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case01-10: 誤算

その後、10分程度の簡単なやりとりが続いた。

「ちっ…そしたら振込先は・・・」
「承知しました、本当にご迷惑おかけしました。14時までに振込み完了させていただきます」
「はいはい、じゃーよろしく」

ところどころに入る舌打ちが気になって仕方なかったが、最終的な結論は本日3万で完済。この額でトラブルになるのは先方も得するわけがないのだ。ちゃんと約束は守るいい子である。

「トーアさん、ありがとうございます…」
「いやまだ1個目。でもちょっと休憩」

タバコをくわえると、また火をつけようとする狩尾を手で制して、自分で火をつける。キャバクラというよりも舎弟のような動きにふと笑ってしまう。狭い部屋の中でフワッと立ち上がり、壁に沿っておりてくる煙を見ながら考えていた。正直1件目はそれほど揉めるとは思っていなかったのだ。額も少額の部類であるし、充分に先方も元がとれていれば拗れても損しかない。

チリチリと燃えるタバコの先を見つめながら、既に次の相手とのやりとりを頭の中で始めていた。

どこかでも触れたが、金利と回収率は密接に関係している。なぜなら逃げられる率が高ければ高いほど、金利は上げざるをえない。金利を上げれば回収も当然困難になり、取り立て自体も過激になっていく。そうなると結果的にまた金利をあげざるをえないというスパイラルが自然と出来上がる。こんな世界でも、どっかの企業と同じような負の構造があるのだ。

要は金利が高いところはそれなりの理由があり、週3万で完済が5万となれば、多少荒っぽいことも想定される。

「トーアさん、次のところなんですが…」
「ああ、まぁこっちはそんなに一筋縄じゃいかないわな」
「ええ、そうなんですけど」
「なに?」
「いえ、はい。申し訳ないのですがお願いします」

灰皿にタバコを押し付ける。何か言いたげな雰囲気が気になるところだが、頭の中は次の相手とのやり取りでいっぱいになっていた。

ふう…と一息つき、お互いイヤホンをつけて電話をかける

1コールで相手が出る。
「はい、もしもしー」
「狩尾明代の夫なのですが」
「はいはいはいはいはい」
はいが多い返事は好きではない。

「妻から事情を色々と聞きまして、完済させていただこうと思いまして」
「完済?その前にあんたんとこ遅れまくってんだけどどうなってんの」
「遅れてる?」
「先週分がまだ入金確認とれてないんだよ、どうすんのこれ」
「なるほどそうだったんですね」
「なるほどじゃねぇよ」

聞いていない。

ちらっと横目で狩尾の方を見ると申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。どうやら遅れているのは本当のようだ。手を合わせてごめんなさいのポーズをされても可愛くもなんともないわ。

さっきの妙な様子はこの件だったのかと思いつつも、ペンでサッと殴り書きいて、ペンと紙を押し付ける。

(ないようかけ)

狩尾が慌てて受け取ったペンでその下に書きなぐる

(1まんかえした)

「今、妻に確認しました。うちのが色々とやってるのは理解しているので、今遅れているという話も含めて返済させてもらおうと思うのですが、具体的に本日だとおいくらです?」
「は?今日?」
「はい、今日だとありがたいです」
「そういうのは前日に言ってもらえないとねー」
「では明日だといくらになりますか?」
「完済手数料と合わせると25万かな」

適当の極みである。完済させないタイプの闇金のようだ。このままだと振り込んだとしても何だかんだで因縁をつけられて継続して嫌がらせを受けることもありうる。今回のケースでは自分が成りすましていることもあり、後でそれが発覚した場合には事態がこじれるのは必至だ。

くそが。
1件目と同じでは駄目だ。

「いやいやいや、待てって。それは違うだろ」
「あ?」
「まけろとか言ってるわけじゃねぇし、完済はする。ただ額面が違いすぎないかそれは」
「なにいってんのあんた」
「実際、今確認して遅れてるのは分かった。先週2万たりてないんだな?で本来遅れてないなら9万で完済なわけだ。それなら先週2万遅れてる分を新たに借り入れたと同じに考えたってそれに対しては5万ってとこだろう。9万に5万加えて14万、迷惑料じゃねぇけど上乗せしたとしても15万前後が妥当なんじゃないの」
「あんた何勝手なこといって…」
「オオゴトにしたいわけじゃねえんだわ。ただお互い傷負いたくないだろう。俺もこの件が整理されたらこいつとはこのまま一緒にいるわけにもいかねぇし、今払えて清算できるなら、俺がこの場で払って終わらせる。ここ逃したらもうたぶんこいつが頼るところはなくなる。だったらここらでお互い手打ちにしたほうが得じゃないの」
「・・・」

値切るところがポイントではなかった。

この件が終わったらもう<旦那>というカードがなくなることを相手に知らせたかった。特に主婦層の急所は「旦那さんと相談させてもらう」がキラーワードであることが多い。それが既になくなっており、しかもその旦那が<めんどくさいやつ>で、ある程度強硬な態度を見せておかないと今度は本当の旦那側に連絡されてもかなわない。

<今ここで手を打った方が得>ということを見せておきたかった。

さぁもう相手次第だ。どうなる。

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