスクの75%の上昇が認められた(34)。
・したがって、非浸潤性乳管がん(DCIS)の治療の目標は、浸潤性乳がんへの進展リスクを最小限にすることである。
・病変の再発や浸潤性乳がんへの進展を予測できる確率されたマーカー確立されていないこともあり、非浸潤性乳管がん(DCIS)に対する適切な治療法は依然として確立されてない。
・今回は、非浸潤性乳管がん(DCIS)に対する集学的治療における乳房温存手術後の放射線治療(アジュバント放射線治療)の役割に焦点を当て、レビューを行った。


乳房温存手術後の放射線治療
・EBCTCG (Early Breast Cancer Trialist's Collaborative Group)より、乳房温存手術後の全乳房照射群と非照射群を比較した4つのランダム化比較試験のレビューが報告されている(5)。
・EBCTCGによるメタ解析により、乳房温存手術後に放射線治療を追加することにより、非浸潤がん再発または浸潤がんの再発リスクを低下できる強く、一貫したエビデンスが得られた(rate ratio 0.46, SE 0.05, 2p<0.0001)。
・乳房温存手術後に放射線治療を追加することにより、乳房からの10年再発リスクを15.2%低下させていた(12.9% vs. 28.1%, 2p<0.0001)。
・放射線治療の追加によるベネフィットは、診断時の年齢や乳房温存手術の切除範囲、外科的切除マージンの状態、タモキシフェン治療の施行の有無、腫瘍のグレードやコメド壊死、腫瘍サイズによらず、放射線治療を行うことによる乳房からの局所再発リスクの低減効果が確認された。
・低グレードの非浸潤性乳管がん(DCIS)で切除断端陰性の患者においても、乳房温存手術後に放射線治療による10年の同側乳房内イベント発生率の18.0%の低下効果が認められた(12.1% vs. 30.1%, SE 5.5, 2p=0.002)。
・放射線治療を追加することによる局所再発効果は確認されたものの、一方で放射線治療の施行の有無による10年乳がん特異的死亡割合や全生存割合には違いはみられなかった。
・これらのデータを元に、非浸潤性乳管がん(DCIS)の多くの患者では、適切な局所制御を得るために乳房温存手術後に全乳房に対する放射線治療が行われている。
・ランダム化比較試験の長期の経過観察結果からも、乳房温存手術後の全乳房照射による局所再発や乳がん特異的死亡リスクへの影響が確認されている(17)。

非浸潤性乳管がんに対する乳房温存手術後 ー 全乳房照射 vs. 非照射 ー

非浸潤性乳管がん(DCIS)に対する全乳房照射の線量分割

・乳房温存手術後の非照射と全乳房照射を比較したランダム化試験では、主に50 Gy/25回の線量分割が用いられており、腫瘍床へのブースト照射は行われていなかった。
・EBCTCGによるメタ解析の結果から、全乳房照射を行った場合でも一部の患者では10年局所再発割合が20.7%程度と高いことが示され、若年者(50歳未満)や高グレードの病変では再発リスクが高かった(5
・これらの患者では局所再発リスクを低減するためにさらに高線量の照射が必要である可能性がある。
・浸潤性乳がんを対象としたランダム化試験では、全乳房照射後に腫瘍床に対するブースト照射(16 Gy/8回)を追加することにより有意に局所制御を改善できる(HR 0.65, p<0.0001)一方で、高度の線維化が増加するとの結果が報告されている(ブーストなし 1.8% vs. ブーストあり 5.2%)(20)。
・2つの腫瘍床に対するブースト照射に関する大規模な非ランダム化研究では異なる結果が報告されている(2122)。
・寡分割照射では、通常分割照射と比較して、1回に照射する線量を増やし、照射回数を減らす照射法である。
・浸潤性乳がんを対象とした寡分割照射(40.0-42.5 Gy/15-16回)と通常分割照射による全乳房照射を比較したランダム化試験の10年成績では、通常分割照射と比較して、寡分割照射の安全性および有効性は少なくとも同等以上であった(232425)。
・また、その他のランダム化試験では浸潤性乳がん(1,608例)および非浸潤性乳管がん(DCIS)(246例)いずれもが含まれていたが、非浸潤性乳管がん(DCIS)の患者の寡分割照射と通常分割照射後の9年局所再発割合は同等の成績であった(26)。
・最近、非低リスクの非浸潤性乳管がん(DCIS)を対象とした第3相試験(BIG 3-07/TROG 07.01)の結果が報告された。
・この試験での非低リスク非浸潤性乳管がん(DCIS)の定義は、若年者(<50歳)または50歳以上で1つ以上の局所再発のリスク因子(触知可能な腫瘍、多病巣性(multifocal)、腫瘍サイズ 15 mm以上、核グレード intermediate or high、中心壊死、コメド型 および/あるいは 切除マージン 10 mm未満)と定義されていた。
・乳房温存手術後に通常分割照射(50 Gy/25回)または寡分割照射(42.5 Gy/16回)による全乳房照射後に、腫瘍床に対するブースト照射(16 Gy/8回)を追加する群と追加をしない群にランダム化を行った。
・経過観察期間の中央値6.6年時点で、ブースト照射を追加することによる局所再発の有意な減少効果が認められ、通常分割照射と寡分割照射による全乳房照射による局所再発には違いはみられなかった。
・美容成績を比較した報告では、ブースト照射を追加することにより美容性の悪化のリスクが2倍に高まると報告されており(p<0.001)、通常分割照射と寡分割照射後の3年後の美容成績は同等の結果であった(p>0.18)(28)。
・全乳房照射の線量分割によるブースト照射による美容成績悪化への影響は認められなかった(p>0.30)。
・St. Gallen International Consensus Guidelinesでは、広い範囲に非浸潤性乳管がん(DCIS)が認められる場合や切除マージンが2 mm未満、コメド壊死が認められる場合には腫瘍床に対するブースト照射を推奨しているが、低リスクの場合にはブースト照射を推奨していない(29)。
・また、非浸潤性乳管がん(DCIS)に対する全乳房照射において、中等度の寡分割照射を行うことを支持しており、通常分割照射と有効性は同等としている。


