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ラジオドラマ脚本 2021−001

タイトル【希望の大地に、絶望の花束を】長編

〜東日本震災10年に捧ぐ〜

【SE】諭さんの呻き声

患者「朝から、うるさいな。諭さん?どうかした?誰か来てくれ!」
担当医「息子の琢磨さんに連絡して!」

【SE】琢磨の携帯電話のバイブ音

琢磨「…朝の電話。よくない事か…」

琢磨(M)親父、大丈夫だぞ!大丈夫だからな!絶対に大丈夫。

看護師「おい!危ないだろう!病院の廊下を走るな」

【SE】病室のドアを開ける音

琢磨「…生きてるか!」
担当医「今、鎮静剤を投与して、落ちつきました。寝たばかりなので、お静か  に…」
琢磨「…すみません」
患者「びっくりしたよ」
琢磨「ご心配かけて、すみません」
患者「よく寝てるよ」
琢磨「あっ、すみません。朝からバタバタさせて…」
患者「お互い様だよ」
琢磨「親父、よく寝てるな」
患者「少しは、安心だね」
琢磨「…往生際が悪いのは、流石、親父だよ」
患者「元気になるよ」

琢磨(M)親父、死ぬなよ。こんなところで死んだら、犬死だぞ。リベンジもできなくなる。希望だろ!

琢磨「親父、なんか寝言言ってるよ。呑気な病人だよ」

【N】オイルショックの頃、福島の海で、話し込む親子。かもめの群れ

雅夫「諭、まだ、朝の海は冷たいからな、風邪ひくぞ」
諭「漁師になるんだから、平気だよ」
雅夫「この春で、中学だよな。お前の将来は俺が決めてやるから心配するな」
諭「えっ?」
雅夫「漁師は、お前には向かない。よく覚えておけよ」
諭「やだよ、いや!」
雅夫「オイルショックが長引けば、収入が安定せずに、大事な人に苦労をかけ、悲しませるだけだ」
諭「母さんのこと?」
雅夫「あそこに見える巨大な建物は、この村の希望だ」
諭「かっこいいよね」
雅夫「この先、科学と進歩。科学はこの村にやっと、希望と安定をもたらしてくれるはずだ」
諭「漁師、かっこいいよ」
雅夫「原発が、来たことで、この村も、安定的な職業が出来たんだ。諭の好きな鉄腕アトムと同じだ」
諭「そうだけどさあ…」
雅夫「この村の未来を変えることができる建物なんだ。諭、お前はあそこで働くんだ」
諭「つまらないよ」
雅夫「さっきも、言ったように、お前に、漁師は向いてない」
諭「海がいいよ」
雅夫「親の言うことをちゃんと守れば、お前の将来は安泰だ」」

諭(M)あの時、未来を案じてくれたみたいだけど、親父、土地が消えたんだ。信じられる?

【SE】諭の呻き声

患者「起きたかい。よかった」
諭「何か…」
患者「諭さん、意識不明になったんだよ。昨日の朝」
諭「それで、あの時の夢か。親父が、この村の状況を見たら、どう思うだろう?」

琢磨(M)入院から。一年。晴天の午前中、何度目かの担当医との面談日。俺の疑問には、また応えてくれないだろう。

担当医「入院時からの放射線との因果関係ですが…」
琢磨「今でも、はっきりしないのですか?」
担当医「現状では…」

琢磨(M)貧乏くじは引きたくないっていう顔してるよ。
琢磨「エビデンスが、今後、僕らの裁判では、大変に重要なことなんです。理解してもらえますか?」
担当医「正直、なんとも…」
琢磨「1年間、100mSv超えてまで、働かされていたのは事実です。放射線の影響、知らない訳はないんです」

琢磨(M)慎重な親父が、無理するはずは、絶対にありえない。

担当医「でも、放射線が全てとは限りませんから…」
琢磨「チェルノブイリでも、放射線との因果関係は事実として確認されていますが…」
担当医「私から、何も、言えません…」

琢磨(M)親父、ごめん。また、いつものように、堂々巡りだよ。放射線と親父の病気の因果関係…。エビデンスがあれば、裁判の証拠として提出も可能なはず、誰も…。

【N】病院に向かう琢磨さん

琢磨(M)親父の見舞いも三年を超えたか。消毒液と、お昼の食事の匂いが混じった病室だけは慣れないなあ。

【SE】4人部屋の病室の扉を開ける音。

患者「小さな声で…」
琢磨「親父、どうしたんだよ。大きな声を出して…」
諭「それは、社長、約束が違いませんか?えっ…。そんなことを今更…。納得いきませんよ。事務所の方に…。だめなんですか?」

