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楽しさに出会ったものづくり体験

旅行先で、ものづくり体験するのが楽しい。
器や箸など、100均でも売ってそうなものに、数千円払って作るなんてコスパ悪そうだけど、作ったものが気に入り、つい家で使ってしまう。
それに作ること自体楽しい。何十年何百年もの歴史の積み重ねのなかで、職人たちの工夫が積み重ねられていまの作り方に辿り着いてきた。そんな工夫の積み重ねを、短時間で一気に体験できるのが、ものづくり体験だろう。

ぼくがものづくり体験の楽しさを知ったきっかけは、2018年に訪れた富山県の「能作」だった。
※現在新型コロナウイルス感染症の影響で、工場見学・鋳物体験は受付休止中です

能作は、「錫」という金属を使ったうつわで知られている。百貨店では食器コーナーだけでなく、贈答品コーナーでも常連だ。
もちろんデザインが美しい。でもそれだけでなく、食事を美味しくする。口述の工場見学で作ったおちょこは、3年たったいまでも愛用している。これで飲むと日本酒がまろやかに感じられ、他のおちょこに戻れない。

能作を知ったきっかけは、ぐるたびのこの記事だった。

読んでるだけでワクワク感が伝わり、やりたいっ!と思ってたまらず、特急サンダーバードに乗った。

面白かった工場見学

訪れたのは金曜日。新高岡からバスに乗ったけど、ただでさえ少ない乗客は降り、途中からバスにはぼく一人になった。
辿り着いたら、広い敷地に美しい建物! 広すぎてあまり人の気配がなくて不安になってしまう。

共感してもらえないかもしれないけどぼくは、行った先にほかの人がほぼいないと、「このために来ました」と言うのが、なんかこっ恥ずかしい。自分一人を何人かで迎えてもらうの申し訳ないと思うし、代わる代わるいろいろ質問してもらうのもいたたまれなくなる。
こんな不安をすこし感じながら、きれいな建物の中に入った。

今回は、午前に工場見学、午後に体験。
バスの都合で工場見学には早く着きすぎていたようで、時間になるとどんどん人が集まってきた。そりゃ皆車だもんね。

入ってまず出迎えてくれたのが、壁一面の金型!どれも使える状態らしい!
現職でも金型は使うし精巧で魅力あると思っていたけど、これだけ並ぶと圧倒される!

いざ工場の中に入ると、鋳物場所とか表示がおしゃれ!
見に来る人のことを歓迎してくれているみたいで、うれしくなった。

そして驚いたのが工場がきれいで、汚れていないこと。
製品によっては砂を固めた砂型で製造していて、型を壊す際に砂が飛び散ったりするはずなのに、そんなに砂が散らばっているわけでない。もちろんペンキの剥げとか、こびりついた汚れとかもない。鋳物の金属を加熱するのに使うガスコンロなんて、レンジフードがぴかぴかに光を反射してて、うちのキッチンよりきれいだ!と思った笑。

いざ、ものづくり体験!

工場にはカフェも併設されており、美味しい昼食をいただいて、午後からはお楽しみの体験タイム!
錫でおちょこを作るのだが、その型として使うのは、砂だ。

砂で型を作るなんて、大丈夫だろうかと半信半疑だった。
砂なんて、液体がしみこんだり、崩れたりして当たり前じゃないか。

どんな工夫が詰まっているのかと思い、まずは砂を触ってみる。
そうすると砂はしっとりさらさらで、触り心地がよい。砂場の砂のように大小の粒が混じっているのでなく、なんとなく人肌に優しいような気がする。
型に作りたいおちょこの原型をおき、その上からこの砂を、ザルでこしながら振りかける。砂はさらっさらに舞い落ち、均一に重なっていく。
初めてなのに、思った以上にきれいに型をつくることができてうれしかった。

