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2023-007タイトル【過去の絶望と未来の…】ラジオドラマ脚本 0526

人物表
加藤大輝 30歳 国交省の元役人。
加藤陸 30歳 大輝のお祖父さん
加藤大輝の父親

山田未月 28歳 函館生まれ函館育ち
山田梅 34歳 都市計画草案者。
山田梅の担当教授 52歳
山田未月の上司の課長 55歳

【SE】終業を告げるアナウンス「函館市役所の本日の業務を終了と
    させていただきます」

未月(元気に)「お先に失礼します!」
課長 「ちょっと、いいか」

未月(M)でた、課長のちょっとは、ちょっとじゃないんだよな〜。函館市役所の
     都市伝説。

未月 「もう、かえっ…」
課長 「函館の都市計画は、函館大火から始まったと言われている。干支があと一
    回りすると…」
未月 「えっ〜と…」
課長 「100年の節目を迎えるんだ。君ら若い力で、再検証してもらえない
    か?」

【SE】机の上に資料の束を置く音

課長 「この都市計画のお陰で、この函館は農産物だけではなく、観光という資源
    を作れたんだ」
未月 「そうですけど…」

未月(M)私の知らない過去の話をほじくり返して誰かに迷惑がかかったりしませ
     んか?

課長 「役所では、過去の検証はタブーかもしれないが、未来の希望のため…」
未月 「未来の希望?」
課長 「私もそろそろ退職だ、花道を作ってくれないか?お願いできないかな?」

【SE】居酒屋の喧騒

大輝 「馬鹿にすんな!函館で、燻るわけにはいかないからな!」

大輝(M)なんで、この俺が、函館市の都市計画の検証しなきゃいけないん
     だよ。この俺がさあ〜

店主(声を潜めて)「大声やめてくれよ」
大輝 「くそ上司、今に見てろ!」
店主(大声)「いい加減、このご時世なんだから、大きな声だすのはさあ、大ちゃ
       ん」
大輝 「函館なんかに…ひっ ひっく」
店主 「ほら!」
大輝 「俺に、田舎は似合わないんだよ!」
店主 「ほら、タクシーきたよ」

【SE】タクシーの運転手が店内のお客さんに向けて、依頼者の名前を呼ぶ。
    「お客様の加藤大輝さま!」

運転手「頭、気をつけてください」
大輝 「うぇ、気分わる」
運転手「あっ、お客さん!袋!袋!」

【SE】海からの強い風。自宅のラジオから火事のアナウンス「函館市住吉
    町で火災発生」

陸  「大正14年の強風と同じだ。いやな予感…。俺の家もやばいかも」

【SE】町内に響き渡る半鐘の音。 

陸  「予感的中か、まずいぞ」

【SE】2階に駆け上がり、雨戸を開ける。

陸  「住吉の方が真っ赤だよ。課長に…」

【SE】玄関を開けて、外に出る陸

陸  「おい!おい!」
消防員「さがってください!」
陸  「もっと、先で延焼を止めるんだ」
消防員「近づかないで!」
陸  「大正の二の舞だぞ!」
消防員「どいて!」

【SE】消防員に突き飛ばされる陸

大輝 「函館市役所屋上からの眺めも、また格別だな」

【SE】函館港から汽笛の音

大輝 「流石、港町。でも、俺には似合わない、俺が似合う海は、葉山だな」

【SE】背後で人の足音

未月 「加藤さんですか?なんで、朝から屋上にいるんですか?探しましたよ」

大輝(M)なんだ、この小娘は。この俺になんのようだ?

未月 「都市計画課の山田です」
大輝 「あっ、俺の転任先だ」

【SE】課内、二人の足音
未月 「課長から、言われてますので加藤さんは、この机を使ってください」

大輝(M)東京から来たエリート様には興味がないのか?その方がありがたけ
     どね。

大輝 「狭いな、ノートパソコンは?」
未月 「ここは国交省と環境が違うんです」

大輝(M)今どき、ノートパソコンも支給されないのか?どうなってるんだ
     よ。函館市役所は!