琢磨(M)なんだ、あんなに声を荒げるなんて珍しい。

琢磨「親父、病室だよ」
患者「なんか、大切なお話のようだし…」
諭「すみません。会社からの連絡だったもので、つい…。気をつけます」
患者「できれば、病室の外で…」
諭「申し訳ない」
琢磨「緊急な話だったのか?」
諭「いや…」

琢磨(M)親父、あんなに、大声を出すなんて…。

諭「さっきは…、すまない」
琢磨「具合は、どうんな感じ?」
諭「今日は、気分がいいな。昼もちゃんと、食べれたし、ただし、病院食は相変わらず、まずいなあ。カツ丼が食べたい」
患者「同感、あっ、横から失礼」
琢磨「初めまして、ですよね?」
諭「先日、入院してきた斎藤さんだ。これは、俺のばか息子で琢磨。俺より、ちょっとだけ背が高く、男前」

琢磨(M)バカなこと言うなよ。また、親父、か細くなったような気がする。

琢磨「味覚が正常なら、回復してる証拠だよ」
諭「いくつになった」
琢磨「来月で、25歳」
諭「俺が、結婚した歳だ」
琢磨「…そうなんだ?」
諭「俺の若い頃、そのくらいで皆、結婚したもんだ」
琢磨「今の俺じゃ、無理だな」
諭「時代が違うかもしれないが、結婚と家は早い方がいいぞ」
琢磨「結婚なんて、その前に就職だ」
諭「言うことを…」
琢磨「電力会社からの給付金が、年内で終了。早いもんだよ、10年なんて」
諭「もう、10年か」
琢磨「絶望の10年だよ。何も変わってないんだけどね。俺らの周りだけ…」
諭「追い出されて、戻ることもままならない」
琢磨「絶望ついでに、家の周りにフレコンパックの丘ができて、海が見えなくなった」
諭「ビール飲みながら、見てた海がか…」
琢磨「この先、家の周りのフレコンパックは、なくならないだろうと思ったよ」
諭「信じられるか…」
琢磨「表土の剥ぎ取りの事業終了のようだけど、大量の土砂はどうなるのやら…」
諭「どこかで処分するだろ…」
琢磨「どうだか、責任者が不明なことと、処分の決定を下す責任を誰がするのか。貧乏くじをたらい回しだよ」
諭「何も変わらずか…」
琢磨「電力会社が国を守るようにしか見えないんだ。許認可を出した国の責任のはずなのに…」
諭「住民の気持ちは…」
琢磨「もう、金で解決したと思ってると思うよ。もう、10年も補償したのだから、もう、十分だろって…」
諭「俺の親父が聞いたら…」
琢磨「騙されたのさ、明るい未来のエネルギーに…」
諭「俺が建てた原発が…」
琢磨「親父の責任じゃないよ。孫請けだろ」
諭「安定した未来のはず…」
琢磨「今の希望は、家に帰ることだろう?違うのか?」
諭「帰ることが希望じゃなくて、住むことが希望だ、住むことができないなら…」
琢磨「残土、産業廃棄物として処理するのかな?」
諭「放射性廃棄物だぞ、きちんと、処理しないとコンプライアンス違反だ」
琢磨「このままっていう訳にもいかないだろう?」
諭「永続的な処理場じゃないからな…」
琢磨「なら、住めないね」
諭「住むためには、責任者である国が…」
琢磨「時間稼ぎをして、公害問題と同じ構図だよ。有耶無耶するんじゃないのかな」
諭「前例がか…」
琢磨「親父は、寛大だよね。俺には、この問題に関しては、寛大な気持ちにはなれない。何があっても、製造責任を取らせる」
諭「やめておけ…」
琢磨「当たり前のことだろう?」
諭「お前のためにならない…」
琢磨「誰かが、現実を見せつけない限り、絶対に、誰も責任なんてとらないんだよ」
諭「それは、そうだが…」
琢磨「放射性物質に囲まれて、住むことは無理なんだよ。親父!」
諭「時間が解決して…」

諭(M)俺の親父たちが切り拓いた土地がこの国から消えていくとは…。

【SE】ドアが、開き、担当医の先生が入ってきた。

担当医「お話中、すみません。琢磨さん、お時間拝借できますか?」
琢磨「はい、大丈夫です」
諭「私に、気を使わなくても、大丈夫です」
担当医「診察室まで…」

【SE】診察室に入る。カーテンの開く音

担当医「そこに腰掛けてください」
琢磨「親父の容体は、どんな感じなんですか?以前、お話聞いた時は、癌は、進行していないと…」
担当医「病状としては、そんなに変わりはないと思いますが、血圧が、ここのところ少し高いようで…」
琢磨「前からだと…」
担当医「今日は、別の件で、お話が…」
琢磨「えっ、今月の入院代が?親父の会社から振り込まれていないんですか?」
担当医「会社の方から、何も聞いていませんか?」
琢磨「任せっきりで…」
担当医「そうですか。困りましたね…」
琢磨「親父じゃないと…」
担当医「今まで、こんなことが一度もなかったもので…」
琢磨「僕も、初耳です」
担当医「支払いに関して、会社の方に確認してもらえますか?」
琢磨「…強制的に退院させられることはないですよね」
担当医「信頼されてないみたいですね…」
琢磨「いや、そんな…」

