パナソニック子会社内定者自殺:経営者・人事労務担当者がすぐ行うべき簡単な対策(提案)

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パナソニック子会社「パナソニック産機システムズ」で新卒内定者が自殺した痛ましい事件がありました。4月に報道されたものです。

内定者にSNSで「辞退して。邪魔です」 入社前に自殺

心ある経営者なら、自社は大丈夫なのか、と心配になるでしょう。
人事労務の担当者ならとても他人事ではないでしょう。経営者から「我社は大丈夫なのか!?」と責め立てられている担当者もいらっしゃるでしょう。

対応の仕方は実務的には難しい事ではありません。
この人事課長の個人的な資質を問題視する論説があふれています。
内定者 SNS の仕組みの問題も俎上に上がっています。人事課長と内定者がSNS で常に繋がり、不適切な言動や無理な課題を押し付けていたということです。
そんな個別の原因追求の発想こそが大きな間違いです。
会社としてどのように内定者を守るのか、そのための組織的な取組みを考えるべきです。

さらに、このような事件が会社にどれだけ甚大な影響もたらすか、十分に理解されていないようです。会社の存亡にも繋がりかねない重大な不祥事なのです。

問題が起こったのはパナソニックの子会社です。パナソニック本社はことの重大さを真摯に考えておられるのでしょうか。パナソニックグループ全体としての再発防止策を徹底するべきです。

1.事件の法的な枠組み

①内定により労働契約は成立しています。
②会社は内定者に対してもパワハラ防止のための事業主としての義務を負っています。
③そもそも、パワハラで自殺者が出たのなら、会社は労働契約上の安全配慮義務違反、民法上の不法行為として損害賠償などの責任を負います。当該人事課長だけの責任にとどまりません。

①内定により労働契約は成立しています。
内定という言葉の法的な意味をしっかりとらえてください。
内定により労働契約は成立しています。
「始期付き・解約権留保付の労働契約」と言われますが、「特別の場合にだけ解約が認められた労働契約」ということにほかなりません。

(参考)
最高裁判例大日本印刷事件(最大判昭54.7.20 民集33-5-582)
最高裁の判決文などは末尾参考1に掲載。
内定のあとで「本人がグルーミーな印象だ」として、会社が内定を取り消したが、最高裁で内定取り消しは会社の権利濫用として無効とされたものです。

②会社は、内定者に対しても、一般の従業員同様にパワハラ防止のための義務を負っています。この点は厚労省の通達などで明記されています(末尾参考2)。

③パワハラにより内定者自殺が起こった以上、会社は損害賠償等の責任をまぬがれないでしょう。
パワハラによる内定者自殺が起こった以上は、労働契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)、不法行為(使用者責任、会社としての直接責任)など、どのような理論立てであれ会社は責任をまぬがれないでしょう。

*今年6月施行のパワハラ防止法は、会社に防止対策を講ずる義務を課したものです。現実にパワハラ起因の精神疾患や自殺などが発生した場合には、会社に労働法・民法の一般原則による責任が生じえます。この点は従来から変わりありません。

2.防止策を考える視点

(1)基本的な視点
会社は内定者を守るための組織的な体制整備が必要です。
すなわち、会社は人事担当者の行動をモニタリングし、不適切な言動を止める仕組みを作っておかなければならないのです。

内定者は社会経験も乏しく、会社に対して弱い立場です。人事課長から言われたこと・指示されたことに対抗はできないでしょう。
人事担当者と内定者本人との外からうかがえない特別な関係が構築されてしまいます。
会社として通常ルートで問題の報告が上がってくる事はないでしょう。実態把握が難しいからこそ、会社として実態把握に努め内定者を守らなければなりません。

(2)簡単な対応案

①人事部門以外に内定者向け相談窓口を設け、そのことを内定者に明示すること。定期的にウオッチすること。

【例文】
「内定おめでとうございます。あなたに直接接するのは人事の担当者です。しかし、その言動等に疑問の点があれば、会社の〇〇窓口に遠慮なくご連絡ください。会社はあなたを必ず守ります。」
「内定されてから〇か月たちますが、いかがお過ごしですか。人事担当者はあなたの疑問や悩みに適切に対応してくれていますか。
少しでも気がかりな点があれば、ぜひ〇〇窓口に直接ご連絡ください。
あなたが感ずる疑問や悩みを教えていただくことが、会社として適切な対応の貴重なヒントとなります。ぜひお力添えをお願いします。」

はっきりと言っておきます。人事の担当者は内定者に対して実質的に大きな権限を持ちます。行き過ぎがありうるのです。権限を持つ人間は必ず過ちを犯します。
就活セクハラの問題も同様です。就活生に向き合う採用担当者が自らの実質的な権限の大きさに気が付いてしまい、権限を悪用して不届きな行為におよんでいるのです。

相談窓口として、会社の内部通報制度を用いるのも一つの手です。労働契約が成立している以上、内部通報制度の対象になるのは当然のことです。
しかし、内定者向けには、もっと相談しやすい専門の窓口を設けたほうが良いでしょう。入社数年目の若手を選ぶのも一つの方法かもしれません。