【SE】課長が自席で立ち上がり、咳払い。

課長 「今日からここで一緒に働く、国交省から転任になった加藤大輝さんで
    す。すみませんが…」
大輝 「あっ、お世話になる加藤大輝です。国交省でも、都市計画を担当してい
    ました」

大輝(M)みなさん、緊張感のない表情だこと。

大輝 「少しの間ですが、よろしくお願いします」

未月(M)何?少しの間って、踏み台にして東京に戻るつもり?

課長 「未月くん、これから、二人で、都市計画の再検証と成果物、頼みますね」未月 「は、はい」

未月(M)もしかして、課長の言ってた?助っ人って、この人?えっ〜。

大輝 「山田さん、よろしくお願いします」

大輝(M)ここで都市計画の検証を行えと元上司から言われてきたけど、この娘
     がアシスタント?マジかよ。

未月(握手)「よろしくお願いします」
大輝 「あっ」

大輝(M)なんだよ、こんな時期に握手かよ。これだから、田舎は困るんだよ。

未月 「す、すみません。こんな時期なのに…」
課長 (咳払い)
大輝 「課長、とりあえず、函館大火時の都市計画資料を…」
課長 「未月くん」
未月 「えっ?」
課長(伏目がちに)「すまん」

未月(M)もう、課長、お茶汲み、コピー取りは各自で行うって決めばかりな
     のに…。男女平等なんて、先の話だ。

【SE】遠くから汽笛の音

課長 「おはよう、昨夜はご苦労」
陸  「登庁、早いですね」
課長 「心配だしなあ…」
陸  「何度も大火を経験してるのに、学習出来ないですね。役所って」
課長 「そういえば、一昨日の火事、昭和9年函館大火の名称に決まった…」
陸  「ここの役所は、燃えずに済んで…」
課長 「そうだな…」
陸  「課長、今がチャンスですよ。しっかりとした防災計画を入れ込んだ…」
課長 「もう、大火はこりごりだ」
陸  「犠牲者も安心して、この函館で弔えるような計画を…」

【SE】役所の窓に吹き付ける強風。

陸  「おはようございます、昨日の…」
課長 「昨日は、すまんな。少しばかり、感傷的になりすぎた」
陸  「しょうがないですよ」
課長 「例の都市計画、午後、時間をとってくれ」
陸  「何かいい案があるんですか?」
課長 「ある人物と一緒に考えてくれないか?」

陸(M)一人で考えても煮詰まるだけだし…。

陸  「どこに?」
課長 「会議室に一緒に来てくれ」

【SE】廊下を歩き、会議室に向かう二人。

課長 「ちょっと、遅刻ですね。狭い会議室ですみません」
梅  「問題ありません」
陸  「課長、こちらの女性は?」
課長 「北大で街路樹の研究をしてる山田梅さんだ。女性なのに優秀な人だぞ」陸  「初めまして、加藤です。綺麗な…」
梅  「優秀な女性ってそんなに珍しい事例でしょうか?優秀な人間の山田です」課長 「あっ、いや…」

陸(M)なんだ、いきなり先制パンチかよ。やりずらい気分にさせるなよ。困っ
    た女子だよ。

課長 「本題に…」
梅  「街路樹で、延焼を遅らせることができないかと研究しています」
陸  「街路樹って、あの…」
梅  「生きてる植物なら、ある程度の延焼速度を遅らせることは可能です」
陸  「そうなんだ…」
梅  「防風林としての役割は、ご存知ですよね」
陸  「砂浜とか…」
梅  「イメージ出来ませんか?」
陸  「はあ…」

【SE】黒板に模造紙を貼り付け、説明する。

梅  「そして、街の景観にも寄与できる可能性も存在します」
陸  「町の景観が、観光資源に…」
梅  「丘の上から、函館港に向かって伸びる太い道路と整然と並ぶ街路樹、素
    敵だと思いませんか?」
陸  「樹木ってすぐに伸びます?」
梅  「今じゃありません。100年後の物語です」
陸  「100年後なんて、僕は生きてないな…」
梅  「私もです。でも、この時間が都市を熟成させるために必要な時間なん
    です」
陸  「今は、考えないようにします。次の…」

梅(M)議論がないところに革新なんて存在しない。女性と議論するなんて考え
    ていない。100年後、女性は?どうなってるのか?

