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みんな本当にありがとう!〜フルマラソン完走の記録〜

この週末も都会のマラソン大会についてニュースでやっていたが、我が町のマラソン大会も終わり、無事完走できた。
去年は20代の若手の誘いを受け、十何年ぶりに走ってみたのだが、約3ヶ月の練習をすれば、たいして運動経験がない40代でも、やる気と根性で完走できることがわかった。
しかし、完「走」、とは言いがたいほど歩いてしまったことが悔やまれた。
そして去年の経験から、いくつかの改善を試みて今回の大会に臨んだ。

①練習に30km走を入れる
30kmから、ペースがガクッと落ちた。いくらでも歩けるのに、もう走れなかった。この原因を探るために、練習でやってみた、のだが、達成するまでに何度もチャレンジを重ねた。栄養不足が原因のようだったので、ゼリーや顆粒を用意した。

②靴をスポーツ用品店で買った
マラソンは走るだけなので、お手軽に、安く始められるところが、私にとってはとてもいいスポーツだ。昨年度の練習では、なんと10年以上前に、つまり結婚、出産前にフルマラソンに3度完走した時の靴を履いていたのだが、さすがに底のゴムがベローンとはがれ、廃棄となった。

近くの靴屋でセール品、7000円くらいで購入した国産スポーツブランドのランニングシューズで昨年度完走できたことはできたのだが、両足の爪の色が変わってしまうことになった。
そこで今年度は、市をまたいでスポーツ用品店に赴き、店員さんに相談しながら、新たに靴を購入した。

アラフィフです、運動経験は少なく、膝周りはサポーターしてます、とにかくフルマラソン完走を目指してます、スピード??タイム??いや、特に何も目指してないです、という、私の状況を鑑み、店員さんがおすすめしてくれたのは「HOKA」というブランドの靴だった。

テレビのタレントさんも履かれてフルマラソン走られてましたよ、なんなら100kmマラソンも走れますよ、という説明を受けた。
やっぱりさすが、履き心地が全然違った。

この2つを改善し、今年度の大会も完走はできたのだが、なかなか大変なレースだった。

まず、その前の週に予定されていた、自治会全世帯参加の溝掃除が延期になり、大会当日の早朝から参加した。休むと罰金、参加したらお小遣い、という制度に抗えなかった。(もちろん、別居中の夫ではなく、もともと私の恒例業務だ)

そして、スタートに並び始める時間ギリギリに会場入りし、号砲を待った。前回は仲間とともに、だったし、知り合いに出会うことも多かったのだが、今回はスタートまで、ほとんど誰ともしゃべらず、だった。前半は自分の力以上のスピードを出してしまった前回と同様、ちょっと早めのタイムで通過。

18km地点で応援してくれていた次男、三男(中学生の長男はボランティアとして、大会本部で水分補給係、リタイア者対応係をしていた)、そして私の父に手を振ると、そこから一気にペースダウンした。

栄養補給をするたび、口の中の濃い味をなくすために水を飲んだことが原因か、
はたまた、途中で美味しそうだったおにぎりを食べてしまったからか、
お腹がしんどい、身体もだるい。
いや、何より時計を見て、
これなら、ここから歩いても関門通過できるんじゃない??
と、イヤな計算をし始めた自分がいる。

そこから歩いて走って、歩いて走って、歩いて、歩いて……の繰り返しが始まる。
前回は34kmまで走って、そこからは走れなくなった、というのに、今回は22kmから歩き始めたことに、ショックを受ける。
でも、気力がない。

今季で引退します……
特に誰から期待されてるわけでもない、一般市民なのだから、引退も何もないのだが、頭の中でこの言葉がぐるぐる回っていた。

そんな私の背後から、大勢の足音が響いてくる。
ペースランナーと、それについてくる大集団だ。
「4時間30分」さんたちが、あっさり抜いていった。
そうか、ここまでは私、こんなに速かったんだ、
どうぞどうぞ、お先に進んでください、
とばかりに、快く道をあけた。

が、そこからまた同じような足音が聞こえた時には焦った。
「5時間」さんたちだ。
えっ!?もう5時間ペースの人たちがきたの??
これでは関門通過しても、ゴール地点で時間切れになるかも!?というわけで、
そのペースランナーさんたち御一行様についていった。

ペースランナーさんに出会うのも初めてだったのだが、とても気さくで、いい感じのおしゃべりを続けながら、みんなを導いてくださっていた。
「ぼくたち5時間ですけど、ほんとのスタート時間から始めてますので、みなさんの計測タイムだと、5時間より短くゴールできますよ」
「もうここまできたら、続けるだけ!ゴールしたら何食べようかな、って考えてたら、すぐですよ」
など、適度に盛り上げ、私のような途中からのメンバーにも仕組みが理解できるように説明しながら、進んでいった。

だが。それも途中で脱落した。
給水所では、
スポーツドリンクなんて要らない、コーヒー飲みたい、
川や溝を見れば
(桃太郎のように)流されたい、走りたくない、
と、ネガティブモード全開になっていた。

それでも沿道で知り合いがいると、仕方なく走り始め、手を振った。おそらく見えなくなっただろうと思えば、また歩いた。

そしてゴール付近、もうすでに周りで走っている人は少数派、ほとんどが私と同様に歩いている。
しかしここからは、ギャラリーも多く、本部関係者含めて誰が見ているのか、わからない。
ここからは、気合を入れるしかない。
顔も、普段以上ににこやかに、ゴールを目指した。

案の定、ゴールした途端に、
お疲れ様でした!
と、知り合いに声をかけられる。
預けていた荷物受取のところで、長男の中学の担任の先生と出会ったのだが、彼もまた、ランナーだ。
たしか昨年度は30km付近でリタイアしたはずなのだが……と思い出していると、
今回もダメだったんです、
リタイアして収容バスから降りたら〇〇くん(長男)に出会いましたよ、
と、伝えられ、若干の気まずい空気が流れた。

いや、それでも参加することに意義があります。
ほんと、都会でもやたらとマラソン大会をやってるっていうのに、こんな田舎まで来て参加してくれた方々、
その応援に駆けつけてくださり、沿道で誰かれ構わず応援してくださった方々、
本当に感謝です。

また、地元の人々(明らかにお孫さんか誰かが作ってくれたキラキラのうちわを振りながら、何時間も寒空で手押し車に座りながら手を振ってくれていたおばあちゃんたちの姿を見て、年齢のせいか涙が出そうになった。消防署、警察署、葬儀場の方々も応援してた)、ボランティアスタッフとして駆り出されているすべての人々、本当にありがとう。

そして、この数時間、子どもを預け、このあと夕飯も用意してくれている実家、
練習期間も含めて、応援してくれた我が子たちよ、ありがとう!

と、改めて感謝の気持ちを持ちつつ、今年度の大会を振り返ってみました。
やっぱり気力って大切、そしてその気力が維持するためには「若さ」(実年齢、よりも気持ちの上での。活力かな?)が必要だわ……と、ひしひしと感じたフルマラソンでした。

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