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連載小説|挑み続けるアンゲシュテルター #2

第1話 止めろ!退職ハリケーン


2.閉ざされた退職理由

当社は電子部品製造業です。
約60%は大型家電用、約40%は車載用の「半導体部品」を製造しています。大きさは名刺サイズを主力としながら、それに付随するコンデンサ、ワイヤーハーネスなどもグループの主力製品として取り扱っています。
その為、技術部が花形部署であり企業としての生命線です。

「なんで8人も同時退職するのかねぇ~」

名頃課長はどこか他人事のようにボヤく。

「会社に対する報復というか、嫌がらせが含まれている気がします」

やや乗り気が無いところは僕も合わせつつ、適格に答えてみる。

「そうなんだよ!なぜ嫌がらせのような行動をとったかだ!」

課長が急に燃え上がる、しかもこの静かな技術棟の廊下で。マジで迷惑行為なんでやめてほしい。

「ちょっと、声が大きいですよ課長」

しかし、名頃課長の疑問はもっともで人事部としてはなぜ大量退職が発生したのか、原因を調査しなければならない。

「そこで、だ。日頃からパワハラのウワサが絶えない半田役員へ突撃ぃ、ってワケ!」

ふふん、といった得意げな表情で課長がドヤっているが、それは無視しておく。

「それより、半田役員とどんな話をするか、考えているんですか?」
「そんなことオレがするわけねーだろ。優秀な君が考えてくれ」
「はい?」

目の前には半田役員とアポをとった会議室の扉があった。無茶ぶりもほどほどにしてほしい。僕の知っている日本人にこんな雑な人はいないと思う。
全く何も考えていないまま扉をゆっくり開けたが、中には誰もいなかった。
急いでノートパソコンを開き、メモアプリを起動させすぐさま思いついた質問事項を書き出しておく。数分前に「優秀な」と言われたのは、その作業を捗らせた。
名頃課長はというと、普段あまりこない会議室の中をぐるっと回りながら会議室の備品をジロジロみているだけだ。

「・・・まぁ、どうせ大した話は聞けないさ」

すでに何かを悟っているかのように課長が発声する。
パソコンに向かい合ったまま、僕も会話する。

「新條役員の名前も出しましょうよ、色々と聞き出したいですし」
「ん~・・どうかな。役員はみんな二枚舌だから」
「誰が二枚舌だって?」

突然第3者の声がした。会議室の扉には、真っ白な髪で不機嫌そうな初老の男性が立っていた。半田役員だった。

一つの大きなテーブルに、かなり距離をあけて3人が座っている。半田役員は仰け反るような姿勢で、めんどくさそうな雰囲気を全開にしている。

「人事部がなんだね、私は忙しいのだよ」
「わかりました、それじゃ手短に」

珍しく低姿勢な名頃課長。そりゃ、さっきの失言のダメージは計り知れない。少し投げやりな感じで名頃課長が進行する。

「先週、8人が一斉退職されましたが、何か理由をご存じないですか?」
「私は知らないよ、全て部長の基山もとやま君に任せているからね」
「基山部長、ですか」

名頃課長が小さな声で復唱する。

「彼なら詳しい事情を知っているだろう。ホレ、もう終わりか?」

まだ5分も経過していないが、やたら閉会したがる。ここで僕の出番だ。

「待ってください。基山部長がキーマンなのは分かりますが、退職届が提出されてから、基山部長に対して何か指示されたことはありませんか?」

そう、当社では退職届を受け取った場合、役員まで事実確認を行うルールがあり、慣例的にその場で退職理由を確認するものだ。
しかし、さっきの発言では半田役員は退職理由を確認した風にはまるで聞こえない。