陸  「山田さん、顔色が…」
梅  「最近、貧血気味で、お気を使わせてすみません」

梅(M)お昼、食べられそうにないな。

梅  「ちょっと、トイレに…」

【SE】役所内、昼を告げるチャイムの音。廊下を歩く未月。

未月 「大火の資料です。私は時間なのでランチに…」
大輝 「あ、ありがとう」

大輝(M)乱暴だなあ。この俺に対抗心かよ、全く身の程知らずな女の子だよ。
     最近の若い子はこれだから困るんだ。

未月 「ランチしないんですか?スタンドプレイ、嫌われますよ」
大輝(大声)「寂しがりやで、一人でご飯食べれないんだ」
未月(笑)「全く寂しがり屋には見えませんけど」

未月(M)こんな人と一緒に仕事なんて、無理ですよ!課長。なんとかしてく
     ださい。

大輝 「どこにいても、俺は、嫌われ者だから、大丈夫」
未月 「自覚されてるなら、問題ありませんね」

【SE】課を後にして食堂に向かう未月。

未月(大声)「へそ曲り!」

未月(M)なんだろう?あの態度、課長は、二人でなんて言うけど、相手があの
     調子じゃ…。

未月 「戻りました」
大輝 「おう」
未月 「お腹、すかないんですか?」
大輝 「すかないねぇ〜」
未月 「仕事してるんですか?」
大輝(笑)「暇潰し」
未月 「えっ」
大輝 「今晩、この辺りで美味しいお店、紹介して?暇でしょ!」
未月 「そんなわけないです」
大輝 「寂しがりだからって言ったじゃん。今夜は二人だけの歓迎会。俺の奢
    りでいいからさ」

未月(M)寂しがり屋なら、大人しく家に帰って彼女にでもLINEすればいい
     じゃん?彼女、いないよな、あの性格じゃねえ。

【SE】汽笛の音

未月 「大丈夫ですか?」
大輝(弱々しく)「おはよう」
未月 「昨夜は、呑みすぎ。今日は、流石に半休かと思ってました」
大輝 「昨夜のお礼、役所のおいしくないコーヒー、僕の気持ちを入れたか
    らね」   
未月 「げっ…、加藤…」
大輝 「大輝でいいよ、昨夜は、飲み過ぎたよ、未月ちゃん…」
未月 「ちゃんづけ禁止です」
大輝 「未月ちゃんは、函館の人?」
未月 「あの〜、ちゃん付け…」
大輝 「俺がルールだからいいの。未月ちゃんは俺の部下」
未月 「3代目、函館育ち」
大輝 「よそ者のこと、嫌いだよね」

大輝(M)生粋の地元っ子か。こんな田舎のどこがいいんだろうね?

未月 「よそものじゃなくて、加藤…」
大輝(笑)「正直だね」
未月 「す、すみません」
大輝 「仕事は、別だから、で、ここに出てくる山田梅さんて?親戚?」
未月 「よくわからないんです」
大輝 「そうなんだ、あの時代にこのような公文書に名前が記載されるんだか
    ら、よっぽど優秀な女性だったんだろうね」
未月 「はぁ…」
大輝 「この資料だと、草案は、山田さんの提案からのようだけど…」
未月 「函館の空襲で亡くなったみたいで…、経緯はちょっと」
大輝 「誰か、昔のこと知ってる人いないのかな?」
未月 「仕事でしょうか?」

未月(M)お母さんに訊けば何かわかるかも。同じ山田だし、親戚か何かかも?

大輝 「仕事だよ」
未月 「家に仕事は持ち込めないんです。母の言いつけで」
大輝(笑)「素敵なお母さんだね。僕もその考えには賛成だけど、ルールは破る
      ために存在してるんだ」
未月 「俺がルールですか?」
大輝(笑)「おっ、覚えたね。ルールその一」

未月(M)バカにすんなよ!