琢磨(M)この国の全てが信頼できないんだよ。

【N】病室に戻った琢磨さん

諭「先生、なんだって?」
琢磨「なんでもないよ。ここの病院も、長期の入院患者が多くて、病室のこととか相談された」
諭「何かれば、正直に話してくれ」

琢磨(M)正直に、入院費が払われていないなんて言えるかよ。

琢磨「まずは、就職が先だよ…」
諭「正社員になれよ」
琢磨「今更、正社員なんて、億劫だよ。俺に向いてないよ」
諭「正社員であれば、俺のように、労災も出るし、入院しても、全額ではないが、給与保証されるんだ」
琢磨「会社って信じられるのか…」
諭「信じろ、会社は、お前をちゃんと守ってくれる…」
琢磨「漁師やろうかな?」

琢磨(M)親父をこんな風にしておきながら、会社は一切今後のことを話そうとしない。信じられるわけないだろう、親父!

諭「それだけは!だめだ!ゴホッゴホッ」
琢磨「無理するなよ」
諭「お前の人生だから、俺がとやかく言うことではないが、人生の先輩の声は、聞いておいて損はないぞ」
琢磨「俺の人生か…」
諭「そうだ、お前の人生だ。老いた老兵は消え去るのみだからなあ」
琢磨「カッコつけるなよ」
諭「今だけを見るな、人生は、今だけじゃないんだ。今の蓄積が将来に繋がるんだ」
琢磨「また、説教かよ…」
諭「嫁さんだけど、ほら、幼馴染で、同級生の望ちゃんはどうだ?仮設でお隣さんの」
琢磨「…優等生だよ」
諭「役場でもしっかりものらしいぞ。望ちゃんは、お前のことも、よく理解して…」
琢磨「いいよ、あいつのことは…」
諭「中学の頃、お前が、グレかけた時に、望ちゃんが、俺によくお前のことを報告にきたよ…」
琢磨「なんで、親父が学校にいいタイミングで現れるか不思議だったんだ。あいつ…」
諭「でもな、望ちゃん、お前に非がない時は、俺に、担任の悪口言ってたよ」
琢磨「そんなことが…」
諭「俺の感が、正しいなら、望ちゃんは、お前と結婚を考えてるはず…」
琢磨「あるわけないだろ…」

琢磨(M)あいつのことは、大好きだけど…。今は、ここの入院費をどうするのか?親父、物事には優先順位があるんだ。

諭「寝言だと思って、聞いてくれ」
琢磨「なんだよ…」
諭「…親父が絶対の時代。子供の考えが尊重されるなんてあり得なかった」

諭(M)俺は、漁師になりたかったのに、親父に将来を捻じ曲げられたんだ。そんな思いをお前に…。

琢磨「好々爺だと…」
諭「親父の顔色を、いつも、怯えた目で、みていたんだ。それが当たり前の時代だった」
琢磨「仲がいいものだと…」
諭「親父が、怖かったんだ。死んだ今でも、枕元に現れて、説教されると…」
琢磨「夢の中でかよ」
諭「でもな、あの建物が、段々と出来上がる時は、東京タワーと同じくらいにワクワクしたもんだ」
琢磨「悪夢のエネルギーだよ」

琢磨(M)科学は、夢を実現するものだと学校で教わったけど見事に裏切られた。科学が絶対的な希望の星だったのは理解できるけど。

諭「希望に、踊らされて、騙されて、今じゃ、このざまだ」
琢磨「希望に騙されたのは…」
諭「その希望も、今じゃ、お荷物。村人の分断を招く厄介者だ」
琢磨「金と両天秤」
諭「若い時の何者でもない自分。自信が持てなかった俺が悪かったんだ。今更だけどな」

諭(M)今でも、親父の反対を押し切って、漁師になったらと思うよ。
琢磨「…ちょっと、用があるから、帰るわあ」

【SE】望のスマフォのバイブ音

望「あれ?だれから電話だろう?」
諭「あっ、望ちゃん?」
望「諭のおじさん、どうしたの?体調でも…」
諭「最近、調子いいんだよ。今日も、琢磨が来てさぁ…」
望「考えそうなことですね」
諭「望ちゃんはさぁ、どうなの?結婚とか…」
望「えっ、えっ、え〜〜」
諭「いきなりで、ごめんね」
望「そりゃ、結婚考えてますよ」
諭「うちのバカとは?」
望「や、やめてくださいよ。ただの幼馴染ですってば…」

望(M)困らせないでください!

