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極北カナダ Vo.4 野生動物との距離 『 −30℃のテント暮らしに到る道 』

シュラフに潜り込んだのは、何時のことだったであろうか。今までキャンプ場では独りでキャンプをしたことがあるが、原野でソロキャンプはこの時が初めてであった。初日を無事に終えるできたという安心感と、まだ冒険は始まったばかりだという高揚感。体は疲れているのに、なかなか眠りつくことができなかった。

Vo.3のお話の続きです。(Vo.3はこちら↓)

「なんで鹿に石を投げるの?」

誰もいないはずの森から聞こえる声に、ふと我に返った。鹿の向こう側に立っていたのは少女で、9歳ぐらいの年頃であろうか。

「何故って、鹿が近づいてくるから。。。」そう言いたかったはずだったが、きちんとした声にはならなかったと思う。

アラスカの海と原野。誰もいない大自然の中に入っていくのだ。。。冒険心に駆られて出た旅では、少なからず気負いがあったに違いない。それでもまだ旅は1日目。ケチカンの郊外には、少数ながらもまだ森の中に家が点在していたのだ。

この少女にとっては、この土地は自分の庭のようなもの。アラスカの大自然という以前に、ここは彼女が育った場所で、当たり前のようにある環境であるに違いない。そこにやってきた若いアジア系の男が、鹿に怯えて石を投げているところに出くわした。

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不可解さも含めて、多少の嫌悪感も抱いたに違いない。僕自身にとっては、クマに対する畏れは抱いていたが、鹿の急接近は想定外だった。実際に鹿はある一定の距離以上は近づいてこないようだった。ただ単にこちらが、野生動物との距離感を知らなかっただけである。アラスカの大自然に対峙すると思い意気込んだはいいが、実際の現実はこのような有様だった。バツの悪さを隠すかごとく、その場をすぐに立ち去ることにした。

気を取り直してカヤックに乗り、再び波の中を漕いでゆく。出発時とは違い、幾分かは謙虚な姿勢を持てていただろうか。目指すは最初の岬であるHiggings岬。ここを曲がると、島に沿って北上していき、更に深い森へと入っていくことになる。

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シーカヤックの平均速度は時速4キロ前後だが、風向きや潮の流れの影響も随分と受ける。潮の流れに乗っていくと、面白いように漕いで行けるのだが、逆に潮に逆らっていくとなると、まるで川を逆流しているような感覚だ。毎日必ず潮見表を見ながら、満潮と干潮の時間を確認し、できる限り潮の流れに乗って漕ぐようにした。

Betton島を通りすぎ、Naha湾へと向かう。今夜のキャンプはどこにしようか。日が暮れる間に、野営地を探して上陸しなければならない。シーカヤックでの野営地探しのポイントとなるのは、真水が流れる小川があるかどうかだ。飲み水である真水の確保は、長期のカヤックの旅では欠かすことができない。航海図を見ながら、小川が海に流れ出す場所を探していく。そこがうまく上陸できるような場所であれば、キャンプ地としては適しているということになる。

Naha湾に入る前に上陸し、最初の晩を過ごすことにした。カヤックで上陸した後は、素早く荷物を取り出し、なるべく早く森へと運び出した。潮が満ちている時は、上陸した場所まで海水が増してくるため、もたもたしているとギアが海水に浸かってしまう。ドライバッグという防水バッグに荷物は入れているが、海水につけるとベタベタとして気持ちが悪いし、運が悪いと海に流れて行ってしまう。つまりカヤックの上陸は、満ち潮との競争でもあるのだ。

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無事に森へと荷物を運び、そこから比較的平らな場所を探していく。比較的小川に近いところがベストだが、いつも自分が思い描く場所にテントを張れるは限らない。今回は完全に平らとは言い難い場所を見つけ、そこにテントを張ることができた。ここで一息と行きたいところだが、休んでいる暇はない。食糧をテントから遠ざけるために、全ての食糧バッグを持ち歩いて、食糧保管場所も作らないといけない。

アラスカやユーコンでは、原野には必ずクマがいると想定して行動をしなければいけない。特に食糧はクマを引き寄せる格好のターゲットだ。テントに食糧を入れたままでいると、匂いにつられてクマが近づいてきてしまう可能性がある。クマとの接触を避けるため、テントと食糧保管場と料理場は約100メートルの距離を開けなくてはいけない、という一種の「常識」がある。

1日の漕ぎ続けて疲れていた。夕食をさっと済ませ、匂いのするものは木に吊るすことにした。クマが人間の食糧を漁ることができないようにする為だ。ロープの端に食糧バッグを結びつけ、反対側の端っこには石を結び、なるべく高い木の枝へむけて放り投げた。最初の何度かはうまくいかなかった。枝まで届かなかったり、枝が細すぎで折れてしまったりと、色々難しいものだ。それでもなんとかロープを木に吊るし、思いっきり引っ張ると、ようやく重い食糧は木にぶら下がった。

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シュラフに潜り込んだのは、何時のことだったであろうか。今までキャンプ場では独りでキャンプをしたことがあるが、原野でソロキャンプはこの時が初めてであった。初日を無事に終えるできたという安心感と、まだ冒険は始まったばかりだという高揚感。体は疲れているのに、なかなか眠りつくことができなかった。

次第に辺りは真っ暗になり、アラスカの森は闇に包まれた。この時、翌日にカヤックのラダーが壊れるとは、知る由もなかった。

(次回Vo.5に続く)



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