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極北カナダ Vo.6 アラスカの釣り 『 −30℃のテント暮らしに到る道 』

今朝はまだ生きていた魚が、今は食糧となろうとしている。食べるものと食べられるもの。その境界線はどこにあるのか。焚き火を見ながら一人でいると、頭に様々な思考が現れては消えていく。じっと火を見つめていると、今日はまだ一言も発していないことに気づいた。

Vo.5のお話の続きです。(Vo.5はこちら↓)

出発前の準備とこの2日間で、疲れが溜まっていた。今日は長距離をカヤックで移動する気になれない。

シーカヤックでは荷物の積み下ろしに、かなりの時間を使う。テントを畳んだりする荷造りをしてから、それぞれの荷物をドライバッグという防水バッグに詰めていく。それらをカヤックの狭いコックピットに入れていくので、毎回まるでパズルのようだ。

また、海の旅では潮の満ち引きを計算して、荷造りをしていく必要がある。出発の時はなるべく潮が止まっているか、満ち始めた頃が理想的だ。のんびりしていると、潮はあっという間に満ちてしまい、カヤックの横に並べた荷物は海水に浸かってしまうことになる。

逆に引き潮の際に荷造りをすると、カヤックに全ての荷物を積んだ時点で、潮は遠くに引いてしまっている。いざ漕ぎ出そうと思っても、そこにはもう海水がない状態なのだ。

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(カヤックとキャンプ道具を乾かす)

要は荷造りとカヤックへの積み込みの速さを、いかに潮の満ち引きのタイミングに合わせるか。これがパッキングの成功にかかっている。大自然での旅と聞くと、優雅でのんびりと自然と一体となる。。。そんなイメージがあるかもしれないが、それはクルーズ船での旅の世界の話だろう。全てを自分でこなす必要がある原野の旅は、忙しく動き回っていることがほとんどなのだから。

疲れた体を休め、張り詰めた緊張感を解くため、今日は野営場に留まることにした。ただずっとテントの中にいてはもったいないので、野営場近くでカヤックを漕ぎ、釣りをすることにした。

釣りは趣味性の高いものだが、冒険の旅ではあくまでも食糧調達の一環だ。カヤックには多くの荷物を詰め込めないので、釣りで足りない食糧を補充する。今回は3週間にもなる旅なので、新鮮な魚もたまには食べたい。そこで釣竿と各種のルアー、そしてエビを獲るための網籠まで持ってきていた。

アラスカの海の魚と言えば、まず思い出すのがサーモンだろう。実際カヤックを漕いでいると、あちこちでサーモンが水面で跳ね上がっている。太平洋のサーモンにはいろんな種類がいるが、代表的なのはキングサーモン(マスノスケ)、ソックアイサーモン(紅鮭)、コーホーサーモン(銀鮭)だ。そしてあまり現地で人気がないのが、ピンクサーモン(カラフトマス)とドッグサーモン(シロザケ)である。

それぞれのサーモンにどのような違いがあるのかは、この旅の時点では分かってはいなかった。とりあえず、何かしらのサーモンが釣りたかった。早速ルアーを垂らしてみるが、なかなかサーモンは掛かってくれない。そう簡単に釣れるものではないらしい。深さを変えて底に落としてみると、小さな当たりがヒットした。

サーモン以外のアラスカの魚は、結構な割合で食いついてきた。特に崖の横や岩場では、面白いように釣ることができる。ガシラやメバルのような根魚のロックフィッシュは、数が釣れて面白い。サイズも食料としては手頃なので、2−3匹も釣れば一人分の食事となる。ロックフィッシュ以外には、シーバスといったスズキの仲間も釣れることがあった。

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(よく釣れたロックフィッシュ)

カヤックに乗って一人で釣りをしていると、子供の頃を思い出す。小さい頃は、父親がよく釣りに連れて行ってくれた。兵庫県で育ったため、明石や須磨などに海釣りに行った。狙った魚はサビキを使ったイワシやアジといった小魚や、根魚のガシラやアイナメなど。これといって特に難しい釣りはしなかったが、基礎的な釣りの技術と潮の香りは体に染み込んでいった。

そして家に帰ると、魚を捌くのは母親の仕事だった。イワシや極小のガシラなど、ほとんど食べる身がないほどの小魚も、綺麗にワタを出して料理をしてくれた。台所では魚の名前を一つ一つ教わった。お陰で小さな子供としては、多くの魚の名前を知っていたに違いない。そして魚はスーパーで切り身として買う前に、海や川からやってきた食べ物だということを、無意識ながら学んでいたのだと思う。

釣れた魚をストリンガーという金具に付けて、生かしたまま野営場に戻った。上陸すると共に、テントから離れた場所で魚を捌いた。クマが寄ってこないように、ハラワタは海に投げておく。そして頭と尾びれはそのまま残しておき、醤油をかけてアルミホイルに包んだ。

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今日は昨晩と違い、ゆっくりと夕食を楽しむことができる。森を歩いて小枝を集め、海岸沿いで流木を拾った。極北の原野では、焚き火禁止の場所はほとんどない。火の管理さえきちんとすれば、ほぼどこでも火を焚くことができる。特に雨の多い温帯雨林の南東アラスカでは、山火事の心配もさほどない。

小枝を三角錐状に組み、マッチを擦って紙に火をつけた。小枝に火が燃えるタイミングで、更に大きな枝を一本ずつ足していく。薪が炭に変わる頃、アルミに包んだ魚を火の上に置き、ジューという音を聞きながら、焼き上がるのをじっと待った。

今朝はまだ生きていた魚が、今は食糧となろうとしている。食べるものと食べられるもの。その境界線はどこにあるのか。焚き火を見ながら一人でいると、頭に様々な思考が現れては消えていく。じっと火を見つめていると、今日はまだ一言も発していないことに気づいた。

南東アラスカの森の夜。辺りには誰一人としていない。

(次回Vo.7に続く)

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