【創作】桜❀サクラ❀さくら

これは、私が中学2年生の時の国語の授業で、400字原稿用紙4枚以内で書いたお話。

❀  ❀  ❀  ❀  ❀  ❀  ❀

あれは、何年前の春だろう。
彼女は元気にしているだろうか。
仕事の帰りに近所の桜並木を新品のバッグとスーツと、クタクタになった心を引きずって歩いていると、ふと思い出した。

中学3年生、卒業式を2週間後に控えた日のことだった。
4時のチャイムが校内に鳴り響いた。
帰りの会が終わってから15分が経った。

「桜子、まだぁ?」

教室をぐるぐる回り続けながら、私は言った。
彼女は、あれからずっと本を読んでいるのだ。
しかし、いつもなら

「ごめんね、小春ちゃん。でもあとちょっとだけ。ね?」

と、子犬のような笑顔で10分延長を頼み込んでくるのだが、今日はそれがない。
本の世界から抜け出せなくなったのかと心配になり、彼女のもとへ急いで行くと、彼女はもう本を読んでいなかった。
その代わり、彼女はうつむいたまま、微動だにしなかった。
その時の表情は、肩まである髪に隠れて見えなかった。

「どうした!? 桜子、大丈夫?」

「・・・あ。う、うん。あ、ごめんね。」

我に返った彼女は、どこか浮かない顔をしていた。

「あのね、小春ちゃん。」

「何?」

なぜだろう。嫌な予感がした。

「あの・・・私ね、引っ越すんだ。本当は先月から決まってたんだけど、どうしても言えなくて・・・。本当、ごめ・・」

「桜子のバカ! 大嫌い! もう知らない!」

幼い頃からそうだった。
自分の気に入らないことに対してわがままを言い、周りの人を困らせた。
私の直さないといけないところだった。
これで桜子を何度傷つけただろう。
でも、今回ばかりは許せなかった。

「なんでもっと早く言ってくれなかったの? 何もこんな時に言うことないじゃん!」

「言いたかったよ! ・・・でも、言えなかったんだよ・・・。」

初めて聞いた、桜子の叫びだった。

「何回も考えたんだよ・・・。言わなくちゃ、ってずっと思ってたよ。でも、これを言ったら、小春ちゃん、笑ってくれなくなっちゃうと思ったの。」

桜子の笑顔が好きだった。
優しくて、いつも隣にいてくれた。
ずっと一緒だと思ってた。
そんな桜子と離れるのが怖かった。
不安でいっぱいだった。
心のどこかで桜子に頼りきっていたことに、今頃気づいた。

「桜子・・・。本当、ごめん。本当・・・、本当に・・・。ごめんねぇ・・・。」

涙が溢れて止まらなかった。

「小春ちゃん・・・。私も怖いよ・・・でも、小春ちゃんなら大丈夫だって分かってるから、頑張れるんだよ。」

桜子の黒くて大きな目から、大粒の涙が零れた。

「小春ちゃん。これは一生の別れなんかじゃないよ。お互い夢を叶えたらまた会おう。」

桜子は私を抱きしめて、そう言った。

「絶対忘れない。大好きだよ。」

春風がカーテンをゆらし、優しく二人を包み込んだ。


高校に入ってから、何度か手紙を送り合っていたものの、最近は年賀状でしか繋がらなくなってしまった。

会いたい――。

ふとそんな思いがよぎった。
これも私のわがままだろうか。
迷いは断ち切れた。
あの日から二人は確実に夢に向かって歩き出している。

3回目のコールで繋がった。
電話の向こうから懐かしい声が聞こえた。

「――もしもし、桜子?」

あの日と同じ風が、辺りを優しく包み込んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?