「指示ねぇ・・まぁ8人もいなくなるんだから、人員補充についての指示はしておいたよ」
「そうですか」

基山部長と、今回の一斉退職の件について真剣に話し合っている雰囲気は微塵も感じられない。僕の直感がそう教えてくれる。
ここで元気のない名頃課長が、口を開いた。

「わかりました。詳細は基山部長に聞いてみます」

当たり障りのないセリフで場を閉めようとしたから、半田役員の表情が初めて緩んだ。

「そうかそうか、君たちが何をしたいのかサッパリわからんが、がんばってくれたまえ」


ここまでの経緯でめぼしい情報は得られず、結果として基山部長へ聞き取りをしに行くことになっただけだった。

「なんつーか、めっちゃ怪しいんだけどなぁ」

今回参加しなかった小山先輩が話を聞いてくれた後の感想だ。

「実際に退職された8人の方って、退職理由教えてくれたんですか?」

人事部は退職者に対して、任意ではあるが理由を聞き取りする権利がある。素直に教えてくれる人はほとんどおらず、いつも恨み節や捨て台詞を吐かれてしまう制度だけど。

「・・・いいや、誰一人教えてくれないよ。そもそも任意だから」

小山先輩は天井を見上げながら続けて言った。

「それに、半田役員に直接聞いても意味なかったんじゃない?犯人を問い詰めても自白するわけなじゃん」

いやいや、無理やり「みなごろし」にされただけであなたが僕に振ったんじゃないか、と内心嫌味を言いたかった。
ところが、リラックスモードの小山先輩が発したこの言葉は、実はかなりの大ヒントだ。

「基山部長に、もっと話を聞いてみましょうか」
「基山部長かぁ・・」

先日の名頃課長と似たような表情を浮かべる先輩に、素朴な疑問を投げかけた。

「あの、基山部長さんて、名前しか聞いたことないのですけど、何かあるんですか?」

横目でチラッと僕を見た後、やや小声で小山先輩が教えてくれた。

「メンタル疾患じゃないかって言われてるくらい、ちょっと危ない状況なんだ」


数日後、基山部長のところへ伺った。この時は名頃課長が別件でいなかったので、代わりにウチの水浦部長に同席してもらった。
基山部長は目線は絶対に合わせようとせず、手や足をソワソワさせながら、常に何かに怯えているような雰囲気だった。悪霊にでも取り付かれているいるように。
こちらの質問に対しても修飾語や接続詞ばかりで会話の本質が見えにくかったけど、結論として8人の退職は全て自己都合で外的要因は無いとのことだった。何か隠されている感が否めないが、当事者たちが口を閉ざしてしまえば分かりようがない。

「・・・そうですか、それでは、もうこの辺で終わりましょうね」

水浦部長が優しく進行する。
3人が席を立った時、基山部長が一言だけ発した。

「半田さん、すごい厳しいんですけど、その裏にはいつも優しがあると思っているんですよ」

昔ながらの雷オヤジ、ってところなのだろう。この時は、そう思った。


これらの顛末を新條役員に報告した。
新條さんは渋い顔をしながらも、ご苦労様という一声をかけてくれた。
真実は闇の中だが、これにて一件落着だと思っていたが、事態は別のところから急展開した。

どうやら一昨日の夜、監査室に一本の匿名メールが入っていたそうだ。
そのメール本文は直接見せてもらえなかったが、水浦部長と名頃課長は内容を把握したようだった。

「とある人物が、新型バッテリープロジェクトのメンバーに対し指導が厳しくて、侮辱・暴言を繰り返している。すでに退職者がいたが、更なる退職者が出る可能性もある。早くアイツを止めてくれ」

要約するとこんな内容だったという。匿名なのでいたずらの可能性もあるとして、鵜呑みにしないようにと催促された。一方で、いたずらとも内部告発とも取れるこういう案件ですら、すぐに経営トップまで報告するルートがある。

