星がいつもよりも美しい

もう、2年が経った。
多分、これからの人生の長さを考えると、
「まだ」2年と言う方が正解だろう。
正直なところ、
彼女の姿を目にすることがなくなっても、
特に日常に差し支えはない。

仕事を始めたばかりの頃は、
推しの頑張りがあるから自分も頑張れている、
なんて「他惚れ」ていたが、
今の自分が頑張る理由なんて、
誰かのためとかではなくて、
自分の生活を漕ぎ進めるためでしかないし、
刺激的な日々を過ごす中で、
「推し」の存在は、
頭の中の小さな引き出しに雑多に仕舞われて、
探すことも困難になることがある。

私にとって「推し」なんて、
アパートの顔見知りのお隣さんと同じくらい「他人」で、
ふとしたきっかけで思い出される「楽しみなドラマ」程度の娯楽でしかない。

しかし、彼女の存在を語る時に、
どうしても「推し」という言葉を使ってしまう。

「推し」って、なんだろう。



でも、
でもそれでも「推し」なのだ。

番組で活躍する姿が嬉しい。
フォーメーションが少しでもよくなると嬉しい。
歌番組で見る表情が好き。
メールで送ってくれる自撮り写真のひとつひとつが愛おしい。

そんな、前向きで明るい気持ちをくれる存在が、
「推し」なのだ。
他のメンバーとは違う。

他のメンバーには抱かないような気持ちをもたらしてくれる存在。
いくらでもお金を貢いでもいい存在。
それが、「推し」なのだ。

日常からいなくなったって平気、 なんてことを冒頭で述べたが、
これはちょっとつよがりだったかもしれない。

本当は、
前みたいにメールが届いて欲しいし、
所属していたグループを歌番組で見かけると、
その姿を探しているし、
仕事が終わって「推しは何しているかな」って考えて、「あ、もう引退したんだな」って思ってしまうし、
彼女のいる今のグループを妄想してしまう。

彼女の姿が見えない現在、
もうそのグループを追わなくなってしまった。

新曲も新メンバーも知らない。

確かに幸せをくれていたあの子。

元気かな?

今も時々、
引き出しの中を探っては
あなたのことを思い出しています。


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