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「画面越し、生活」

谷水春声さんには「その微笑みに意味などなかった」で始まり、「そっと目を閉じた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字)以上でお願いします。
#書き出しと終わり
https://shindanmaker.com/801664


 その微笑みに意味などなかった。ただ苦し紛れに浮かべたものだというのに、好きになったのはその瞬間だったと言うのだから、何が起こるか分からないものだ。
「どこが良いんだよ、こんなおじさんの」
 というのが口癖になってしまっていて、俺は毎日のように窘められている。
 今朝も髭を剃っていない。恐らく昨晩脱ぎ散らかした衣服はワンルームの床に散乱しているし、燃えるゴミの袋にはカップ麺の容器ばかりが重なっている。家具の類には埃が溜まり始めている。
 典型的な疲れた大人なのだ。
「俺みたいなのが現実にお前の隣に居たら、絶対に嫌になるだろうよ」
 部屋に据えつけられていたパソコンの画面越しに言ってみる。
「折角、仮想空間から好きな相手を選べるんだからもっと若い奴とか」
 これ以上言い続ければ窘めから怒りへと変わることも頭では分かっているが、やめられない。栄養のあるものを食していないから心まで余裕がなくなっているのだろうか。
『だってうまそうだし』
 美味そう?最終的に俺を食べる気か?いや、非実在の人間に何を荒唐無稽なことを言っているんだ。それとも違う上手いか。
 画面に浮かび上がった文字の意味を量りかねて固まってしまったが、そんな反応も観察されて、悦ばれているのだろう。
「は、」
 意味が分からないから俺は笑う。或いは相手に気に入られ続けたいから。
 後ろ向きなことを口では並べてみるものの、本当は無関心でいられるよりは常に気を惹いておきたいのだろう、草臥れた大人でも。
 だが、この時間も長くは続かない。
『今日は日直で早いからもう行く』
 相手には現実の生活があるのだ。
「ああ、行ってらっしゃい」
 電源が切られて全てが無になる前に、俺はそっと目を閉じた。


(700字)



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