この窓口担当者の選任は人事部にさせてはいけません。
人事部担当者の不適切行為の有無をチェックする役割です。人事部に関与させてはならないのです。

このような性悪説的な対応には、違和感を覚える方もおられるでしょう。
しかし、不届きな人事課長は、あなたの会社でも登場してくる可能性があります。
人間は権限を持つと人格が変わります。「不届きな人間さえ選任しなければ大丈夫」等と考えないでください。
人が過ちを犯さないように組織的にチェックをするのが会社の義務です(末尾参考3)。

②内定者向けの教育カリキュラムの類は簡素化・見直すこと。
それには人事部の担当者以外の意見を取り入れること。

内定者に対して過大な教育プログラムなどを課す傾向が一部の企業であるようです。
行き過ぎがないかどうか会社としてチェックすべきです。
パナソニック子会社の件では、人事課長が多数の課題図書を課して感想を述べさせるといった行き過ぎがあったようです。カリキュラムを人事課長1人で作らせたのが間違いなのです。
内定者に対しては、在学中にしかできないことに全力を注いでもらうべきでしょう。
それが会社の未来の力になります。

(3)パナソニックはグループ全体で問題を調査すべき。
さらに大切な問題です。
パナソニックとして他のグループ会社や本社でも、類似の問題があったかどうか調査確認すべきです。不祥事が起これば、他に同様の問題がないか調べるのは対応の基礎です。
パナソニックグループ全体で人事課長の選任やその行動など、内定者に関連する対応について問題があったのではないかと調べるべきです。

なお、本件について問題の「パナソニック産機システムズ」が謝罪のニュースリリースを出しています。
「当社入社内定者が亡くなられたことについて(一部報道について)」
読むに堪えない粗雑なニュースリリースです。

なぜ、パナソニックグループ全体としての謝罪と再発防止策を検討して公表しないのでしょうか。

こんな事件は、パナソニックグループの恥です。日本を代表する企業の不祥事であり、日本の恥とも言うべきです。
そこまでの厳しい問いかけをパナソニックグループはしてきたのでしょうか。
自社の行動基準(末尾参考4)は、ただのお飾りなのでしょうか。

(4)弱い立場の人を大切にしない会社には未来はない。
内定者という弱い立場の人を守れないような会社が、消費者を守れるでしょうか。
取引先に対して公正な対応ができるのでしょうか。
金融機関や投資家はそのような企業に投融資をすべきでしょうか。
SDGs花盛りです。自社の従業員という最も身近な人を守れないような会社に未来はありません。

銅鑼猫

【照会先】
ご質問ご意見があればお寄せ下さい。本記事のコメント欄でも結構ですが、個別問題デリケートな問題などであれば、メールでお願いいたします。
tnjmk0121@m3.gyao.ne.jp
社会保険労務士玉上事務所 玉上信明(たまがみのぶあき)

【参考資料】

(参考1)最高裁判例大日本印刷事件(最大判昭54.7.20 民集33-5-582

【判決骨子】
①大学卒業予定者と企業との間に、就労の始期を大学卒業の直後とし、それまでの間誓約書記載の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立している。
②採用内定取消は、採用内定当時知ることができないような事実であつて、これを理由とする内定取消が、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる。

(参考2)
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第8章の規定等の運用について(厚生労働省通達)
第1(3)ホより
採用内定により労働契約が成立したと認められる場合には、採用内定者についても、法第 30 条の2第1項の雇用管理上の措置や同条第2項の相談等を理由とした解雇その他不利益な取扱いの禁止の対象となるものであり、採用内定取消しは不利益な取扱いに含まれるものであること。

(参考3)
このようなチェック体制は、証券会社などではごく普通に行われています。営業担当者と別に総務担当者を設け、顧客への販売勧誘に不適切なことがなかったかどうかを総務担当者のラインで常にウオッチしているのです。
また金融機関が投資商品を売るときには、問題発生時の相談窓口(ADR:裁判外紛争手続き)を顧客に周知する義務を負っています。
(参考)政府広報「金融トラブル、費用をかけずに早期解決!金融ADR制度をご利用ください」

(参考4)
パナソニック行動基準
第3章会社と従業員とのかかわり(同社ホームページより)
(1)人材の育成
1.私たちは、「経営の根幹は人なり」の考え方を堅持し、人事制度や教育・研修などを通じて、専門性、創造性、そして挑戦意欲にあふれる人材の育成と自らの能力向上に努めます。
2.私たちは、一人ひとりの人格・個性を尊重するとともに、お互いに多様性を認めあい、それを育む制度の維持改善に努めます。
3.私たちは、良識と豊かな人間性を備えた良き社会人、良き企業人として行動するよう努めます。
4.私たちは、「人を預かる者の最も大切な責務は、部下の育成」と認識し、業務を通じて人材育成に努めます。

(参考4)
本件に関係する銅鑼猫(玉上)の諸メディアでの執筆記事(弁護士サイトや産業医紹介サイトなどで掲載いただいた記事です。2017年1月の日経新聞私見卓見欄の記事もご覧ください。)

①内定取り消し関係

【内定を取り消された】不当な内定取り消しからあなたを守る4つの知恵!

②安全配慮義務

安全配慮義務とは?違反しないために企業が取り組むべき必須ポイント徹底解説

③就活セクハラ

就活セクハラの実例と対処法|身を守り、よりよい職場を見出すために

④ヤミ残業
(電通高橋まつりさんの自殺事件を受けて日経新聞私見卓見欄に投稿した記事)

ヤミ残業は不正の温床になる 玉上信明氏
社会保険労務士・健康経営アドバイザー


以上

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