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短編小説|本の墓場と天才の閃き #4

4.変わらない結末

二度目の警察署へ。今回は目撃者という立場だから気が楽なものの、あまり来たいと思うような場所ではない。受付で事情を説明すると、今回はその場で内線電話から倉井氏が呼び出された。2階から降りてきた倉井氏は、シンプルなパンツと控えめなヒールだけどやっぱりおしゃれな感じ。私もああいうオーラをだしたい。

「依田さん、ありがとうございます。今日は事故現場と、良ければ図書館にも伺いたいと思いまして、今から私どもの車で同乗していただくという形でもよかったでしょうか?」

「え、図書館行くんですか?」

「はい、館長の古城さんにも捜査の協力のお話しておりますので」

一瞬、古城さんて誰だ?と思ったが、古文さんの本名だとすぐ思い出せた。わかりました、と応える前に倉井氏が追加説明。

「巡査部長の原口が車を回してきますので、ロビーでお待ちくださいね」

いつものかしこまった口調が、この時だけは素の感じが出ていた。
そんな事より、事件の捜査の舞台が自分の勤務先になるなんて思いもよらなかった。しかし、私の中の捜査官は極めて冷静だった、この展開を読んでいたかのように。

車中で捜査に関する近況を教えてもらえた。この時ラッキーガールとウワサされていることも聞いた。内心迷惑だと感じたが、警察としては私の存在はとても重要だったらしい。
事故現場では特に私の記憶が重要なわけではなかった。道路にブレーキ痕が無かった事から、警察は当初から単なる交通事故ではないと推測していたことを教えてもらったためだった。

次に図書館へ到着した。勤め先ではあるものの、来客駐車場に車を止めて表玄関から堂々入るのは違和感がある。入ると、私が良くいる受付カウンターにいた見慣れた同僚が、すぐさま応接室へ案内した。この応接室もまた、職員である私が入るのはとても変な気分だった。
応接室にはこぶ・・じゃなかった、古城さんと、ベテラン職員さんが貸し出し用端末を操作していた。わざわざ一台この部屋に持ってきたのかと感心していると、私はなぜか来客側として座るように促された。

「今回の捜査へのご協力、ありがとうございます」

原口氏が深く頭を下げると、古文さんがちょっと偉そうな態度で語る。

「いやー、こんな事になるとはねー、警察には協力せんとねー」

はははっという緊張感の無い雰囲気に幻滅したのか、倉井氏が表情を固めて説明する。

「早速ですが、こちらの男が監視カメラに写っていました。現在警察では被疑者として調べているところです。何か有力な情報があったと、こちらの依田様から伺いましたが」

様付けで呼ばれるなんて!とちょっと気分が高まってしまう。待て待て、今はドラマでいう一番シリアスなシーンだ。机に提示された一つの顔写真は、50代くらいの白髪交じりの男性だった。残念なことに見覚えがないが、あの時「図書カードを更新した人」は、多分この人だ。

「亡くなった、えーと越山さん?が本を借りていることに気づきましてねー、その履歴を見ていたのですよー」

相変わらず緊張感がなく、顔写真の事にも触れず古文さんがしゃべりだしたが、その発言には警察官二人とも興味を持っていた。

「応用化学の本、おつまみのレシピ本、メンタルの本の3冊じゃったかなー」

隣にいる端末を操作している同僚をチラチラ見ながら答えた。そして、なぜか急に神妙な表情になる。

「ここでワシの推理なんじゃがー」

え、それ私の役目なのにぃ!と思ったが、もう古文さん劇場が始まってしまった。

「おそらく亡くなった越山さんは、仕事のストレスを抱えていて、お酒をよく飲んでいた。しかし、メンタルトレーニングも前向きに取り組みながら、市販の睡眠薬などを服用していた。そして、事故が起きてしまった!」

右手で握りこぶしを振り上げていた。ガッツポーズにも見える。これは一本取られたなぁと思いつつ、謎の男が本を借りた点には触れていない。するとそれを聞いていた原口氏が答える。

「捜査に対して非常に前向きに関わっていただき、ありがとうございます。越山さんは確かにそういった症状を患っていたのはご家族から聞いています」

丁寧な対応だなと感心していると続きがあった。

「しかし、この被疑者の男が本を借りている理由が分からないのです」

その直後、倉井氏からこの被疑者に関する説明を受けた。まだ容疑者ではない為詳しい情報は伏せられていたが、名前は、梶海浩司といい、亡くなった越山さんとの部下であるとのこと。当日行われていた送別会はこの梶海という男の為であり、同席していたらしい。明らかに被害者との接点もあり、睡眠薬を意図的に多量に飲ませると行った犯行もできる可能性が高い。しかし、根拠がなく、逮捕状が取れずに苦戦しているとのことであった。

「先ほどの古城さんのご意見も捜査の過程で出ていました。しかし、梶海が越山さんに成り代わって本を借りている点が自殺を装うための偽装工作にしか思えないのですが、憶測にしかならず・・」

倉井氏が視線を落としながら説明をした。そこまで警察側が把握しているなら私の出番は無いなと悟った。そしてこの場でそれを決定づける証拠はないと判断もできた。

「図書館として、これ以上協力できる情報はないかなー」

古文さんが締めに入るように発言した。

「いえいえ、ご協力ありがとうございました」

原口氏が三度頭を下げる。倉井氏はやや悔しそうな表情だった。

「図書カード、2枚あるんですよ」

ここにきてようやく私がしゃべった。ほとんど話を聞かされる側だったので、皆驚いた感じだった。でも、本質的な話はここから。

「2枚、とはどういうことですか?」

原口氏が不思議な顔をして尋ねる。ここで、記憶の一番始まりである図書カードの更新手続きの顛末と、違和感について話た。

「・・というわけで、越山さんの古いカードも、端末に情報を残しておいたのです。名前の頭に全角の1をつけて」

私の説明通りに端末を検索した同僚が、ホントに存在することを確認してくれた。

「それとどういった関係が?」

倉井氏が興味深そうに尋ねてくる。

「図書カード更新には身分証明書の提示を求めます。登録時の身分証明書と照合するためなんです。普通なら、それで済むのですが・・」

ふむふむと皆が聞き入る。

「その梶海って人は越山さんの身分証明書を偽装していたので、登録情報と照合されるとバレると思ったのではないでしょうか?」

「ということは、その端末で越山さんの新旧図書カードの登録情報を照合すれば!」

警察官の反応は素早い、言おうと思っていたことを先に越された。

「もしそうなら、公文書偽造の件で身柄を拘束できますね」

倉井氏が強気な表情で言った。

私の推理のような憶測が、この事件の結末を大きく変えたとは言い難い。でも、なぜこのような事件が起きたのかという動機の解明には役に立つこととなる。

つづく

この物語はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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