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そして誰も来なくなった File 14

「私見。前提としてデートに誘いたい相手との距離感が重要。それに応じて用いるフレーズを変化させる」

何故、真剣にこんなメッセージを書いているのだろうかと思いつつ、止まることのない両手の指先が画面上を滑らかにスキップしていく。

「1:相手が友達かそれ以上の場合。信頼関係は構築できているので、誕生日や長期休暇などを利用して外出を提案。その際、相手に不快感を与えぬよう、あくまで相手の好みにそった外出先を設定。食事の奢りは必須」

「2:職場で知り合った関係の場合。遊びの提案は相手が断りやすいので、仕事と絡めた断りにくいもの、相談事や資料作成のコツなどを理由に誘う。短時間にして回数をこなす。喫茶店や図書館などがよい」

「3:まだ知り合って間もないが一目惚れした場合。この時点でデートに誘うのは万死に値する。よって連絡先を交換したり、共通の友人と一緒になって会話するなど、相手の心理的負荷の少ない方法で距離を縮めるべし」

これで文句あるかとばかり、力一杯に送信の矢印ボタンを押した。力加減がどうあれ相手に文章が届くのは同じなのだけど。大学でも、PCで重要なメールを送る場合に力をこめてクリックする癖がある。

数分後、美里から返信があった。「なるほど~」と手を打っている女の子のスタンプが表示される。それに続いて、彼女からメッセージがパンと飛んできた。

「お返事があったのは嬉しいですが、残念! 百字以内という条件をクリアしておりませんな! ハッハッハ!」

メッセージの下には「惜しいね、君…!」という台詞付きのおじさんの漫画スタンプがちょこちょこと動いている。

…うん、腹が立つ。だから速攻で答えてやった。

「残念なのは君だよ、ワトソンくん。ちゃんと文章の作成者は回答1から3までをワープロの字数カウント機能で数えているのだ。嘘だと思ったら確かめてみたまえ。百字以内で収まっているはずさ」

即座に既読がつき、しばらく返信がなかった。真面目に字数カウント機能で調べているであろう美里の姿が目に浮かぶ。スマホを置いてぼうっと待っていると、ややあってスマホがピロリンと鳴った。

「ほんとに百字以内になってる…悔しい」

僕はほくそ笑んだが、次のメッセージにまたしても面食らう。

「じゃあ、飛鳥、今日の午後、K市のネットカフェで会える? 事件のことで話したいことがあるの! マーガレットさんも一緒に!」

驚いて、ガバッと布団から身を起こす。今日という日はすでに十一時を回っている。午後といえば、あまり時間がない。そんな切羽詰まったスケジュールの立て方をするから、心にゆとりがなくなるんだと文句を言いたくなった。だが、理性とは裏腹に、やむにやまれぬ衝動が働いて、勝手に指が画面上でメッセージを綴っていく。

「いいよ。すぐに行く。一時半くらいでいい?」

返信もすぐに届いた。

「そうこなくっちゃ! 待ってるわね」

ネットカフェの地図が添付されてきて、そのまま彼女からの通知は切れた。

「相変わらず強引だな…」

力押しに負けて残念なような、負けてよかったと思っているような。複雑な感情が交錯して、静かにスマホの電源を切った。まあいいかと、縒れた寝間着を脱いで外出用のポロシャツに着替え、一張羅のデニムパンツを履く。財布と鍵をもってアパートを出るとき、ふと疑問が湧いた。

「ていうかあいつ、結局、何番を採用したんだ? そもそもこれはデートなのか?」

やはり、彼女には謎が多い。

                            (つづく)


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