大輝 「じゃ、お祖母さんのこと、明日、報告してね」
未月(渋々)「はい」

未月(M)やられたな。この先、暗黒しか見えない感じ。

【SE】役場に吹き付ける風の音

梅  「おはようございます。あれ?早いですね」
陸  「なんでこんな時間に役場に?」
梅  「会議室に泊まりました」

梅(M)大学だと教授の横槍が飛んでくる予感と、横槍以外もいっぱい。耐えら
    れない事ばかり…。

陸  「えっ」
梅  「確認したい事があるんですが…」
陸  「もう、仕事ですか?」
梅  「今回の大火で、一番困ったことは?」
陸  「自宅が…」
梅  「あなたの個人的なことには興味ありませんから、質問に答えてください」
陸  「僕は、興味ありますよ、梅さんに」
梅  「やめて下さい」

陸(M)なんだよ、もう少し、可愛く振る舞えないのか?朝から気持ちよく行こ
    うよ。

梅  「早く答えてください」

陸(M)そうせかさないでよ。

陸  「消防署員から、既存の消火栓が見つけられなかったと…」

梅  「大問題だわ」
陸  「あと、遠くからでも視認できる色にして欲しいと」
梅  「みえなかった…視認性か」
陸  「アメリカに黄色の消火栓があるようです。それと3つ口の消火栓も」
梅  「へぇ、物知りなんですね」

陸(M)馬鹿にしてる?

陸  「排水量を今の倍以上にすれば3つ口も可能だと水道局から回答をもらっ
    ています」
梅  「機能的には問題なしと」
陸  「道路の拡幅で、火の粉を防ぐと言う考え方も成り立ちますね」
梅  「拡幅による効果は、車両の二重駐車も可能になる。消防の効率化が図れ
    るはず」
陸  「三口も有効になりますね」
梅  「道路巾の必要性を健闘と」
陸  「住民に説明を…」
梅  「それと、街路樹の効果も期待されるかも」
陸  「ほんとですか」
梅  「拡幅と街路樹の相乗効果は、のぞめそうな気がするわ」
陸  「住民の反対が…」

梅  「まだ、机上の空論、出来ないことを数えるのはやめてください、議論の
    邪魔です」
陸  「でも、住民のことは…」
梅  「百も承知です!ただ、今、重要なことは、問題を洗い出すことです」

【SE】遠くから汽笛の音

陸  「気分転換に屋上に行きませんか?」

【SE】屋上のドアを開ける

梅  「この海に抜ける八幡坂。ここの道を拡幅して、両脇に街路樹を…」
陸  「あっ」
梅  「100年後、見えました?」

【SE】かもめの鳴き声

梅  「女性の私と一緒の仕事。周りから何か言われていませんか?」 
陸  「何を?」
梅  「別に、隠さなくてもいいんです。大学でも、教授から嫌がらせとかが…」
陸  「誤解を恐れずに言えば…」
梅  「やっぱり」
陸  「一つだけいいですか、私は、性別で能力を図るのは嫌いです」
梅  「それでも…」
陸  「今回の件、もしかすると、お互いの上司の手柄になるかもしれません」
梅  「やっぱり…」
陸  「でも、100年後。僕らの子供たちが計画を引き継いでいると思うと素
    敵ですよね」
梅  「子供?って」

梅(M)もしかして、気づかれている?

陸  「僕らって、広く一般ってことです」
梅  「100年後も同じ男性優位社会だったら?」
陸  「今、それを考えること自体、無意味だと、先ほど言いましたよね。机上
    の空論だと…」
梅  「ごめんなさい…」
陸  「世の中、捨てたもんじゃないと思いますよ。100年後、男女ではな
    く、能力で図る時代に…」
梅  「現在が絶望でも、未来に希望があると信じて…」

梅(M)私のお腹の中に、子供がいること、勘づかれたかしら?そんな事は、絶
    対にないと思うけど…。これだけは秘密にしなきゃ、ダメ。

【SE】市役所の始業を告げるチャイムの音

未月 「もう登庁ですか?おはようございます」
大輝 「さあ、報告を聴こうかな?」
未月 「1945年7月の空襲で、亡くなったみたいです」
大輝 「えっ」
未月 「母は、当時10歳。梅さんのことは知っていたようですが」
大輝 「そうか…」
未月 「空襲2日間も続いて、この辺り一体も焼け野原になったようです」
大輝 「よく、この資料が残ったもんだ」
未月 「それが…」
大輝 「どうした?」
未月 「市役所に勤めてた。加藤陸さんと山田梅さんが、どうも、作ったような
    んです」
大輝 「加藤って名前は…」
未月 「記載されてないと思います」
大輝 「なんで?」

