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極北カナダ Vo.5 森の野営地探し 『 −30℃のテント暮らしに到る道 』

在学中に「荒野へ」という本を読んでから、極北の自然への憧れがあった。本の主人公である若者は、全てを捨ててアラスカへと行き、原野で自給自足の暮らしを始めた。最後は原野で亡くなるという実話だが、どこかで自分の心情を重ねながら、アラスカの海へとやってきたに違いない。

Vo.4のお話の続きです。(Vo.4はこちら↓)


Naha湾で一晩を過ごした後、翌日は朝から満潮時を狙って、Roosevelt Lagoonへと入っていった。Lagoonとは、外海から隔てられた水深の浅い水域のことで、海水ながら湖のような形を呈している場所だ。

Lagoonの中へと入っていくには、細長い川のような流れを逆流していかなければ行けない。そのためには、満潮時に水量が増えた時にしか通る事ができない。

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海の上を旅する際には、汐見表が必要となる。満潮と干潮の時間と潮の高低差を知らせてくれる、必要不可欠な優れものだ。月の引力によって、潮は満ちたり、引いたりする。頭では理解していたことだが、実際に海に出てみると、その意味が少しずつ分かってきた。

この日は朝の満潮前に早く起き、荷物を野営地へと残してRoosevelt Lagoonへと向かった。Lagoonへの入り口は細くなており、川のように水が流れている。入る時は満潮で水位が高かった為、カヤックを少々擦りながらも通過可能であった。Lagoonはまるで湖のようで、風の影響もさほどなく漕ぐことはできたのだが、問題はLagoonから海へと出る時だった。

満潮時を過ぎていた為、水量が少なくなっていた。その為、カヤックを引きずることになってしまったのだ。カヤックを引っ張って脱出はしたが、この時にカヤックのラダーのワイヤーが切れてしまった。魚で言えば、ラダーは尾びれのようなもので、これがなければ左右に舵を切ることができない。とりあえず持ってきた、簡単な修理キットで直せるものだろうか。不安を抱えながらも、とりあえずはラダーなしでしばらく漕ぐことにした。

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前夜の野営地へ戻り、再び出発したのは16:00頃だ。通常は夕方に上陸し、テントを張って食事の用意をする。だがこの時は焦っていたのか、前へ前へと進みたかった。出発したのはいいけれど、もちろん次の野営地は決まってはいなかった。今回は初めての単独の原野旅。どこか気負うところがあったのかもしれない。

海沿いには崖があったり、森が鬱蒼としていたりしていて、そう簡単には良い野営地を見つけることはできない。ここがいいかなと思い上陸をしても、平たい地面がなかったりすると、次の場所を探して進み続ける必要がある。ましてやラダーが壊れたままなので、左右に舵を切るのも体重移動でしなければならなかった。野営地が見つからず、次の場所へと進んでいるうちに日が暮れてきた。

だんだんと辺りが薄暗くなってきた。海を小さなカヤックで漕ぐことは、一人でも危険が伴う行為だ。夜に漕ぐことは、なんとしても避けたい。何度か上陸するうち、ようやく見つけた小さな森の空間。テントを平らには張ることができない場所であったが、今は贅沢を言っていれるような時ではない。時間はもう21:30を過ぎていた。

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急いでテントを立てて、簡単に夕食を済ましてから、シュラフに潜りこんだ。この瞬間が、1日で最もホッとする時間だ。寝袋に包まりながら、今日の1日を振り返ってみる。Lagoonでラダーを壊したこと、夕方に野営地を出発したこと。慣れない自然での一人旅は、小さな失敗の繰り返しだ。同じ失敗を繰り返さない為、反省点を日記に書き出していくことにした。

在学中に「荒野へ」という本を読んでから、極北の自然への憧れがあった。本の主人公である若者は、全てを捨ててアラスカへと行き、原野で自給自足の暮らしを始めた。最後は原野で亡くなるという実話だが、どこかで自分の心情を重ねながら、アラスカの海へとやってきたに違いない。

厳寒のアラスカに消えたひとつの命。
アメリカの地方新聞が報じたある青年の死は、やがて全米に波紋を呼んだ。恵まれた境遇で育った彼は、なぜアラスカの荒野でひとり死んでいったのか。衝撃の全米ベストセラー。

アラスカのカヤックの旅が始まってから、今日でまだ2日目。今後も大きな失敗をすることは許されない。ちょっとした失敗が、命とりになることもあるのだから。3週間もある旅なのだから、焦らずに行こう。そう決めると少し心が軽くなった。

暗闇から音が聞こえる。熊への警戒心と共に、見えないことによって、聴覚が更に研ぎ澄まされていく。眠りにつく前、フクロウの声が鳴き始めた。

(次回Vo.6に続く)



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