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「とある7人のキャリア」 短編小説集

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7人の人物を通して描く、7つのキャリア開発の物語。全9万字程度のボリュームを複数回に分けて投稿します。ミステリー、ヒューマンドラマ、純愛、経済、異世界転生といったジャンルで作り分…
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#創作大賞2023

短編小説|縁結びのソイラテ #7終

第5章 崩れ落ちた「私」 厳しい、ってのは知っていたけど、まさかこれほどまでとは。 株式会社スタイルオブユーに転職した私だったけど、たった2ヶ月でそれが間違いだったことに気づいた。 たしかにデザイナーとして評価され、デザイン部の4つある課のうちの1課というエース部署に採用された。 が、新入りの私は先輩たちの雑用に追われる。下積みだというのは理解しているけど、毎晩5時間超過はザラなのに残業手当はない。 出来高制という制度は裁量労働制を改編した制度だった。 何か担当を任されれ

短編小説|縁結びのソイラテ #6

第4章 夢なら醒めて 食事だけ、という誘いだったのにー。 お会計をした後、手首を掴まれた。 乱暴な感じはなく、そっと・・・優しく。 だからこそその瞬間、電撃を感じた。 ときめき・・・なんてものじゃなく、ただただ恐怖の感情だった。 そしてその時の「彼」の表情は、決して私に安心感を与えるものではなかった。 真顔で、虚ろで、舌なめずりをされているような。 とっさに手を振り払ったタイミングで、バランスを崩す。 慣れないヒールだったし、肩の空いた服だったしで、私は肩に痛みを感じな

短編小説|縁結びのソイラテ #5

第3章 後編 成り行き 私のデスク側にある窓から外を見渡すと、いかにも雨が振りそうなどんより雲。 気づけば約束の11時を15分くらい過ぎていた。 約束の時間を守れないなど、相変わらず気に入らない会社だなと思う。 そういえば午後の天気は大雨だと予想されていたのに、傘を忘れた。 やっちまった・・・と残念に思っていた矢先、事務所のドアをノックする音が聞こえた。 すぐさま、木崎さんが顔を出した。 「こんにちわ、スタイルオブユーの木崎です」 「はい、お待ちしておりました」 私は小

短編小説|縁結びのソイラテ #4

第3章 前編 くつろげない日々 私は今、全速力で走っている。 ちょっと踵が高い靴だけど、まだ20代だと言っても過言ではない体力には自信がある 大通り沿いなのに歩道の幅が狭いから、人とすれ違うのがちょっとしたアトラクションのよう。 時折、路上に置かれている自転車に苛つきながらも、クライアンとであるイタリアンのお店には最速で到着できた。 ちょっと息が切れているけど・・・これは都合がいい。 大至急向かってきたと伝わるはず。 「はぁ、はぁ・・、ふぅ・・・」 と、グッとつばを飲

短編小説|縁結びのソイラテ #3

第2章 お誘い 10日間にわたるアート展は大盛況だった。 私のデスクから見える外の大通りで県外ナンバーの車や観光バスを良く見かけた気がするし、TV局も取材に来ていたそうで、ネット上でも短いニュース動画も上がっていた。 もちろん、私達の作ったチラシもそこら中に貼り出しされていた。広告代理店としての私達は完全に黒子なんだけど・・・大役を果たした充実感にあふれていた。 アート展が終わってから二日後、文化振興課の担当の平川さんが事務所にはるばるお礼をしにやってきてくれた。役所の

短編小説|縁結びのソイラテ #2

第1章 行政委託事業 小さな広告代理店だから、とにかく小さな依頼を数こなして収益を上げることで成り立っている。単価の安さが大手との差別化になり、強みになる。でもだからといって安請け合いはしない。 そんな絶妙な加減の営業活動は、社長の高月さんのセンスに一任されている。 元々はデザイナー出身なのに、マルチな才能を発揮していて心底すごいなと感じる。 そんな感じで仕事を取ってきて事業を継続しているのだけど、利益率が高くそれほど営業努力を要しない仕事がある。 行政委託事業。

短編小説|縁結びのソイラテ #1

本降りだと思っていた灰色の雨雲から、季節を間違えたかのような日差しが顔色を伺う。 私のデスクは、小さなテナントビルの3階から通りを眺める位置にある。 仕事に集中していない時はついつい外の世界を観察してしまう。 「鳥居さん、ちょっとこのロゴ見てくれない?」 不意に社長から声をかけられたので、見当違いな返答をする。 「はい?この前の新規オープンのお店の件ですか?」 「ううん、ちがう。市役所の文化振興課のアート展のやつ」 社長と言っても、従業員3人の小さな広告代理店だから

短編小説|追い詰められた愛情

結婚はゴールではなくスタートだと良く言われるがまさにそう思う。 今、目の前で妻がドラマを見入っている。 リラックスしている時間帯だから安易に声をかけてはいけない。 先月学んだ。 結婚して3か月が過ぎた。 まだまだ、彼女のことが分からない。 機嫌のいい日と悪い日の差が激しく、地雷を踏んでしまう事を恐れてしまっている。 ただ、時折見せる可愛い笑顔でそんな恐怖はリセットされてしまう。 お互いに働いているから、家事は分担している。 女性は朝の支度が忙しいという事を知ってから、朝食