非浸潤性乳管がん(DCIS)に対する放射線治療の標的体積

・乳房温存手術後の乳房部分照射(partial breast irradiation)では、標的体積を原発腫瘍部の術後床のみに小さくし、通常1週間以内の治療期間で安全に治療を行うことが可能である。
・治療法としては、組織内小線源治療やバルーンカテーテルを用いた小線源治療、術中照射、外部照射を用いた方法などがある。
・浸潤性乳がんを対象としたものと比較して、非浸潤性乳管がん(DCIS)を組み入れたランダム化試験や研究施設からの報告は限られている。
・NSABP B-39/RTOG 0413は、乳房温存手術後の乳房部分照射と通常分割照射による全乳房照射を比較したランダム化試験で、浸潤がんを主な対象としていたものの、24%(1,031例)は非浸潤性乳管がん(DCIS)の患者であった(30)。
・全乳房照射と比較した場合の乳房部分照射の同等の有効性は示すことができなかったものの、10年局所再発割合は比較的低いものであった(4.6% vs. 3.9%)。
・RAPID trialでは外部照射を用いた38.5 Gy/10回の乳房部分照射と全乳房照射の比較が行われ、登録された患者 2,135例のうち 385例は非浸潤性乳管がんの患者であった(31)。
・8年累積局所再発率は、乳房部分照射群 3.0%(95% CI 1.9-4.0)、全乳房照射群 2.8%(1.8-3.9)であった。
・全乳房照射に対する乳房部分照射の局所再発の予防効果の非劣勢は示されず、中等度の晩期毒性の増加が認められ、美容成績が不良であった。
・したがって、RAPID trialに用いられた乳房部分照射スケジュールを日常臨床に用いることは推奨されない。
・ASTRO (American Society for Radiation Oncology) consensus statementでは、低リスクの非浸潤性乳管がん(DCIS)に対する乳房部分照射の適応をしている。
・ここでは、低リスクをスクリーニングにより検出された 2.5 cm以下の病変で、核グレードが low または intermediate、切除マージン 3 mm以上の全てを満たすものとされている(32)。
・低リスク非浸潤性乳管がん(DCIS)に対して乳房部分照射を用いることを支持するデータは限られており、適切な患者選択法や放射線治療の線量分割の確立が今後必要と考えられる。


非浸潤性乳管がん(DCIS)における放射線治療の省略(omission)