諭「俺のことで、多分、就職を考えてるようなんだ。ばかの相手をしてやってくれ」
望「心配な気持ちは…」

望(M)気持ちは、わかるけど、自分の気持ちは自分で伝えるから、変に気を回すのはやめて。

諭「だよな、わかった…。任せろ!」
望「おじさん、お願い…、切れちゃった」

【SE】駅に電車が入って来た

望(M)琢磨のお父さんと、変な話ししたから、心配になって駅に来ちゃったよ。

望「おーい!おーい!おいってば」

琢磨(M)ヤバイのに、見つかったよ。幼馴染の望。子供の頃から一緒。性格と顔は可愛いだけどさあ…。

望「どこ行くのよ〜」
琢磨「あれ、望?気がつかなかったよ」
望「とぼけないでよ。お父さん、大丈夫なの?」
琢磨「洗濯物の交換と、ちょっと、今後のことで相談だよ」
望「年内で切れるもんね」
琢磨「就職を考えないとさあ、いつまでも、給付金頼りっていうのも…」
望「追い出されたんだよ」
琢磨「親父と同じことを言うなよ」
望「ほんとのことだもん」
琢磨「確かにそうだと思うが、いつまでも、後ろ向きじゃダメだろ、前を向かないとさあ」
望「ここには、希望だけがない」
琢磨「どうした?女優かよ」
望「ないんだよ、ここには…」
琢磨「希望だけ…、そう希望さえも、見つけられないかもな…」
望「希望が見えてないの?」
琢磨「残念ながら…。見えていたら、迷うことはないよ」
望「結婚とかは…」
琢磨「働く場所と、給料を考えると、結婚の2文字がとてつもなく、遠くに感じるよ」
望「考えてはいたんだ…」
琢磨「なんだよ…」
望「今、こいつに、喋っちゃ、まずいと思っ
てない?」
琢磨「嘘はつけない」
望「貝のように、口は硬いんだからね」
琢磨「なんか疲れたから、もう、帰るわあ」

琢磨(M)もう、ぐったりだな。親父の金のことで。もう、考えるのは、明日にしよう。風呂入って寝よう。

【N】消灯後の病室


患者「諭さん、寝言は勘弁してよ」
諭「若い頃は、寝言なんて、言ったことなかったのになあ」

【SE】食卓で夕飯を囲む

雅夫「…諭、お前の将来のことだ。よく聞く
んだ。これからは、漁師の時代じゃない」
諭「何、言ってるんだよ」
雅夫「こんな感じで円高が進めば燃料費も高騰、魚をとっても損するだけだ」
諭「一時的だろ」
雅夫「俺の話を聞くんだ。口答えは許さん」
諭「顔、怖いんだけど」
雅夫「この高校に、お前は進学しろ」
諭「なんだよ、小名浜水産高等学校に行かせてくれよ」
雅夫「だめだ、お前は、福島工業高校に行くんだ。もう、受験の手続きをしてきた」
諭「絶対に、受験しないからな」
雅夫「黙れ」
諭「なんでだよ」
雅夫「俺が決めた。お前に選択の余地はない」
諭「ボイコット!」
雅夫「なら、いますぐに、この家から出て行け!すぐにだ」
諭「跡継ぐんだぜ」
雅夫「だめだ!だめだ!だめなものはだめだ!」
諭「理不尽すぎるよ」
雅夫「漁師の仕事は、この先が見通せないんだ。お前には、わかるまいが…」
諭「将来なんて、父さんだけが見えるのかよ」
雅夫「屁理屈を言うな」
諭「父さんと一緒に、海に出るのは、そんなにだめなことなのか?」
雅夫「だめだ」
諭「親の仕事を継ぐとなれば、喜ぶのが普通だぜ」
雅夫「だめだ」
諭「なんなんだよ。どうしてなんだよ。後継だぜ」
雅夫「だめだ」
諭「何が、ダメなんだよ」
雅夫「誰が、高校の金を出すんだ?お前が全部出せるのか?どうなんだ」
諭「明日から、船に乗る」
雅夫「なら、今から、この家を出て行くんだ。勘当だ。わかったかぁ」
諭「いてぇなあ!離せよ」
雅夫「少しは、頭を冷やせ。帰って来るなよ、いいか」
諭「帰るもんか!バカ親父!」

【N】患者さんが声をかける

患者「おい、おい、おい」
諭「あっ」
患者「なんか、うなされてたみたいだよ」
諭「起こしてしまいましたか?すみません」
患者「変な夢でも…」
諭「親父と夢の中でも、大喧嘩してて…」
患者「俺も、そうだったよ」
諭「厳しい親父の時代か…」

