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「とある7人のキャリア」 短編小説集

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7人の人物を通して描く、7つのキャリア開発の物語。全9万字程度のボリュームを複数回に分けて投稿します。ミステリー、ヒューマンドラマ、純愛、経済、異世界転生といったジャンルで作り分…
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#本の墓場と天才の閃き

短編小説|本の墓場と天才の閃き #1

「全部で5冊ですね、2週間後の10月18日までにご返却をお願いします」 ほとんどの人が無言のまま本を受け取ってその場を立ち去る。他県では自動化が進んでいるとの話も聞くけど、そうなったら私の仕事がなくなってしまう。静かな図書館で平坦な時間が流れる。刺激はないけど、平和な時間を過ごせることは案外幸せなのかも、と最近は思えるようになってきた。 そんな平坦で平和で平凡な仕事だから、ちょっとした変化や違和感にも敏感になる。そう、つい30分ほど前、おかしな来館者がいた。 図書館の本を

短編小説|本の墓場と天才の閃き #2

2.手繰り寄せ 「続いてのニュースです。昨夜午後9時ごろ、湯原市真中町の交差点で、車2台による衝突事故が発生しました。この事故により、乗用車を運転していた会社員の越山晋胡さん48歳の死亡が確認されました。現場から中継です。」 痛ましい事故のニュースに、家族三人で言葉を失いながら眺めていた。 「・・・よくもまぁ、何事もなくてよかったなぁ」 父が深々としゃべりだす。 「ほんとよねぇ。やっぱり危ないから、夜のジョギングはしばらくやめておきなさい」 母からは釘をさされる。 「は~

短編小説|本の墓場と天才の閃き #3

3.天才の閃き 翌日、いつも通りを装って図書館へ出勤する。事情聴取で気づいた私の疑問を確認しにいくために。 図書館職員は裏にある職員通用門から入る。簡素なロッカー室で制服に着替えた後、朝礼に合流する。朝礼といっても、今日の予定とシフトを確認するだけの古文さんの唯一の仕事。会社にいた時は社訓を唱和したりと、洗脳の儀式があったことを思い出す。しかしこれがメンタル的に良くないので、出来る限り忘れようとする。朝礼はちょっと苦手だ。 今日の予定として、小さな子供への読み聞かせがある

短編小説|本の墓場と天才の閃き #4

4.変わらない結末 二度目の警察署へ。今回は目撃者という立場だから気が楽なものの、あまり来たいと思うような場所ではない。受付で事情を説明すると、今回はその場で内線電話から倉井氏が呼び出された。2階から降りてきた倉井氏は、シンプルなパンツと控えめなヒールだけどやっぱりおしゃれな感じ。私もああいうオーラをだしたい。 「依田さん、ありがとうございます。今日は事故現場と、良ければ図書館にも伺いたいと思いまして、今から私どもの車で同乗していただくという形でもよかったでしょうか?」

短編小説|本の墓場と天才の閃き #5

5.私にできること 3日後の10月15日月曜日、当初交通事故と思われた事件は、殺人未遂事件に切り替えられ、梶海の身柄を拘束したと報道があった。私の住んでる地域では衝撃が走り、そこから数日間はなんだか落ち着かない日々を過ごした。 捜査を担当していた原口氏と倉井氏から、その緊急ニュースから1週間後に電話にて捜査お礼を言われた。倉井氏とは今度お休みの日にカフェに行く約束もした。下の名前は美歩さんと言うらしい。ちょっと女子力あげておかないと・・! 古文さんはこの事件後、私の観察