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「落とし物」

電柱の影から、白菜が私を覗いている。

11月下旬。寒さに凍えながらひとり、足早に家を目指す。
ランドセルの革が硬くなるくらいに気温は低く、
そんな日に限って6時間目に体育があり、
半ズボンの体操服で帰らされている。
大体、街ゆく人に自分の名前を曝け出しながら歩くなんて、
防犯とはかけ離れているではないかと思いながら、
ひとり足早に家を目指す。
学校の帰り道に珍しい石を拾って帰ることはあっても、白菜を拾って帰ることはないだろう。
電柱とアスファルトの隙間に種が入り込み、自然の雨や太陽のおかげで、実に元気に育ったのかもしれない。
八百屋を襲った野犬が途中まで運んだところ、
白菜の味のそっけなさについ、ポイ捨てをしたのかもしれない。
宇宙人が人体実験のためにさらった買い物帰りの主婦が、
UFOに吸い込まれる時に落っことしたのかもしれない。
そんな妄想を膨らませながら、白菜に近づいた。「特売!198円」と言うステッカーが見えた。

「大きな落とし物だな。」

一言つぶやいた後白菜を通り過ぎ、また足早に歩き始める。

家に着いた。
うちは玄関を開ければすぐに台所と食卓につながっているような狭い家だが、それが心地よいし、何より帰ってすぐに椅子に座れるのが楽でいい。
珍しい落とし物だったなと少し思い出し笑いをしながら台所に目をやると、
夕飯の支度をしている母が笑ってこっちを見る。

「ちょっと、おつかいに行ってきてくれない?」

やっと寒さから解放されて一息つこうと言う時に、親というものはどうしていつもそうなんだと、呆れた思いで台所に近づき、
鍋の食材が詰められたボールに目をやった途端、私は全てを悟った。

これならおつかい代をくすねることができる。
「いいよー!」と心地よい返事をし、

おつかいの内容は聞かず、お金を握りしめて家を出た。
白菜だ。
大きな落とし物だ。

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