【SE】電車の音

琢磨(M)朝の通勤電車で役所に向かうのも、なれてきたな。職探しはなれないけど。

琢磨「そう…。ここで、就職を考えて…、やっぱり、難しいですか?」
役場の人「現状、ここでの仕事だと、原発関連になるけど、君の年齢にはすすめられないよ」
琢磨「なんでですか?」
役場の人「賃金が安いし、過酷だよ。それに放射線のことも…」
琢磨「僕は、気にしません」
役場の人「未来を見た方がいいよ」
琢磨(M)そんなことを気にしたら、ここは、もう、ゴーストタウンだよ。

【SE】下校の合図を告げるチャイムの音

【N】病室で向き合う二人。

琢磨「窓閉めようか?」
諭「お前の人生は、お前一人で切り開くんだ。いいな」
琢磨「当たり前だろ」
諭「この先のことが、心配なだけだ」

琢磨(M)俺は、親父の入院費の方が、心配だよ。会社に連絡しても、折り返しもなし。

琢磨「やりたいようにするさあ…」
諭「嫁さんを早くもらえ、今すぐにでも、結婚しろ」
琢磨「だからさあ…」
琢磨(M)まずは、親父の問題を先に片付けてからだよ…

諭「俺に、孫の顔を見せてくれ。もう、時間がない…」
琢磨「縁起でもねぇ」
諭「お前にも、好きな人ができれば、背負うものが増えると思うが、それが責任だ。そして、子供は、お前の希望になる…」
琢磨「子供が、希望?」
諭「希望は、捨てるなよ。そして、希望だけは絶対に信じるんだ」

諭(M)変な風に解釈はするなよ。俺は、俺の親父に将来を握られてた。だから、お前にそんな思いをさせまいと育ててきた。

琢磨「まだ、希望を信じてるのかよ。騙され続けてるんだぞ、今でも…」
諭「だが、必要なことなんだ」
琢磨「疑えとか、信じろとか?なんだよ」

琢磨(M)親父、今の俺には、希望や夢なんて、信じるほど、子供じゃないんだ。いつまでも、希望を持つ?どうかしてるよ。

諭「希望さえ、信じられればなあ…」
琢磨「ちょっと、ごめん。用事があるから今日は、もう帰るよ、じゃ」

琢磨(M)ここに希望なんてねえよ。絶望という言葉で固められた世界だよ。俺の希望は、失望の始まりかも…。

【N】同室の患者さんに、何かを教わってるようです。

諭「メールの打ち方を教えてくれないか?」
患者「いいですよ」
諭「どうも、老眼がひどくて、億劫になってから、メールいいかと思ってたんだけど…」
患者「なんか、あったんですか」
諭「いや、いろんなことに興味を持たないと老け込むだけだからさあ」
患者「ボケ防止にはいいかも…、あっ」
諭「ボケてない!」
患者「打ちましょうか?」
諭「だめだ、これは、極秘事項なんだ」
患者「こんな感じで打ってください」
諭「わからなくなったら、また、教えてくれ。よろしくなあ」

【諭のメール】「望ちゃん、琢磨のことだけど、俺の口からは、うまく伝えられそうにないから、望ちゃんに任せるよ…」

【SE】望のスマフォのバイブ音

望「あ、諭のおじさんから…」

【諭のメール】「この間、電話でごめんね。琢磨のこと、よろしく頼むね。望ちゃんの花嫁姿見たかったなあ」

望「おじさん、やだ。もう…。なに、言ってるの」

【SE】テレビのアナウンサー「今日の午後、原発廃炉工事現場で、クレーンが倒れた模様。詳細が確認出来次第。ご報告させて戴きます」

琢磨「あっ、もしもし。琢磨ですが、達也社長はいらっしゃいますか」

【SE】電話の保留音

事務員「社長ですが、どうも、現場に行ったみたいです。すみません」
琢磨「この間、就職の面接を受けたんですが、その後、どうかと思って…」
事務員「あっ、そうですか。社長に伝えておきます」

【N】夕暮れの喫茶店店内

【SE】喫茶店の女性店員「ホット、2つかしこまりました」

望「…また、希望の話?いつも、私と会うとその話ばっかり」
琢磨「希望が、絶望に変わった。この村で希望ってなんだよ」
望「失望の反対じゃん」
琢磨「失望かあ、言い得て妙な感じだな」
望「琢磨の希望ってなに?」
琢磨「そうだな。まずは、親父が退院。戻れるように家の整備かな。そのためにも、就職しないと…」
望「就職、決まりそうなの?」
琢磨「親父のいた会社に決まりそう」