【SE】空襲警報のサイレン音

梅  「陸さん、サイレン!」
陸  「空襲だ」
梅  「防空壕に!」
陸  「ここにある都市計画の資料を持ち出さないと!」
梅  「私も!」
陸  「だめだ!君は、防空壕に急げ!」
梅  「そんな」
陸  「君がいなけりゃ、この計画は、きっと、消えてなくなる」
梅  「でも…、あなたが」
陸  「ほら、早く行け!爆撃機が近づいてきたぞ」
梅  「早く、防空壕に…」

【SE】爆撃の音

大輝 「加藤陸?そういえば、父親から…」
未月 「戦時中のことなんで、資料も飛び飛びで…でも、名前が忽然となくなる
    んです」
大輝 「戦時中に亡くなったか?」
美月 「生まれていないことになるけど?」
大輝 「あっ、そうか」
未月 「どうも、役所を辞めたらしいです」
大輝 「なんでだ?」
未月 「こんな大切な計画を放り出して逃げ出すのが、俺の祖父さん?」
未月(笑)「あれ?やる気ですか」
大輝 「暇潰し」
未月 「弱み見つけた!」
大輝 「馬鹿にするな!」
未月 「私、当時の役所関係の人で、まだ、存命の方を探します」
大輝 「今は、そこからかもな」
未月 「大輝さんは、お父様から…」
大輝 「指図するな!俺がルールって言っただろ!」未月 「かわいい」

【SE】空襲の終わりを告げる警報

陸  「梅さんは?」

【SE】防空壕に向けて走る陸

陸  「梅さん〜梅さん〜」

【SE】木造住宅の焼ける音

陸  「お〜い、お〜い」

【SE】かもめの鳴き声

大輝 「あっ、親父?」

【SE】携帯電話の呼び出し留守電に切り替わる。

大輝 「いないの?ちょっと、お祖父さんの陸さんのことで聞きたいことがあり
    ます。また、夜にでも電話します」

【SE】携帯を切る音

陸  「梅さ〜ん、梅さん」

陸(M)梅さんが見つからない。防空壕は跡形もなく消えた。

【SE】サイレンの音

課長 「加藤くん、課にいたのか」
陸  「課長、山田さんが…」
課長 「今は、戦争中だ…」
陸  「課長、都市計画のことですが…」
課長 「資料の方は、残ったのか?」

陸(M)資料と一緒に挟まれていた写真。梅さんが抱っこしてるこの乳飲み子は
    誰だ?

陸  「大丈夫です。私が持ち出しました」
課長 「こんなこと言うのもなんだが…」
陸  「戦時中だからこそ、明日に目を向けた都市計画が必要だと…」
課長 「でもな、この状況では…」
陸  「梅さんの100年後、未来の函館を、私が継ぎます」
課長 「この計画を実行に移すとなれば、君には縁の下の力持ちに…」
陸  「かまいません、この計画にかからわれるならば…」
課長 「わかった」

陸(M)よかった。なんとかなりそうだ。梅さん、君の名誉は僕が守る。100
    年後の希望だ。

【SE】かもめの鳴き声

未月 「大輝さん、お父さんと連絡つきました?」
大輝 「渋々、答えてもらった」
未月 「なんでそんな?」
大輝 「親父によると、お祖父さんの陸は、どうも、この計画を実行すること引
    き換えに…」
未月 「そんな」
大輝 「詰め腹を切らされて、ここ函館を逃げるようにして、出ていったみたい
    なんだ」
未月 「そんな酷い」
大輝 「昔ならば、よくある出世話だよ、部下の手柄を横取りするのは、当たり
    前の時代だし、今でも、よくあることだよ」
未月 「コンプライアンスに違反!」
大輝 「うちのお祖父さんが、そんな目に遭わされてまで、守ったものって…」
未月 「でも、変ですよね」
大輝 「親父の記憶も曖昧なんだが、函館を出る際に、知らない女の子と一緒だ
    ったらしいんだ」
未月 「陸さんの妾さんの子?かしら、あっ、すみません」
大輝 「山田梅さんには、悪いが、この時代いくら優秀な女性でも、都市計画の
    草案に…」
未月 「言われてみれば…」
大輝 「君のお母さんの名前は?」
未月 「のぞみです」

