⑨ 省略されがちな「理由づけ」の重要性
記事⑧で示した指導を踏まえて、学生に「はじめ・なか・まとめ・むすび」と日常生活における論証の構造の関係性につい実感的に理解させようと、以下の問題を出しました。
Q 最後のカッコに先生の言葉を入れましょう。
(『ことばと発達』岡本夏木・1985・岩波新書 を参考にして作成)
園児「きのう、おもしろかった」
先生「そう、きのうどこかへ行ったの?」
園児「動物園」
先生「そう、それはよかったね、動物園になにがいたの?」
園児「ライオン、キリン、それからトラ、サルもいた」
先生「なにがいちばんおもしろかったの?」
園児「サル。サルね、ブランコに乗ってた」
先生「サルがブランコに乗ってたのが、面白かったのね」
園児「サル、こんなかっこうして乗ってた(身振りを伴う)」
園児「今度、先生もいっしょに行こうよ」
先生( )
この問題のどの部分が「まとめ」と「むすび」に省略されている「理由づけ」なのでしょうか。
筆者は、この幼稚園の先生の問いの投げかけは素晴らしいものと考えます。それは、園児に「論理的に思考し表現するとは何か」ということを優しく教えているからです(こういう先生が超一流の先生なのです)。
園児が最初に話した「おもしろかった」ということは「まとめ」で表現するべきことになります。その前にまずは「はじめ」で表現の対象を示さねばなりません。ですから先生は「どこどこかへ行ったの」と問いかけ対象を明確化させたのです。次に先生は「なにがいたの」「なにがおもしろかったの」と問うて「まとめ」の根拠となる「なか」を考えさせていきました(自分の思いばかりでなく、どうしてそう思うのかという根拠を示さなくてはならないということを教えたとも言えるでしょう)。
これを受けて園児は最後に「先生もいっしょに行こうよ」と言いました。これは「むすび」に相当するものです。つまり、この先生はこの問いかけによって以下のような構成(もっとも日常生活で用いる論理である「bの構造」)を園児に意識化させたことになります。
「はじめ」昨日動物園に行った
「なか①」ライオンなどいろいろな動物を見た
「なか②」サルが面白い恰好でブランコに乗っていた
「まとめ」動物園はおもしろかった
「むすび」動物園は先生と行きたい
この園児の「むすび」である「先生と行きたい」を受けて先生としてどのように答えるべきなのでしょうか。
今までの学習がなかったのなら(「まとめ」と「むすび」の間に「理由づけ」が省略されていることを知らなかったのなら)、学生は「先生も一緒に行きたいな」「いつか一緒に行けるといいね」「先生も動物園に行きたくなったよ」などと答えることでしょう。
上記の答えは「むすび」に直接反応しているものとなります。間違っているわけではありませんが、幼稚園教育のプロとしてはより園児の思いに対して的確に答える必要があるのではないでしょうか。
確かに「むすび」は具体的に言語化されたものであり最終的な自己表現であると言えます。しかし、それはより大きな概念である判断基準(「理由づけ」)を基にして導かれたものなのです。このように省略されている場合こそ、それに敏感にならなければなりません。つまり、園児の思考は以下のような構造になっていることになります。
データ:動物園はおもしろい
↓ ← 理由づけ:おもしろいものは先生と共有したい(省略)
主 張:動物園は先生と行きたい
学生には、ここで省略されている「理由づけ」である「おもしろいものは先生と共有したい」ということについて考えさせました。具体的には、「自分にとって楽しいことやおもしろいことを共有したいと思えるのはどういう人か」を発表させたのです。すると、「家族」「友人」「恋人」などという答えが出ました。さらに、それらを一言でまとめさせると「自分にとって大切な人」「大好きな人」ということになりました。
確かに園児は「いっしょに行こう」という言葉を発しましたが、その前提には「大好きな先生」という思いがあるのです。つまり、園児は「いっしょに行こう」という言葉によって「ぼくは先生のことが大好きです」と言っていることになるのです。
ここを確認して学生には幼稚園の先生の言葉を考えさせました。すると、「ありがとう」「そう言ってくれて先生はうれしいよ」という言葉を考えていました。このように考えられるようになるということが「理由づけ」の存在を知るということなのです。
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