琢磨(M)どうしても、真相が知りたいんだ。

望「二代目社長、相当のやり手で、社員に対して厳しいって噂だよ。大丈夫?」

望(M)絶対に、無茶しないで。おじさんとも約束したんだからね。

琢磨「望は、家に戻りたくないのか」
望「私は…」
琢磨「なんだ、どうしたんだよ。あっ、親父さんだな」

望(M)親父さんより、琢磨の方が心配。気がつけよ。この ば か や ろ お。

琢磨「親父さんの先行きのことで、心配してるのか?お前が嫁に行ったら独りだもんな」
望「あたりまえでしょ」
琢磨「親父さんだって、嫁に行ってくれって、きっと、思ってるぞ」

望(M)この鈍感男め

望「最近、言われたばかりなんだから…」
琢磨「ほれ見ろ、親父さんも、心配なんだよ」
望「でもね…」
琢磨「親父さんを、早く安心させてやれよ」
望「誰でもって…」
琢磨「うちの親父も、最近、嫁もらえってうるさいんだよ、だけど、就職が先だよ」
望「その気はあるんだよ…」
琢磨「なんとしても、爺さんが作った家に戻してやりたいんだ」

望(M)真っ直ぐに見つめないでよ。恥ずかしいよ。
琢磨「お前のその頑固なところが、モテない理由だぞ」
望「あ り が と う」
琢磨「可愛くないなあ」
望「あ〜、この鈍感男とは、話にならないよ。もう〜いやだ」
琢磨「こっちもだよ」
望「人の気持ちが、わからないこの鈍感や ろう!」
琢磨「いつの間にか、満席だな」
望「そらすなよ!話を…」
琢磨「ちょっと、用事があるから、先に行くよ。支払っておくから、ゆっくりしていけば…」

望(M)鈍感な男って、最低だよなあ。永久就職って聞こえていたはずなのに、絶望の淵に叩き落とされた気分。

望「ば か や ろ !」


琢磨(M)ごめん…。望、ありがとう。

【N】初日、出社。

【SE】事務所のドアを開く

琢磨「おはようございます」
事務員「いらっしゃいませ」
琢磨「今日から、働くことになった、琢磨です。よろしくお願いします」
事務員「諭さんの息子さんだよね…」
琢磨「お一人なんですか?」
事務員「原発で昨日、事故が起きて、みんな駆り出されているんだよ」
琢磨「俺も行きます」
事務員「社長から事務所待機でと言われてるから、ゆっくりと座ってて」

琢磨(M)ここで、親父も働いていたんだ。なんだか、親父の知らない面をのぞいてる様で不思議な感じだなあ。

【SE】事務所の扉が開く音

達也「おっ!琢磨くん、きてたか」
琢磨「お世話になります」

琢磨(M)想像よりも、お腹の出た人なんだな。作業着のシャツがはみ出てる。左手だけ白い、ゴルフやるんだあ。

達也「入院費については、こちらの認識不足だった。今月末までに振込んでおくから、心配しないで」

達也(M)なんだよ、まるで、俺が親父の入院の原因みたいな顔してるぜ。

琢磨「強制的に退院させられたら、困りますんで」
達也「琢磨くん、お昼を食べたら、僕と一緒に現場に行ってもらえるかな?」
琢磨「はい!」
達也「線量計を着けて、タイベックス着用になるけど、体力に自信はある?」
琢磨「あります!」

達也(M)親父さんに似て、融通が効かないと困るんだけど、技術者じゃないから、使い捨ての駒だと思えばいいか。

琢磨「足手まといにならない様に頑張ります」
達也「おい!タイベックスと線量計を用意しておいて!返事は?えっ、どうしたんだよ!」

琢磨(M)言葉使いが荒い人なんだ。印象と違うな。

達也「さて、現場に行こうか」

【SE】車に乗り込む二人。

琢磨「社長、僕は、現場で何をすればいいですか?」
達也「今日は、資材の運搬だな」

達也(M)なんでもやれよ。言われたことは…。作業員は、従順が一番だからな。

琢磨「わかりました」
達也「初日だから、何も期待はしないけど、足手まといにならない様に…」

【N】クレーンが転倒した現場。監督官から、注意事項を申し受けている琢磨さん。

琢磨「土を掘り返したりしたら、高い線量が出ることがあると…」
達也「新人なんだから、気をつける様に」
琢磨「はい」
達也「いいか、線量計がなったら、気をつけろ、お前さんの将来に、渡って影響が出る可能性があるからな」
琢磨「高線量に注意と…」
達也「結婚してるんだっけ?」
琢磨「まだです」

達也(M)結婚してないんだ。好都合じゃん。うまく働いてもらわないと。

【SE】重機の音が響く現場。

達也「どう?仕事、できそうかい?」
琢磨「体力はあるんで…」
達也「タイベックス、着ての作業も、大変だけど、これ、決まりなんだよね」
琢磨「法令遵守ですよね」
達也「そう、遵守だよ。うちは、しっかりと守ってるよ」
達也(M)法令遵守なんて、表面上だけだよ。ちゃんと、働けよ、労働者!