【SE】空襲警報

陸  「また、警報か?」
課長 「もう、空襲が来ても、何も感じなくなった」
陸  「この防災計画草案ですが…」
課長 「そのことだが」
陸  「大学側が横槍を?」
課長 「教授が、この計画の草案者を山田さんじゃなくて、教授名にしてく
    れと…」
陸  「それだけは…」
課長 「私の立場も、考えてくれないか?」

陸(M)死んだ人に対して、何を考えているんだ。死んだ人に対する冒涜だろう。

陸  「課長、まさか…」
課長 「この件は、私に任せてくれないか?」

陸(M)あの写真?どうも、引っかかるんだよな?

【SE】携帯の呼び出し音

未月 「携帯鳴ってますよ」
大輝 「悪い打合せ中なんだ、そのままに」
未月 「はい」

【SE】携帯の番号にかけ直す大輝

大輝 「そんなことがあったんだ」
父親 「大輝、親父は、都市計画を守るために故郷も捨てたんだ」
大輝 「そんな事が…」
父親 「お前が親父の都市計画を継ぐとは…親父もびっくりしてるだろうな」
大輝 「暇潰しなんて言ってられないぞ」
父親 「大輝、親父の名誉を回復させてくれ」
大輝 「100年か」
父親 「故郷に背を向けてまで、守ったものってなんだか、俺もわからないんだ」

【SE】汽笛の音

陸  「なんとか、彼女の名誉として草案に連名でもいいので…」
課長 「大きなプロジェクトなんだ、女性じゃなあ」
陸  「彼女の名誉は…」
課長 「俺の一存では」
陸  「どうしたら、いいんだ」
課長 「教授がどのような態度に出るかだが…」

陸(M)あの写真…。

陸  「課長、私が教授のもとに行って話をします、許可して下さい」
課長 「加藤くん、これは、私はあずかり知らないことだ」
陸  「ありがとうございます」

陸(M)梅さん、君の希望は僕が守る。

【SE】大学の放課後を告げるチャイムの音

陸  「教授の部屋は,ここだな」
教授 「入りたまえ」
陸  「函館市役所から来ました加藤陸です」
教授 「君か、私に楯突く輩は?」
陸  「単刀直入に。梅さんもこの計画の草案者として名前を残してください」
教授 「何を言ってるんだ?」
陸  「事実です」
教授 「貴様、ふざけたことを言うな」
陸  「草案の中心は彼女です」
教授 「俺の教え子だ、彼女の気持ちは私が一番理解している」
陸  「そうですか」
教授 「あまりしつこいと市長に言って君を左遷させることも可能だぞ」

陸(M)今、ここでなんとかしないと、100年後の子供たちに胸を張れない。

【SE】電話の呼び鈴の音

教授 「すまんが…」
陸  「この写真、覚えてますよね」
教授 「あっ…」
陸  「彼女の未来の希望まで、奪うのはやめて下さい」

【SE】汽笛の音

未月 「おはようございます、あれから、母にもう一度聞きました」
大輝 「で、何か?」
未月 「梅さんは、出世の為に、担当教授の子を身籠ったようなんです」
大輝 「不倫か?」
未月 「はっきりとは…」
大輝 「でも、子供一人で生活するのは大変な時代だぞ」
未月 「生前の教授が、認知をして、仕送りをしていたそうです」
大輝 「そうか」
未月 「その子が函館を出る際に、一枚の写真を渡されたそうです」
大輝 「それだ」
未月 「なんですか?それって」
大輝 「梅さんの名誉と引き換えに、教授は草案者の代表にしたんだよ」
未月 「まさか?」
大輝 「梅さんも、俺の叔父さんも100年後に、希望を託そうとしたんだろ
    うな」
未月 「希望?母の名前は、のぞみと読むけど、漢字は希望」   【完了】

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