⑪ パラダイムシフトと説得

学生たちは、看護のような専門分野における「理由づけ」の大切さ、つまりプロとしての行動基準となる「理由づけ」の重要性を理解しました。
そこで、今度は学生自身のこれまで当たり前となっている行動とその行動の基準となっている「理由づけ」を考えさせてみました。そして、同じ状況において異なる立場から見ることのできる「理由づけ」と、その場合の行動の変容を考えさせました。学生の回答は以下の通りです。

<一般的な考え方(当たり前になっていること)>
 患者のAさん は 頻尿 である
    ↓ ← 頻尿 は 泌尿器系の問題 がある
 患者のAさん は 泌尿器系の問題 がある

 <異なる立場から眺めた場合>
 患者のAさん は 頻尿 である
    ↓ ← 頻尿 は 脳下垂体の問題 もある
 患者のAさん は 脳下垂体の問題 も考えられる

このように当たり前を見直せば異なる行動がとれることになるのです。このことを自分事として認識したことでしょう。

パラダイムシフトという言葉をよく聞くことと思います。パラダイムシフトとは「発想を転換したことによってより良い結果が導かれる」というニュアンスで用いられているようです。
論理学的にパラダイムシフトを説明すると「『理由づけ』を変えることによって行動が変わる」ということになります。⑩で示した「受けのいい看護師さん」も前述の頻尿を考えた学生も、当たり前・常識・一般という観点から見事にパラダイムシフトを起こしていることになるのです。

これは自分自身の行動ばかりでなく、相手の行動を変えたいとき(「説得」と言います)にも最も重要なポイントにもなります。例えば、家族や恋人に「タバコをやめてもらいたい」と説得する際はどのように言葉をかけるでしょうか。学生が考えた論証の構造は以下のようなものが多くありました。

 データ:タバコは健康を害する
  ↓ ← 理由づけ:健康を害するものは止めるべき
 主 張:タバコは止めるべきである

これは「自分の中の当り前」で論理を組み立てたものです。人は「自分にとっての当り前」は「他者にとっての当り前」であると思いがちになります。よって、この場合の論証は「タバコはいかに健康を害するか」という根拠をたくさん並べて「データ」を厚くしようと試みることでしょう。
しかし、それで相手が止めようと思うことは稀でしょう。つまり、説得されることは少ないことになります。なぜなら「自分ごと」ではないからです。例えば、相手が家庭を持ち・子どもが生まれ・新居を購入する予定であるとしましょう。何が相手にとって最も心に訴えることになるでしょうか。たぶん、それはこれからの生活費となるでしょう。
そうであれば、以下のような論証の構造で説得するべきなのです。それが対手の立場に立つということなのです。なお、この場合は「タバコはいかに家計を圧迫するか」という根拠をたくさん並べて「データ」を厚くしようと試みることが重要となります。

 データ:タバコは家計を圧迫する
  ↓ ← 理由づけ:家計を圧迫するものは止めるべき
 主 張:タバコは止めるべきである

行動は、その主体の「理由づけ」によって決定します。このことを常に頭に入れておくことは、仕事においても日頃のコミュニケーションにとっても重要なこととなります。

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