【N】夕暮れ、会社に戻るマイクロバスの車内。従業員が思い思いに寛いでいます。

琢磨「隣、いいですか?」
正太郎「いいよ、諭さんの息子さんだよね?僕は、正太郎、呼び捨てでも構わないよ」
琢磨「それは…」
正太郎「今日は、金曜日だし、歓迎会も兼ねて、飲みに行かないかい?」
琢磨「気を使わせて、すみません」
正太郎「割り勘だから…」

【SE】居酒屋の店内の喧騒

琢磨「毎回、タイベックスを脱いで、シャワー浴びて帰るんですか?」
正太郎「諭さんが入院して、みんな、がっかりしてるよ」
琢磨「技術屋だから、現場は…」
正太郎「現場に来ることはないけど、放射線のことや線量計のこととかよく教わったよ」
琢磨「頼られてたんだ」
正太郎「二代目社長には、煙たがられてたよ。先代からの社員だから、よけいだったかも」
琢磨「ビール、追加しますか?」
正太郎「諭さんが入院する前くらいから、うちの会社の線量計が鳴らないことが頻発してさあ…」
琢磨「で、直ったんですか?」
正太郎「そんな事がたて続きに起きた時くらいに、諭さんが急に入院して、有耶無耶だよ」
琢磨「国からの助成とかは?」
正太郎「社長の考えは、おそらく、使い捨ての駒だろうね。俺たちの存在は…」
琢磨「コンプライアンス順守って…」
正太郎「この仕事、搾取の構図が出来上がってるんだよ。見て見ぬ振りさ」
琢磨「絶望の国か」

【N】2人とも、いい感じで出来上がってきた様子です。

正太郎「内緒にしてくれよ。親父さんは、会社の犠牲者かも」
琢磨「犠牲者?」
正太郎「ひっく、だからさ、線量計の…」

【N】駅前で、別れる二人。

琢磨(M)親父、どうも、あの社長、二枚舌みたい。正直者は騙される運命なのか。

【N】諭さんの病室

患者「諭さん、朝の回診がきたよ」


【SE】カーテンを開いて。

患者「諭さん!諭さん!誰か〜」
看護師「どうしました」
担当医「おい、ストレッチャーを」
看護師「はい!」
担当医「のせるぞ!1 2 3!」
看護師「息子さんに、連絡して!」

【SE】スマファのバイブ音

琢磨「何が、どうしたんだよ。今、病院に向かうからな。持ち堪えてくれよ。あんたは、往生際の悪い男なんだからさ」

看護師「またか!院内、走るんじゃない!」

【SE】緊急治療室のドアを勢いよく開ける。

琢磨「親父!」
担当医「急変して…、甲状腺癌だけだと…」
琢磨「違ったんですか?」
担当医「…動脈瘤破裂です。回診の時には、もう、すでに…」
琢磨「原因は、やはり、放射線?」
担当医「その可能性については、断定は…」
琢磨「あんたの言ってることは信じられない」
担当医「私は、放射線の専門家ではないので…」
琢磨「思考停止状態…」

琢磨(M)こんな時でも、保身なんだ。自分の言葉に責任持てないのかよ。

担当医「こんな時になんですが…」
琢磨「わかっています…、支払いですね」

琢磨(M)親父、何がどうして、こうなったんだよ。答えてくれよ。俺を納得させてくれよ。なんでもいいから目を覚ませよ!
望「あれ?朝、慌てて、出て行って、そのまま…。何かあったのかしら?」