「やっぱりねぇ~、怪しいと思ってたけどもねぇ~」

ゆるい感じで小山先輩がボヤく。一応、目の前のパソコンで別件の議事録か何かをテンポよく作成しながら。

「仕事である程度の厳しさは必要だと思いますけど、行き過ぎると意味がないですよね」

僕の率直な意見を言うと、小山先輩が返してくれる。

「オレは厳しいの苦手だからな。英治君に対しても出来るだけ優しくしてるんだよ~」
「なんでですか?」

自然とその理由が気になった。

「え?だって、厳しくしなくても、君が色々やってくれて助かってるからだよ」

非常に穏やかでな表情で僕を見てくれた。数日前、この件で真っ先に裏切ったのはこの人だけど、とツッコミつつ先輩の一言を逆説的に考えてみた。

「・・・自分の思い通りにならないから厳しくする・・・んですかね」

「おい、橋谷。ちょっと、こっちへ・・・」

名頃課長から名指しされる。あまり喋らず、パソコンの画面を指さしている。おもむろに課長のパソコン画面を覗くと、一通のメールが開かれていた。送り主は、新條役員だ。

 水浦部長、名頃課長
 先日の8人同時退職の件について役員会で報告をした。
 その際、半田役員から人事部に対し一斉退職の予防策の
 検討を提案された。
 明日のどこかで相談の場をお願いしたい。
 新條

「これが、どうしたんですか?」
「乗りかかった船だから、お前も来い」
「いえ、こんな重大案件、僕のような担当者が同席すべきではありません」

別にやりたくないとかそんな理由ではない、日本人的な謙遜を表現しただけだった。でも、純粋な日本人なのに日本人らしくないこの課長は、謙遜という言葉を知らない。

「何いってんだお前?こういうのは上司の権限で任命できるから、拒否権なんてないんだよ」

ニヤニヤ笑いながら言っていた。発言自体は完全にパワハラだ。

「それにな、お前もう3年目だろ。そろそろ、こういう込み入った問題への経験も必要な時期だ。与えられた仕事をやり切って満足しているようじゃ、一流にはなれんぜ」

正論のような暴言のような、考えられた采配なのかその場しのぎの発言なのか。全くもって理解できないが、自分のためになる気がしたのでそのまま同席することを仕方なく了承した。

翌日、4人が会議室に集まった。
珍しく、新條役員がテンポ良く喋りだす。

「基山部長は全て外的要因だと説明してくれたんだな?8人が全てそうなら社内に退職の原因が無いことになる。半田さんの指示である予防策も、社内に原因が無いのなら実行のしようがない」

初手からいきなり詰めに入ってきた。そんなこと考えもしなかった、というほどに役員の思考回路はとても早い。

「半田役員が、外的要因だと知っているならそんな提案はしない。しかし制度的に半田さんが8人の退職理由を知らないはずがない」

名探偵ばりの新條役員の推理に、残りの3人が息を呑む。

「つまり、①つ基山部長が我々に嘘をついている ②つ半田さんが話を逸らすために人事部へ言いがかりをつけただけ ③つ二人そろって人事部には隠している のいずれかだ」

役員とはこういうテクニカルな交渉や駆け引きの手腕に優れる。半田役員はともかく、新條役員もこれだけの推理ができるということは自身もそういうテクニックを身に着けているのであろうと思った。

「半田さん、厳しいっすからね」

名頃課長が補足する。

「納期や成果に厳しいのなら問題ない。人の性格や仕事のやり方に厳しいのは単なる感情論でしかない」

いつなく真剣な眼差しの新條役員を初めて見た。

「本題の予防策ですが、どうすべきでしょうか?」

相変わらず主体性がなく理解が追い付いていない水浦部長が答えを求める。

「対策よりまずは真の原因を掴むしか無いな」

珍しく新條役員が答えを教える。普段、報告を聞くシーンばかり見ていたが、こういった場面では積極的に喋ることにギャップを感じた。

「新條さん、名案がありますよ」

名頃課長が小学生のような目の輝きで挙手した。

「ここにいる橋谷くん、彼を調査に行かせましょう。彼はまだ3年目であまり社内認知度も無いですから、調査に行っても警戒されにくいでしょう!」

自信満々である。

「よし、いいぞ」

あれ?即答?

こうして僕は、新型バッテリープロジェクトにおけるキャリア開発の可能性を検討するという表面的な名目のもと、実態調査というスパイ役となった。
でも、まんざらでもない。
人事部だから、8人一斉退職の原因調査と対策に関わりたい気持ちが強くなっていた。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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