見出し画像

「第1位蠍座ラッキーカラー黄色⭐︎素敵な出会いがあるかも?!」

殺風景な洋室の空気はいつも食事を冷たくさせる。
昨日、母が作る夕食のサラダに入ったパプリカが黄色じゃなくて赤色だったら。
今朝、父がスーツに合わせるネクタイを黄色ではなく、青色にしていたら。

偶然はいつも突然やってくる。
出来事はいつも必然だ。

慣れない帰り道に少し憂鬱な気持ちを抱きながら、今朝の星座占いを思い出していた。
〈第1位蠍座ラッキーカラー黄色⭐︎素敵な出会いがあるかも?!〉
なーんにもいいことはなかったが、特に悪いこともなく、当たらない占いを毎朝見せられてることに少し腹が立った。

電車の通る線路の柵の横に揺れるたんぽぽが、何を以てここに咲くことを選ぶのだろうと、少し辛辣な目を向けまた歩く。
公共の場では静かにしないといけない。
なるべくはみ出さないように歩く。
偉い人には逆らってはいけない。
そんな大切ななにかを教えてくれる小さな社会とも言える学校はある意味、私の憩いの場でもあった。
流れに身を任せていれば、多少の摩擦があっても傷つかずに過ごすことができるからだ。
もっと考えて生きろと大人は言うが、疑問を持ちすぎる生徒は尽く担任に避けられていた。
だから、私はあまり考え事をせずに、空気のように過ごすのが正しいと思っていたし、その方が楽であった。
そのおかげで何度か転校を繰り返したのにも関わらず、何の気無しに学校生活を送れている。

そんな私だったが、先ほどから少し心が騒がしい。正直なところ、家に着くまでは何も考えずに空気のように生きる自分を演じるのが一つの目標であった。家に着くまでが遠足。家に着くまでが女優だった。
「私のこの完璧な演技を邪魔するものは誰?」
ふと、後ろを振り返ると、白いワタがふわふわと目の前を漂っている。
「呆れた。」
ぼそっと空気のように言葉を吐き、帰路につこうとすると、
「誰も選んでやしない。」
空気に乗って右から左へ流れるように声がした。
「きっと疲れているのね。」
そう思いながら歩き始めると、
「たまたま降り立った場所なのよ。」
と声がした。
足元に目をやると、黄色いたんぽぽが揺れている。
「私たちは場所なんて選べない。たまたま降り立った地面が生きるために必要な条件を満たしていれば咲くだけなの。」
たんぽぽと会話ができるとは、いつか観た子供向け番組の短編アニメかと思いながら立ち去ろうとすると、
「ねえ、歩くってどんな気分?」
と、尋ねて来た。
「勘弁してくれよ」と思いながら、じゃあ家まで案内してやるよと、
地面からプチっとたんぽぽをちぎってやった。
心でしめしめと笑っているのとは裏腹に、不思議なことにたんぽぽは生き生きとしている。
「わー、こんなに高いところから街を見るのは初めて!」
私なら、梅田スカイビルの空中庭園に行ってもそんな言葉は出ないだろうと思いながら、歩き始めると、
「いつも1人だね。」とたんぽぽが切り出した。
「ほっといてくれよ。ひとりで十分だから。」
そんな私はすでにたんぽぽと話す変な人間という、目立ちたくないという生き方から全く外れた行動をとっていたのだが、
そんなことはどうだっていい。
「クラスは楽しい?」
たんぽぽに何がわかるんだと思いながら、適当に話していると、たんぽぽは夢を語り出した。
「私、家に飾られるような素敵な華になりたかったな。」
花にも花なりの夢があるんだなあ。
「いつも社会の空気に溶け込んで誰かの邪魔をするわけでもなく、誰かの目に留まるわけでもなく、ただ、風に揺れてるだけ。飽き飽きしちゃうわ。」
うるさいなあ。と思いながらも、どこか似ている空気感に少し腹が立った。
変な出会いだ。
こんなことになるなら、走って帰ればよかった。
こんなことになるなら、友達の1人や2人作っていればよかった。
こんなことになるなら、今日日直の代わりを任された時に快く引き受けていればよかった。
こんなことになるなら、余った牛乳のジャンケンに参加していればよかった。
変な出会いだ。
どのルートを行っていたとしても、どうやって遠回りしても、この道は通りこのたんぽぽとは出会っていたのかと思うと、少し笑えてきた。
逆らうことは馬鹿馬鹿しいと思い、もう好きにしてくれという気持ちでたんぽぽの話を聞き続けた。
「で、あなたは私を見ていた。なんか嬉しくなっちゃって。あなたのお家へ行かせてよ。」
転校してから初めて家にいれるお友達がたんぽぽだなんて言ったら、母も父も気が動転してしまうだろうと思いながら、いたずら半分で紹介してやろうと思い、家まで連れて行くことにした。

「ただいまー。」
手にたんぽぽを持ったまま家に着くと、いつものようにテーブルに食事が並べられていた。父はまだ帰っておらず、母はもう食事を済ませたって顔をしてテレビを観ていた。
「新しいお友達よ!」と母にたんぽぽを見せると、
「あら綺麗じゃない。コップに水を汲んであげなさい。」と母。
親も親なら子も子だ。そう思いながら、コップに水を汲み、食卓へ華を飾ってみた。
案外悪くない。
父が帰ってきた。
「おーなんだその花。たんぽぽじゃないか。いいなあ。」
なんだその反応。道端のたんぽぽには見向きもしないくせに。と思いながら、夕食のカレーライスを口にする。

殺風景で冷たい洋室を黄色い華がほんの少しだけ暖かくする。
何かが劇的に変わったわけでもないけれど、何も変わっていないわけではない。
明日は誰かに話しかけてみようかな。
黒板消し手伝ってみようかな。
余った牛乳のジャンケンに参加しようかな。

明日蠍座何位だ?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?