琢磨(M)なんで、あいつが家の前にいるんだよ。

琢磨「望、何かあったのか?」
望「こっちが聞きたいよ、何かあった?」
琢磨「死んだ」
望「どういうことよ?だって、持ち直したって…」

望(M)この前、メールもらったばかりだよ。なんでよ。

琢磨「死んだ」
望「だから、なんでなのよ?どうなってるの」
琢磨「だからさあ、死んだ」

望(M)今は、どんな言葉も無意味かもしれないけれども。琢磨らしく、目を見て話してよ。いつものように…。

望「夕飯、うちで食べていけば?家に戻っても、何もないでしょ?」
琢磨「…減ってないし」
望「だめ、無理にでも、食べさせるからね」
琢磨「死んだんだ」

【N】いきなり、琢磨を抱きしめる望。

琢磨「やめろ、触るな」
望「わかった…。でもねぇ」
琢磨「おい、よせよ」
望「琢磨、泣いてもいいんだよ。こんな時はさあ」

【SE】スマフォのバイブ音

琢磨「ごめん。もしもし、明日の現場…、親父が…。死んで、はい」
望「何かあれば、いつでも連絡して…」

琢磨(M)気持ちの整理がつかないんだ。ごめん。明日のことで、手一杯なんだ。

【SE】病院のロビー

葬儀社の人「ご遺体を病院から、ご自宅まで、車でお運びいたします」
琢磨「身内だけで、ひっそりとやりますので、焼き場の手配も…」
葬儀社の人「祭壇の件で、後で家の方に、伺います」

【SE】経理のドアを開ける。

琢磨「失礼します」
経理「ご用件は?」
琢磨「すみません、親父の入院費用の件で伺いました」
経理「請求書の方が、出来てるので、今月末までにお振込をお願いします」

琢磨(M)ビジネスライクに言いやがるなあ。死人には、用がないから、早く出ていってくれと言われてるようで、無性に腹が立つ。

琢磨「ありがとうございます」

琢磨(M)また、望か。

望「琢磨、病院の方は、問題なし?迷惑?」
琢磨「子供じゃない…」
望「子供の頃さあ、いつも小川で、魚獲ったり、夏は、桃を川で転がして食べたりしたよね。戻れないのかな…」
琢磨「…ごめん」
望「なんで、謝るの?」
琢磨「いや、なんとなく」
望「希望に溢れた子供に戻りたい」
琢磨「これから、葬儀社の人が来て祭壇の打ち合わせなんだ」
望「居たらダメ?」
琢磨「後で、そっちに行くよ。望の親父さんにも、話をしないといけないから」
望「お葬式、手伝えることがあれば…」
琢磨「その時は、よろしく…」

【SE】望、琢磨の家のドアをノック

望「いるの?」
琢磨「ごめん、忘れてた…」
望「おにぎり握ってきたけど…」
琢磨「そこに置いといて」
望「シャケだよ」
琢磨「気を使わせて、ごめんなあ。おにぎり、ありがとう」
望「わかってるって」
琢磨「あっ、親父の骨、浪江町のお寺さんに納骨するつもり」
望「シャケ、好物だよね」
琢磨「おにぎり、ありがとう。おやすみ」

琢磨(M)この村に留まる理由も無くなったな。家、どうしたらいい?親父。

望「おにぎりだけか…」

諭(M)シャケのおにぎりだぞ。琢磨、お前の好物だろ。大切に食べろ。お前の人生の希望が…。わかるだろう。

【N】葬儀から2週間、仕事から自宅に戻った。お父さんの部屋で、何か探しています。望さんが、玄関に…。

望「琢磨!、戻ってきたの。ご飯、あるけど、どう?」
琢磨「どうした?」
望「それは、こっちが聞きたいくらいだよ」
琢磨「仕事をしてると、気が紛れるよ」
望「よかった」
琢磨「たださあ、親父の死んだ原因は、どうも、あの会社にありそうな…」
望「そんなこと考えてもさぁ、仕方ないじゃん」
琢磨「きちんと、させないと、気持ちが…」
望「ちゃんとした未来の希望を…」
琢磨「ただ、俺としては、親父のことがどうしても頭から…」
望「もう、過去を変えることはできないんだよ」

琢磨(M)敵討ちとは思ってはいないけど、納得できる答えが欲しんだよ。

琢磨「ただ、答えは見つけたい」
望「その気持ちは、わかるけど。そんな事に意味はあるの?」
琢磨「なんだよ、俺の味方じゃないのかよ」

望(M)ねぇ、いつものように、真っ直ぐに私を見れないの?

望「いつでも、君の味方…」
琢磨「なら、見届けてくれよ」
望「無茶だけはやめて、おじさんからも、頼まれているんだかね…」
琢磨「俺の気持ちが収まらないんだよ」
望「そんな気持ちからは何も生み出さない!」
琢磨「俺の気持ちだけ…」
望「…なんで。見れないの?」
琢磨「なんだよ…」
望「もう、理不尽なことを許容される時代じゃないんだよ」
琢磨「俺の気持ちだよ…」
望「だめ、許せないよ。ちゃんと、私を見て!」

望(M)琢磨、この先も、一緒にいたいんだよ。だから、ちゃんと、私を見て欲しいの!

琢磨「俺の未来って…」
望「目を見ていってくれない?」
琢磨「なあ、望、絶望しかないここで、希望の種を蒔こうと思うんだけど、だめかな…」

琢磨(M)絶望に、花束を添えて、さよならだ。

望「愛してるって、言ってくれないの?この絶望の国で」


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