・非浸潤性乳管がん(DCIS)は heterogeneousな病態で、治療後の局所再発リスクは異なり、そのため手術後の放射線治療により得られる絶対的なベネフィットは個々の患者により異なってくる。
・乳房温存手術後に放射線治療を追加することにより局所再発を減少することはできるものの、乳がん特異的死亡との関連性は認められず、放射線治療を施行した患者と省略した患者の全生存成績は同等であることを認識することは重要である(5)。
・集学的な治療の発展やバイオマーカーを基にしたリスクの層別化により、一部の低リスクの非浸潤性乳管がん(DCIS)の患者では、乳房温存手術後に全乳房照射や乳房部分照射を行っても、臨床的に意義のあるほどのベネフィットが得られない可能性がある。
・しかしながら、現時点では安全に乳房温存手術後の放射線治療を省略できる、 "低リスク"の非浸潤性乳管がん(DCIS)を決定するマーカーに関する一定のコンセンサスは得られていない。
・EBCTCGメタ解析では、腫瘍サイズ 20 mm未満、低核グレード、切除断端陰性をおそらく予後良好のサブグループ(potentially favorable subgroup)として定義しているが、低リスク患者のサブグループは同定していない(5)。
・これらの "potentially favorable subgroup"の10年同側乳房内イベント発生割合は、全乳房照射群で12.1%、非照射群で30.1%であった。
・ECOG E5194 tialでは、非浸潤性乳管がん(DCIS)で乳房温存手術後に放射線治療を行わなかった患者を対象として観察研究が行われた(34,35)。
・切除マージン 3 mm以上、グレード1-2を対象としたものでは、12年局所再発割合(非浸潤性/浸潤性)は14.4%の患者、切除マージン 3 mm以上、グレード3を対象としたものでは26.6%であった。
・臨床的および病理学的に予後が良好な患者を対象として行われた研究ではあったが、12年間の経過観察期間を通して再発の増加が認められ、プラトーには達しなかった。
・これらの結果から、高グレードの非浸潤性乳管がん(DCIS)の患者では、ルーチンで乳房温存手術後に放射線治療を行うことが支持される。
・また、腫瘍サイズの中央値が6 mmで、低グレードの非浸潤性乳管がん(DCIS)でも10年再発割合は15%程度であり、ルーチンでの放射線治療の省略対象とするのは適さない。
・NRG/RTOG 9804では、(おそらく)リスクの低い(putative good-risk)非浸潤性乳管がん(DCIS)を対象として、乳房温存手術後の経過観察と全乳房照射にランダム化し比較された(3637)。
・試験は症例集積不良のため、636例の患者が登録された時点で早期中止終了となった。
・経過観察期間の中央値13.9年時点で、15年累積局所再発割合(非浸潤がん/浸潤がん)は、全乳房照射群 7.1%(95% CI 4.0-11.5)、経過観察群 15.1%(95% CI 10.8-20.2)(HR 0.36, 95% CI 0.20-0.66, p=0.0007)。
・15年累積浸潤がん再発割合は、全乳房照射群 5.4%、経過観察群 9.5%(HR 0.44, 95% CI 0.21-0.91, p=0.027)であった。
・これらの前向き研究結果は放射線治療の絶対的な適応を決定させるものではなく、それぞれの患者の好みや、その他の死亡リスク、放射線治療に伴うリスクを考慮しながら、個々の患者の治療の決定の際の指針とできるものである。
・St. Gallen International Consensus Guidelinesでは、70歳以上の高齢者で、低リスクの非浸潤性乳管がん(DCIS)では、放射線治療の省略も支持している(29)。

非浸潤性乳管がん(DCIS)に対する乳房温存手術単独後の成績(前向き研究)

非浸潤性乳管がん(DCIS)の再発を予測するバイオマーカー

・Oncotype DX DCIS Scoreにより、乳房温存手術後の10年局所再発リスクの推計を行うことができる。
・ECOG-ACRIN研究において乳房温存手術単独により治療が行われた327例の解析では、DCIS scoreを用いたリスクカテゴリーと局所再発との有意な関連性が認められた(38)。
・DCIS scoreによるリスクカテゴリー分類において、10年局所再発リスクは low群 10.6%、intermediate群 26.7%、high群 25.9%であった。
・10年浸潤がん再発リスクは、low群 3.7%、intermediate群 12.3%、high群 19.2%であった。
・Population-based cohortによる研究でもDCIS scoreによる予測の妥当性が確認されている(39)。
・またその後の研究で放射線治療によるベネフィット予測における有用性も報告されている(40)。
・Decision Scoreは、がん関連遺伝子と臨床的/病理学的因子(年齢、腫瘍サイズ、切除断端、触知可能/不能)に基づくスコアである(41)。
・10年同側乳房イベントリスク 7%、浸潤がん発生リスク 4%の予測が可能である。
・高リスク群では、10年同側乳房内イベント発生リスク 23%、浸潤がん発生リスク 15%。
・Decision Scoreを用いた解析において、高リスク例では放射線治療を追加することによるベネフィットが認められたが、低リスク群では放射線治療を行うことによる明らかなベネフィットは認められなかった。
・有望な結果が報告されてはきているものの、非浸潤性乳管がん(DCIS)において分子プロファイリングが行われることは依然として限られている。
・分子プロファイリングを基にした、リスクに応じた放射線治療の、人工視点での対費用効果の検討はなされていない。
・これらの結果の妥当性の検討が現在進行形でなされている。


まとめ

・非浸潤性乳管がん(DCIS)患者において、乳房温存手術後に全乳房照射を行うことにより、非浸潤性/浸潤性乳がんの再発を減少できるという強く一貫したエビデンスが確立されている。
・BIG 3-07/TROG 07.1試験の結果から、臨床的/病理学的なリスク因子がある場合のブースト照射を追加することの意義や中等度の寡分割照射の影響が明らかにされることが期待される。
・低リスクの非浸潤性乳管がん(DCIS)患者に対する乳房部分照射を支持するデータは限られており、臨床試験外では国際的/国内のガイドラインで規定される低リスク症例のみに限るべきである。
・低リスクの患者では、乳房温存手術後に放射線治療を加えることによる臨床的に有意なベネフィットがない可能性があり、現在安全に放射線治療を省略できる適切な患者選択法を確立するため、分子プロファイリングの研究が進行中である。


【関連】

日本乳癌学会編 乳癌診療ガイドライン 2018年版
  BQ2. 非浸潤性乳管癌に対して乳房温存手術後に放射線療法は勧められるか?
日本放射線腫瘍学会 放射線治療計画ガイドライン2020年版
  放射線治療計画ガイドライン2020年版 胸部


【BIG 3-07/TROG 07.01】 Chua BH et al. Lancet. PMID: 35934006 (note



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