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「とある7人のキャリア」 短編小説集

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7人の人物を通して描く、7つのキャリア開発の物語。全9万字程度のボリュームを複数回に分けて投稿します。ミステリー、ヒューマンドラマ、純愛、経済、異世界転生といったジャンルで作り分…
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#本の墓場と螺旋スイレン

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #5

5.思いがけないエージェント 給食センターで発生した食中毒事件から1か月ほど経過した。 恐怖の事件はすっかり忘れ去られ、図書館は例年通り夏休みの子供達で賑わっている。 私の担当した食品衛生のコーナーも大盛況。 子供は色々とっかえひっかえ本を漁る中、真剣な眼差しで図書を手に取る父母も多い。先の事件がタイムリー過ぎたのだと思う。 「大盛況でよかったのう」 古文さんが私の隣にまで近づいて目を細める。セクハラ疑惑のある老人なので、私は半歩右にズレる。 「そうですね、こぶ・・古

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #4

4.螺旋スイレン 救急隊の人から体調を何度も確認された。 脈拍は正常値、外傷もない、恐怖のせいか少し体の震えが止まらない程度。 救急車で運ばれるような状態ではなかったので、事務室の端にあるちょっと古めのソファで毛布にくるまれている。 周囲には救急隊の人が1名、警官が2名、図書館の警備員さんが1人。 そして山根さんが私の隣で体を寄せてくれている。 あの人影にタックルしたのは青少年センターの大山さんであることがわかった。腕に擦り傷を追ったらしく救急車のほうで簡易的治療を受け

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #3

3.強襲 「貸し出された本は、『改訂版:海洋生物と毒の話』。貸出者は猪狩葉子さん」 「ありがとうございます。ここからは警察が調べますので、依田さんには大変感謝します」 いつもの貸出受付のカウンターの裏手にある、3台目の検索端末の画面を美歩さんと一緒に覗き込んでいる。 「館長のこぶ、じゃない、古城には・・」 「すでに巡査部長の原口から連絡していますので、大丈夫ですよ」 マスク越しだが、女子力高めの美歩さんの笑顔に同性の私でも心地よい気持ちになってしまう。 それにしても

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #2

2.二度目の捜査協力 厚生労働省が奨励する食品衛生月間まであと1週間と迫った火曜日、チーフの山根さんに企画書を見てもらった。 「うん、いいんじゃないかな!企画の目的が『食品衛生はなぜ必要?』という問いへの答えになっているし、展示する図書の選定も衛生面や実生活に役立つものだし」 多分最大限の賛辞の言葉をいただけている。これは成功間違いなしと自信を与えてくれる山根チーフは、一般的な会社においても良い上司だろうなと容易に想像できる。 「ありがとうございます。装飾は先日の打ち

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #1

 お世話になっております。担当の宮本です。  先日ご応募いただいた案件の書類選考の結果をご連絡します。  企業名:ツルタ食品株式会社  結果:お見送り  理由:他候補者との比較 「はいはい、そうですか・・」 不本意なメールはすぐ削除する。そうでもしないと転職活動なんてやってられない。残念な気持ちになるのも慣れた。だから次こそはと、しばった髪を解いてお風呂へ直行する。 依田未波、31歳、独身、女性。足が不自由な父を、元気が取り柄の母と一緒に介抱しながら生活している。以前は