そしてそこに、溶かした錫を流し込む。
錫の融点は240度と低い。たとえば家で野菜炒めを作るときフライパンを熱するが、あのときの温度が300度。だからガスコンロを使って溶かせる。
そういう原理だとわかっても、でもガスコンロで金属を溶かす光景は、妙な違和感があった。ヤカンから流し込まれる溶けた錫は、全然どろっとしてなくて、まるで水みたいに流れている。でも銀色の金属光沢があって、不思議な感覚だった。

さいごに、流し込んだ錫が十分冷えて固まったら、型を壊す。どきどきの瞬間。
本当に、土を掘る感じ。そうすると砂の中から、光り輝く器が現れる!
まるで宝石を発掘するみたいな喜び!思わずにんまりしてしまう、ぼくだけの器。

ふつうなら、器一つに4000円も払うことなんてなかなかない。でも今回のおちょこは、体験料の4000円に加え、往復の交通費までかかっている。なかなかに高価なモノだ。

それでも、得られた感情を考えると、決して高くない。作る緊張と、できた嬉しさ。体験したときの感情が、できあがったものについてくる。だから嬉しい。

錫は飲み物の味をまろやかにするというが、科学的根拠はないらしい。それでもぼくは美味しいと感じた。それはきっと、自分の作った器だからだ。だから使う。

終わって確信する。これは、お得な体験だ。

復活の軌跡

工場見学、ものづくり体験、いずれをとっても能作は、素晴らしかった。

だがしかし、工場見学の際に伺った説明によると、最初からこうだったわけじゃないという。
(ここからは私の聞いた内容のメモなので、間違っていたらごめんなさい)
能作のスタートは、仏具の製造だった。仏具というのは、仏壇に備え付けられる瓶とかの金属容器。
一般の消費者は仏壇を買うことはあっても、仏具を選ぶことはあまりない。あくまで仏壇の部品の一つとして扱われる。だから使う人の声が届くわけでもない。要望といえば、卸先から、今よりも安くできないかと言われるだけ。どうにかしないといけないけど、どうにもならない、そんな閉塞感が漂っていた。
だから職人もなかなかモチベーションを保てなかったという。
ある日、子供向けの工場見学に付き添った保護者の一人が、子供にこう言った。「大人になったら、あんなふうになるんじゃないよ」

この声が聞こえてしまった社長は、つらかったそうだ。
何かできないかと思った。直接客の声が聞こえるような商品を作らないと。でも仏具で使う銅製品は、いまの取引先に卸さないといけない取り決めになっていた。
困難だけど、銅以外の金属を使って、何か作ろう、そう決めたそうだ。

工場の脇に小さい直売所を作った。最初に作ったのはベルだった。売れなかった。なかなか売れなかった。でも見に来た人の声は聞こえる。
その声をもとに形を改良した。素材を改良した。
そうしていると、だんだん気に入ってくれるお客さんが現れてきた。買った人、使った人のよかったという声も届くようになった。
それを聞いた職人も、モチベーションが上がるようになったという。

この話を聞いて、深く共感したし、ぼく自身のモチベーションも上がった。

日本の製造業は、BtoBがほとんどだ。ぼくの今の仕事もそう。商品の販売先は卸であって、直接個人に売ることはない。直接使う人の声を聞く機会はめったにない。
買う人にとってはセットになっている部品のひとつで、深く意識せず「これでいいか」と選ばれてしまっている。
どうにかしないといけないけど、どうすればいいかわからない。
シチュエーションが、重なって見えた。

だから、そこから復活した生の実例が尊い。
特別なことでなく、使う人の生の声を聞いて、改良を繰り返す。それだけ。
昔の職人は誰もがやっていたこと。でも組織化された今、なかなかできていないこと。
もちろんそれ以外にも要素はあるのだろう。でもぼくには、それが一番のきっかけだと信じている。だってぼくも、小さい頃に自分の手で工作をして、それを喜ぶ人がいて、その経験があっていま技術者をしているのだから。

使う人のために。その小さくて、でも大切なことに本気で取り組む、それだけで、「これでいいか」だったのが、今では「これがほしい」と求められ、ているのがかっこいい。
日本中の悩めるBtoB企業にとっても、再び輝くきっかけの一つになるんじゃないかと、そんなことを感じた。

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