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『二人の記憶』第94回 見て!

 かいが爆速ハイハイを出来るようになると、親の注意の眼差しは明らかに弟に向くようになる。あおいはあれやこれやと必死にアピールするようになった。もっとも、碧にはマイペースなところもあって、一人遊びにも事欠かず、親としては手が掛からないので助かると思いがちだった。

「ママ、見て」
 積み木で作った街を見せたくて、キッチンにいた亜希子の服を引っ張る。
「ママは今忙しいからパパに言って」
 そう言われた碧は昇太郎を探す。リビング、寝室、洗面所と順に回るが何処にもいない。

 再びキッチンに戻った碧は亜希子に言う。
「パパ、いない」
「いないことないでしょう。もっと良く探してみて」
 碧は再び家中を走り回るが、すぐに戻ってきて、
「いないよ」
と言う。
 どこを探しているのやら。
「ちゃんと全部見たの?」
 碧は即座に頷く。
「そう言えばカイくんは?」
「いない。パパとカイくん、いないよ」
「じゃあお風呂じゃない?」
と言う亜希子に、碧は昼間にお風呂に入っているわけが無いと言わんばかりの怪訝けげんな顔で見上げる。
「ほら、おむつを変えるときにお尻を洗うことあるでしょう。それでお風呂で洗って貰ってるんじゃない?」
 それを聞くやいなや風呂の方に碧が走って行こうとした時、浴室の扉が開く音がした。
「おしりきれいになって気持ちいいだろカイくん」
 碧が洗面所をのぞくと、海に話しかけながらタオルで拭いている昇太郎がいた。
「パパ、みて!」
「おう、アオくん。どうした」
「みて!」
「だから何を」
 碧は昇太郎の袖を引っ張る。
「いまパパはカイくんのおしりを洗ったところで、タオルで拭いてるんだよ。これが終わったら行くね」
 それを聞いた碧は足でバタバタと床を踏みつけて、
「いや〜だ、いや〜だー」
と身体をくねらせながらその場に倒れ込む。寝っ転がったまま手脚をバタつかせて、声を上げて泣き出す。

 泣き崩れた碧を亜希子が抱き上げても暫くはグズっていたが、強く抱きしめてなだめているうちに眠ってしまった。
 亜希子は抱いた碧の頭を撫でながら言う。
「まだ甘えたい盛りの赤ちゃんなんだよ、きっと」
「そうだな。聞いてあげなきゃな」
 見るとリビングの床に立派な街並みが出来ていた。碧はこれを見せたかったんだ。
 その時、海が猛スピードのハイハイで街の方に突進しようとしたのを、昇太郎はすかさず捕まえて阻止した。
「あれはアオくんか作った大切なものだから壊したら駄目だぞ」
 海の脇を持って抱き上げ、目を見て言う昇太郎の言葉が伝わったのか、海は諦めた様子だった。
「しょーたろー、ナイス!」
「アコも、な」

つづく

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