アメのキョウシツ

非常階段の頂上に赤い旗が掲げられた。
6年1組の教室からは歓喜の声と拍手が湧き上がる。

今日は朝から燦々と陽が輝きを放っている。
「晴れの日は一日中外で遊びなさい」なんていう大人たちの言葉は、耳の中に日焼けができるかのように、心地悪い眩しさでついつい耳を塞ぎたくなる。
冬の教室は、生ぬるい暖房が乾燥した空気を部屋に充満させている。
去年までガスストーブを使用していたが、どこかの学年の男の子が消しゴムを上に乗せて溶かしたらしく、危うく火事になりかけたせいで廃止になったらしい。
教室には変わらずぬるい空気が流れており、授業に集中できずうとうととしていた。
「おい!三浦!」担任の声で勢いよく顔おあげた。そんな私をみて、クラス中からクスクスと声が漏れている。
「授業中に居眠りとは、生ぬるいな!」
担任がさらに追い打ちをかける。
「生ぬるいのはこの教室のせいだろ」と心の中で言葉を吐き捨てて、「すみません。」とその場しのぎのセリフを呟いた。
なんとなくやる気がない。別に授業を受けたくないわけでもないが、なんとなく受けたくないという気分だ。

今日は6時間目に体育でマラソンがある。
やる気が出ない理由はきっとそのせいだと、私は言い訳っぽくもある理由で自分を正当化し、その時間まで体力を温存することにした。
どうせ体育もやる気はないけれど、今眠れるならそれでいいと思った。

4時間目の授業が終わり、お昼の時間になった。
ご飯を食べながら、クラスメイトたちも6時間目のマラソンを嘆いていた。
昼食を食べ終えて5時間目に差し掛かろうとする前の休み時間に、クラスメイトの1人遠藤が、教壇に立ち「今日のマラソンをみんなでボイコットしようではないか!」と叫んだ。
クラスメイトからは拍手が起こり、「ちょっと楽しそう。」と話す声や、「なにー?やばくないー?」などと、無責任な声が飛び交う。
私は共犯者にはなりたくないが、その意見には賛成だと思い、あたかも気がつけばそうなっていたと言わんばかりの顔を準備し、さらに居眠りに拍車をかけようと、隣の友達から毛布を借りて背中にかけた。

5時間目の授業は自習になった。担任が「真面目にやるように〜。」という言葉を残して教室を出ていった。
これはチャンスと言わんばかりに、クラスメイトたちが立ち上がる。
「どーするのー?」「体操服には着替えるのー?ーなどと、まとまらない意見を投げ合っている。
そんな中でまたもや遠藤が教壇に立ち黒板に字を書き始めた。
【マラソンボイコット作戦会議】
 「大袈裟に。バレたらどうする」と私は思ったが、クラスのみんなは遠藤の言葉に夢中だった。
「さあ!みんながみんなのためにボイコットをするのだ!!」
どっかで聞いたことあるようなセリフを紡ぎ紡ぎで吐き捨てては拍手を煽る。
そんな最中、クラスメイトの1人が外を指差し叫んだ。
「雨だ!!」
クラスメイトは急いで窓に近づき外を見る。
空は、太陽の光がありながらも、雨を降らしグラウンドを濡らす。
「もっと降れ!もっと降れ!」
遠藤の煽りにクラスメイトたちも呼応する。

「やかましい!!」
大きな怒号にクラスが静まり返る。隣のクラスの担任だ。一言だけ残してで立ち去っていった。
クラスメイトたちはブツブツと文句を言いながら席に着く。
私たちの勢いとは反比例して、雨はさらに強さを増していく。
そのまま5時間目が終わりに差し掛かろうとした時、
体育館に架かる非常階段のてっぺんにグラウンド使用禁止のサインの赤い旗が掲げられた。
遠藤が「赤旗が立ったぞ!!」と声を荒げた瞬間、クラスメイトたちは大きな声で叫ぶ。
「中止!中止!中止!」
さっき隣の担任に怒られたことなんて、もうどうでもよくなっていた。
そのまま5時間目が終わるチャイムが鳴り6時間目の体育のマラソンが中止になることが決定した。
クラスメイトたちは安堵の表情で担任が来るのを待つ。

教室を開けた担任の顔はいつもより不機嫌だった。
誰もが体育の代わりに何をするのか気になっていた矢先に、
「体育が中止になったので、さっきの授業の話聞かせてくれるか?」と低いトーンで切り出された。

教室中がどんよりと重たい空気に変わり、
クラスメイトたちはこうなるくらいならマラソンでよかったという表情をしている。マラソン中止の代償はでかかった。

外は雨で太陽の光が反射し煌びやかな光を放っている。
グラウンド使用禁止の赤い旗が揺れている。
教室は相変わらず生ぬるい空気が充満している。
遠藤は今、担任の先生に対して、
降参の白い旗を掲げているに違いない。

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